ホウセンカ

えむら若奈

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貴方によく似たリンドウを

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 これがオレの絵なのか。違う。オレが描きたいのは、こんなに真っ黒なものじゃない。浅尾瑛士が描いてきた、青雲秋月せいうんしゅうげつな美しい絵。オレが追い続けているのはそれだ。

 しかし、描けない。黒い感情に支配されて汚れきってしまったオレには、もう自分が求める絵は描けない。その現実を突きつけられて、深い谷底へと蹴落とされた気分になった。

 スミレが尋ねてきたのは、それから2日後のこと。その間オレは飲まず食わずで、取り憑かれたようにスケッチブックに絵を描き殴っていた。

「寝てないの?」

 スミレはオレの顔を見るなり、心配そうに頬へと触れてきた。温かい手。久しぶりに感じるスミレの体温だったが、オレは自分の心がまったく動いていないことに気がついた。

 部屋へ招き入れると、スミレがハッと息を呑む。スケッチブックから破いたページが散乱する中で、異様な光を放つ1枚の絵。それを前に、スミレは金縛りにあったように動かなくなった。

「……やっぱり、私の目に狂いはなかった」

 しばらくして、興奮した表情で口を開く。

「貴方の才能は、ずば抜けてる。才能だけじゃない。技術も感性も、何もかもが唯一無二だわ。本当にすごい。こんなに心を揺さぶられる絵は初めて」

 スミレは体の震えを押さえるように、自分の右腕を掴んでいる。
 スミレが求めていたのは、これなのか。寒気がして目を覆いたくなるような、醜い感情が吐き出されたこんな絵だというのか。
 
「……こんなの違う」
「何が違うの?貴方は苦しみの中でしか、良い絵が描けないんでしょう?それなら苦しんで苦しんで苦しみぬいて、描き続けるしかないじゃない。それが貴方の絵なんだから」
「オレが描きたいのはこんな絵じゃねぇんだよ!」

 初めてスミレの前で声を荒らげた。スミレは驚く様子もなく、真っ直ぐオレを見つめている。
 
「オレが……描きたいのは……」

 声が掠れて、それ以上は言葉が出てこなかった。

 オレが描きたい絵は、もう描けない。どれだけ美しい景色を思い浮かべても、光はまったく見えてこない。

 描けないのに、生きている意味はあるのか。オレには絵しかない。描きたい絵を追いかけていたから、生きてこられた。それを失ったら、どうすればいいのか。もう何も分からなかった。

「……私と貴方が求めていたものは、違ったのね」
 
 床に座り込んで項垂れるオレの顔を両手で包み込んで、スミレが唇を寄せてきた。
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