ホウセンカ

えむら若奈

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ハルジオンが開くとき

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 オレの記憶にある父は、とにかくこだわりのない人だった。物事に固執することなく、自然のまま、流れのままに生きる。しかしその芯には自分の絵に対する矜恃があって、それが浅尾瑛士という人間を支えていたのだと思う。

 そんな父が大好きだった。だから父と同じ景色が見たい。あの瞳に何が映っていたのかを知りたい。

 それが、オレが絵を描き続ける理由だった。

「なんか、今までの絵と少し違う?」

 コレットを出て卒展へ行くと、オレの絵を観るなり翔流が言った。

「具体的に、どこが違う?」
「うーん。桔平の絵ってさ、いつも息を吞むほど綺麗なんだけど……この絵の場所で死にたい!みたいな感じだったじゃん。でもこれは、生きたいって気持ちがあるような……」

 ひとつの絵からここまで読み取れる人間なんて、そうそういない。図太い神経をしているくせに、やはり翔流も愛茉と同じで感受性が強いのだろう。こういう人間が周りにいてくれるオレは、幸せ者だと思った。

「そうかもな。愛茉からは健康に長生きって言われてるし、先に死ぬわけにはいかねぇから」
「親父さんが若くして亡くなってるから余計に心配なんだろうね、愛茉ちゃんは」

 そう言って笑った後、翔流は妙に真剣な目で、再び絵を見つめた。

「……スミレさんと別れた直後、お前海外に行ってたじゃんか。死に場所を探しに行ったのかなって思ったんだよ、正直言うと。だから帰ってきて、めちゃくちゃホッとした。それからまた絵を描き始めて、もっとホッとした」

 死に場所を探す。そんなつもりはなかったものの、翔流がそう考えるのも無理はない。それだけオレは追い詰められていたし、死ぬなら美しい景色の場所が良いと思っていたのも事実だ。

 しかし今は、愛茉の隣で生き抜きたい。

 放っておいてもいつかは死ぬ。だから“その時”のことなんて、今は考えなくていい。命の灯が尽きるまで、愛茉とどれだけ笑って過ごせるか。オレが考えていたいのは、それだけだった。

 もしその感情がこの絵に出ているのであれば、少しは成長したということなのだろうか。

 それでもまだ、これが理想の絵だとは言えない。オレはもっと美しくて、もっと研ぎ澄まされた絵を描きたい。生と死も超越した、ただただ美しい絵を。

「こうやって“生きよう”って思ってくれてるだけで、俺は嬉しいよ」

 少し涙目の翔流の言葉が、胸に沁みた。この絵を翔流に見せられてよかったと、素直に思う。

 母はオレの絵の前で人目も憚らず泣いていたし、わざわざ小樽から足を運んでくれたお父さんと智美さんも、圧倒されたような表情で見入っていた。
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