ホウセンカ

えむら若奈

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ハルジオンが開くとき

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 電車に乗っていると、次第に息苦しさを感じてくる。またこの症状が出てきたのか。愛茉と付き合い始めてからは、一度も出ていなかったのに。死ぬほど苦しいのは、もう御免だ。

 目を閉じて愛茉の顔を思い浮かべる。次第に胸の重みが消えて楽になってきた。ただ、頭に浮かんできたのは笑顔ではなく、不貞腐れた顔だ。オレにしか見せない表情だからかもしれない。

 どうしようもないほど依存しているな。愛茉がいない生活なんて、もう考えられない。隣にいてくれないと眠れないし、食欲も湧かない。
 ひとりで生きていけるほど強くないのは、もとより自覚している。だから早死にしても良かったし、孤独と戦うことで洗練された絵が描けるかもしれないと思っていた。

 そんな考えが、愛茉と出会ってから少しずつ変わってきている。孤独だけが絵を洗練させる手段ではない。そう感じるようになった。

「おかえりなさーい!」

 玄関を開けると、満開の花が咲く。まさかこれが自分の日常になるなんて、不思議なものだな。

 父も決して孤独ではなかった。愛する人と出会い、家族を築いていく中で、絵の色が変化している。そして結婚前よりも、晩年の絵の評価が高かった。

 今のオレにも心から愛する人がいる。それが絵に表れてるのは、スミレも感じたようだ。だからこそ話を持ってきたのだろう。

「迷ってるの?」

 愛茉に個展のことを話すと、そう訊かれた。正直、自分の気持ちはよく分からない。

 オレの絵が浅尾瑛士の名作と共に展示される。そんなこと、あっていいのか。一介の学生の絵が巨匠と並ぶことなど、普通なら有り得ない。 

 百貨店での個展とはいっても、目の肥えた人間も多く訪れる。そして同じ場所に展示するのだから必ず比較されるだろう。下手な絵を描けば「親の七光りか」と言われるのは明白だ。

「桔平くんなら大丈夫。私は、そう思ってるよ」

 愛茉はオレの左手を、両手でしっかりと包み込んだ。どうして分かるんだろうな。オレが今、何を考えているのか。

「だけど一番大事なのは、桔平くんの気持ちだもんね。私が思うより簡単なことじゃないんだろうし。それに大学院入っても、いろいろ忙しいんでしょ」
「そうだな」
「とりあえず1ヶ月時間を貰ったなら、焦って答えを出す必要はないんじゃない?」
「……あぁ、ゆっくり考えるわ」

 愛茉が両手に力を込めた。そして吸い込まれそうなほど大きな瞳を、更に見開く。
 
「ひとりで悩まないでね。桔平くん、いつも自分だけで抱え込んじゃうし。私じゃ、なんの力にもなれないだろうけど……」
「そんなことねぇよ。ひとりだったら、また過呼吸で苦しんでたし。オレ、軟弱だからさ」
「人一倍、繊細で敏感なだけでしょ」

 これでもかというくらい、強く抱きしめられた。この小さな体の、どこにそんな力があるんだか。
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