ホウセンカ

えむら若奈

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貴方によく似たリンドウを

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 “浅尾瑛士の息子”が描いたというだけでオレの絵を高く評価する白髪のジジイ達と、この高飛車な女のどこが違うのか。それを知りたくなったのかもしれない。少しだけ、聴いてもいいという気になった。

「……オレの絵の、どこが良いって?」

 この口ぶりが、自分を試していると感じたのだろう。スミレが口の両端を吊り上げて、真っ直ぐ見つめてくる。妖しいまでに美しい表情だった。
 
「まず構図が素晴らしいわ。名画と呼ばれるものに共通しているのが、構図の良さ。貴方の絵も、それがきちんと計算されている。四隅に広がりを感じて、画面の外にも世界があることを観る人に訴えかけているもの」

 まともな講評だと思った。ただこの程度のことは、美術を学んだ人間なら誰にでも言える。
 
「そして主役が明確ね。その見せ方を知っているから、絵のテーマがダイレクトに飛び込んでくる感じ。それなのに筆のタッチは繊細で、構図の大胆さと良いバランスになっている。だから多くの絵画の中にあっても埋もれず、不思議と目を引くのね。貴方ぐらいの年齢でここまで繊細な日本画を描ける人なんて、そうそういないと思う。ただ……」

 そこで言葉を切ると、スミレはオレから絵の方へと視線を移した。曇りのない、澄んだ眼差し。思えば、この瞳に惹かれたのかもしれない。絵に対するスミレの情熱は、相当なものだった。
 
「貴方がいないのよね」

 しばらくして、ポツリと呟く。
 
「この絵には“貴方自身”がいないのよ、浅尾桔平君。直接言葉を交わして、それをより強く感じた。これは、貴方の心の奥から湧き出た絵ではないんじゃないかって。周りに“浅尾瑛士の息子”と呼ばせたいのは、貴方自身じゃないの?」

 図星だった。これはオレが、あえて“浅尾瑛士の息子”を意識して描いた絵。父親の絵を模写してばかりいた頃だから、余計にその意識が色濃く出ている。

 正直言うと嬉しかった。この絵には、オレがいない。それを分かる人間がいるなんて、まったく思っていなかったからだ。
 
「高校に入る前は、誰に絵を教わっていたの?」
「教わったことはない」
「ずっと独学なの?自分の絵を客観視するのは難しいのに、貴方はちゃんと見えているのね。それも才能なのかな」

 そう言うと、スミレは初めて、年相応の笑顔を見せた。連絡先を訊かれて素直に教える気になったのは、この笑顔を見たからだろう。

 ただ高慢なだけじゃない。純粋にアートが好きだという気持ちが伝わってきて、オレは自分の心が少し柔らかくなったのを感じた。
 
「浅尾君。貴方がこれからどんな絵を描くのか、私はずっと追っていくからね」
 
 別れ際に言われたこの言葉には想像以上の重みがあったことを、オレはずっと後になって知ることになる。
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