ホウセンカ

えむら若奈

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ハルジオンが開くとき

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「私、自分が嫌いだった。人前でニコニコして顔色窺って、どうすれば良い子に見えるか考えてばかりいる自分が大嫌いだったの。本当は根暗でネガティブだし、すごくワガママで狡い人間なのに。だけど桔平くんは、そんな私も丸ごと好きだって言ってくれるでしょ。だから自分の汚い部分も、前ほど嫌いじゃなくなってきたんだよ」

 愛茉は汚くなんてない。狡くて自分を良く見せようとするのは、人から好かれたいという純粋な思いがあるからだ。醜い嫉妬や独占欲にまみれていたオレなんかとは、全然違う。

「桔平くんだって、人間なんだから。綺麗なところも汚いところも、両方あって当然でしょ?お父さん……浅尾瑛士さんだって、そうだったはずだよ。一点の曇りもなく綺麗な人なんて、いないもん。それでも世の中は綺麗なものに溢れてるじゃない。人がつくったのに、綺麗なものはたくさんあるじゃない」

 真っ直ぐに見つめる愛茉の瞳が、また潤んできた。

「何言ってるか自分でも分かんなくなってきたけど……とにかく、桔平くんは汚いだけの人じゃないよ。私は桔平くんの全部が好き。桔平くんの描く絵が大好き。優しくてあたたかくて、すごく繊細で綺麗な絵だもん。それだって桔平くんの心でしょ?だから桔平くんは、桔平くんらしく描けば大丈夫なの!」

 そういえば、翔流も同じようなことを言っていたな。オレはオレらしく描けばいい。藝大の教授から言われるより、不思議な説得力がある。

 大きな目いっぱいに涙を溜めながら懸命に喋る愛茉が、愛おしくてたまらない。思わず抱き寄せると、愛茉はオレの背中に手を回して力の限りしがみついてきた。

「ありがとう。愛茉がいれば、すげぇ心強い」
「ずっと一緒にいるもん。あっち行けって言われても、どこにも行かないからね」
「あっち行けなんて言わねぇよ。一生傍にいてくんないと困る」
 
 あの時オレは、スミレと絵の両方を失った。自分にとって大切だったものが一気に無くなった喪失感は、今思い出しても胸がえぐられるようだ。それでも生きてこられたのは、愛茉と出会うためだったと信じている。

 オレの人生最大の幸福は、愛茉と出会えたこと。もし絶望して過去に縛られたままだったら、この出会いはなかっただろう。

 スミレと付き合っていた時は、不安ばかり先立って心が落ち着かなかった。そのせいか、会えばいつも体を重ねていた。

 それなのに愛茉は、傍にいてくれるだけで満たされた気持ちになる。オレの横で、ただ笑ったり泣いたり怒ったりしてくれたら、それだけで幸せだ。

 愛茉のさまざまな表情が、オレの心まで豊かにしてくれる。だからオレは、まだ描き続けることができるのだと思う。

「……ごめんね」

 オレにしがみついたまま、愛茉が涙声で言った。
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