ホウセンカ

えむら若奈

文字の大きさ
上 下
334 / 407
ハルジオンが開くとき

4

しおりを挟む
 その2日後の月曜日。卒展を案内しろと翔流に言われたので、コレットで一服してから向かうことにした。

 相変わらず、店は閑古鳥が鳴いてる。これでよく潰れないなといつも思うが、ランチタイムはそれなりに客が入るらしい。その時間帯に来たことはないから、本当のところは謎だ。

 ただマスターはこの店の敷地をはじめ、都内のあちこちに土地を持っている。離婚した妻との間に子供はいるものの、もう成人しているし、ひとりで暮らしていくには十分な収入があるようだった。
 
「そっかぁ。愛茉ちゃんに話したのか。あ、俺はチョコブラウニーパフェとホットココアね」

 メニューを見ずに翔流が言うと、カウンター越しのマスターは“分かってる”といった表情で軽く右手を上げた。
 
「少しはスッキリした?」
「スッキリっつーか……そういう類の話じゃねぇからな」
「そうだけどさ。愛茉ちゃんが受け止めてくれたってだけで、かなり違うだろ」

 スミレのことを愛茉に話したのは、自分がスッキリするためではない。話さなければ、愛茉が気にしてしまうからだ。

 それにオレが絵を描き続ける限り、スミレとはまたどこかで必ず接点ができると思っていた。そうなった時にオレ達の関係を愛茉に隠しておくわけにもいかないし、遅かれ早かれすべてを話す時が来ただろう。

 オレがどんな絵を描くのか、ずっと追っていく。出会った時、スミレはそう言っていた。その言葉に嘘はないはずだ。
 今のオレの絵を見て、スミレはどう思ったのか。同じところをグルグル回っているだけだと、落胆したかもしれない。

「あの綺麗なお嬢さんが、お前の元カノとはねぇ」

 マスターがオレの目の前にミックスジュースを置いた。こちらから注文しなくても、いつも作って出してくれる。ミカンの風味が強いこの店のミックスジュースは、子供の頃から好物だった。
 
「あれー、マスターってスミレさんのこと知らなかったの?結構長く付き合ってたのに」
「桔平の恋愛事情なんか、いちいち聞いちゃいないからな。ここに連れてきたこともないだろ?」
「そうだな。何となく、そういう気にならなかったから」

 この店はオレが落ち着けるというだけでなく、息を呑むほど美しい浅尾瑛士の絵がある。自分だけの隠れ家のような場所なので、人を連れて来たいとはあまり思わない。ちなみに翔流は、高校の時に勝手に着いてきただけだ。
 
「それにしても、スミレさんって今まで何してたんだろうね。子供をどうしたかも聞いてないんだろー?」
「子供ぉ?桔平お前、孕ませたのか?」

 翔流が頼んだココアを零しそうになりながら、マスターが素っ頓狂な声を上げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

ワケあり上司とヒミツの共有

咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。 でも、社内で有名な津田部長。 ハンサム&クールな出で立ちが、 女子社員のハートを鷲掴みにしている。 接点なんて、何もない。 社内の廊下で、2、3度すれ違った位。 だから、 私が津田部長のヒミツを知ったのは、 偶然。 社内の誰も気が付いていないヒミツを 私は知ってしまった。 「どどど、どうしよう……!!」 私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?

消えた記憶

詩織
恋愛
交通事故で一部の記憶がなくなった彩芽。大事な旦那さんの記憶が全くない。

恋とキスは背伸びして

葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員 成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長 年齢差 9歳 身長差 22㎝ 役職 雲泥の差 この違い、恋愛には大きな壁? そして同期の卓の存在 異性の親友は成立する? 数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの 二人の恋の物語

優しい愛に包まれて~イケメンとの同居生活はドキドキの連続です~

けいこ
恋愛
人生に疲れ、自暴自棄になり、私はいろんなことから逃げていた。 してはいけないことをしてしまった自分を恥ながらも、この関係を断ち切れないままでいた。 そんな私に、ひょんなことから同居生活を始めた個性的なイケメン男子達が、それぞれに甘く優しく、大人の女の恋心をくすぐるような言葉をかけてくる… ピアノが得意で大企業の御曹司、山崎祥太君、24歳。 有名大学に通い医師を目指してる、神田文都君、23歳。 美大生で画家志望の、望月颯君、21歳。 真っ直ぐで素直なみんなとの関わりの中で、ひどく冷め切った心が、ゆっくり溶けていくのがわかった。 家族、同居の女子達ともいろいろあって、大きく揺れ動く気持ちに戸惑いを隠せない。 こんな私でもやり直せるの? 幸せを願っても…いいの? 動き出す私の未来には、いったい何が待ち受けているの?

侍女から第2夫人、そして……

しゃーりん
恋愛
公爵家の2歳のお嬢様の侍女をしているルイーズは、酔って夢だと思い込んでお嬢様の父親であるガレントと関係を持ってしまう。 翌朝、現実だったと知った2人は親たちの話し合いの結果、ガレントの第2夫人になることに決まった。 ガレントの正妻セルフィが病弱でもう子供を望めないからだった。 一日で侍女から第2夫人になってしまったルイーズ。 正妻セルフィからは、娘を義母として可愛がり、夫を好きになってほしいと頼まれる。 セルフィの残り時間は少なく、ルイーズがやがて正妻になるというお話です。

【完結】誰にも知られては、いけない私の好きな人。

真守 輪
恋愛
年下の恋人を持つ図書館司書のわたし。 地味でメンヘラなわたしに対して、高校生の恋人は顔も頭もイイが、嫉妬深くて性格と愛情表現が歪みまくっている。 ドSな彼に振り回されるわたしの日常。でも、そんな関係も長くは続かない。わたしたちの関係が、彼の学校に知られた時、わたしは断罪されるから……。 イラスト提供 千里さま

処理中です...