ホウセンカ

えむら若奈

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貴方によく似たリンドウを

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「この絵を描いたのは、貴方ね?」

 話しかけてきたのは、妙に高飛車な女だった。涼しげな目元と真っ直ぐで長い黒髪がそいつの性質を表しているように感じたのを、よく覚えている。

 高校に入った直後の5月。入学前に描いた絵が、絵画コンクールで賞を取った。ただ周りに勧められて応募しただけで、なんのコンクールだったかは覚えていない。その入選作品の展示会が港区のギャラリーで開催されたので、他にどんな絵があるのか気になり足を運んでみた。

 そこにいたのが、この女――桂木スミレだった。

「とても良い絵ね。まだ高校生ぐらいでしょ?」

 当時のオレは、今よりもっと愛想がなかった。
 口を開けば気味悪く思われるだけだから、話しかけられても無視を決め込む。そうしているうちに、大抵が諦めてどこかへ行ってくれる。

 ただ、こいつは違った。表情を変えることなく、懲りずに話しかけてくる。

「私、桂木スミレっていうの。ここのオーナーの娘よ。まだ大学生だけど将来はこの画廊を継ぐつもりだし、媚びを売って損はないと思うけど。貴方は画家になる気はないの?浅尾瑛士の息子さん」

 わざと焚きつけるような言い方をしていると思った。今なら無視できるが、当時のオレはまだ16歳。精神的に、かなり幼かったと記憶している。だから思わず語気を強くして言い返してしまった。

「うるせぇな。その呼び方すんな」
「ちゃんと喋れるじゃない。口があるなら、筆だけじゃなくて言葉でも説明しなさいよ」
「喋りたくねぇから無視してんだよ。誰がお前みたいな女に媚びるか」
 
 ギャラリスト、画廊オーナーは、ただ自分のギャラリーを貸し出すことだけが仕事ではない。自ら見出したアーティストを育成していく役割も担っている。

 だから美術界にさまざまなコネクションを持っているギャラリストに見初められたら、アーティストとして活躍の場が広がる。スミレが言う「媚びを売って損はない」とは、そういう意味だ。

 ただ、言われた通りに阿る人間は本物のアーティストではない。この時のオレも、そんな事をしてたまるかと思っていた。
 
「私、絵画を観る目には結構自信があるの。小さな頃から美術品に囲まれていたし、今は大学で世界中の絵画について学んでいるから」
「喋りたくねぇって言ってんだろ」
「私の講評、聞きたくない?貴方にとってマイナスにはならないはずだけど」

 オレの口の悪さに怯むことなく、スミレは話し続けた。面倒だから帰ろうかとも思ったが、他人の講評を聞くのは、確かに自分の為になる。
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