ホウセンカ

えむら若奈

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スズラン香る道の先

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「それに桔平くんは一生、私一筋のはずだもんね」

 愛茉の表情は、自信に満ち溢れていた。間違いはないが、オレがかつて不特定多数の女と関係を持っていたことなど、とうに忘れたらしい。それはそれで有り難いことではある。
 
「まぁ、桔平くんが好意を寄せられる可能性は十分あるだろうけど。かっこいい上に、そんな親切に相談乗ってくれるなんて、絶対好きになっちゃう」
「最初は若干怯えてたぞ」
「だからぁ、そのギャップなんですよ。怖そうだと思っていたのに優しいと、コロッといっちゃう。若い女の子は、そんなもんなのよ。特に高校生なんて子供だから、チョロいわけよ」

 思わず吹き出してしまいそうになったが、機嫌を損ねそうなので堪えた。なんでそんなにドヤ顔なんだよ。自分も“若い女の子”じゃないのか。

「愛茉もそうだったわけ?」
「え?」
「最初は怖いと思ってたのに、実は優しかったからコロッといった?」
「べっ、別にコロッとなんていってないもん!優しいなとは、思ったけど……」

 少し頬を赤らめながら、もごもごしている。その表情を見て、ふいに塩ラーメンが食べたくなった。

 まだ1年数ケ月前の出来事だが、たまにあの合コンの日を思い出すのもいいな。換気をするようなもので、心の中に新鮮な空気が流れ込んでくる。

 長く一緒にいるうちに、どうしても慣れは出てくるものだ。その慣れは五感を鈍らせ、最初は幸せや喜びに感じていたことでも心が動かなくなっていく。

 人間の性質としてそれは仕方がない。敏感な状態が続くと常にストレスを受けることになるから、脳や精神が疲弊する。慣れは防衛本能のひとつだ。だからこそ、初心へと立ち返ることが必要になる。

 彩ちゃんとの出会いは、そのためなのだろう。同じ場所を彷徨っているオレに、新たな流れを生み出してくれる存在。そういう気がしてならない。彼女が出す答えは、必ずオレ自身にも生きてくる。そう思うと、火曜日になるのが楽しみだった。

 ちなみにその夜は、愛茉がいつも以上に甘えてきた。やはり定期的に出会った頃の話題を出した方がいいな。それとも本当は妬いているのだろうか。どちらにしても可愛かったから、良しとしよう。

 翌日から火曜日までは、愛茉と札幌へ出かけたり、ひとりで山中海岸へ行ったりした。

 山中海岸は、家から15分ほど歩いた出羽三山神社の先、ほとんど獣道のような山道を進んだ所にある。岩だらけの海岸で、日本画に向いていそうな風景だと思った。

 ただ山道には相当虫がいたので、帰宅すると玄関前で洋服からバッグまですべて叩いてから入って来いと愛茉に怒られた。

 そして約束の火曜日。この前と同じ時間に、パノラマ展望台へと向かう。この日は薄曇りで、風が涼しく感じる。展望台の人出は、まばらだった。

 景色の写真を撮っていると、ママチャリに乗った彩ちゃんが現れた。気のせいか、この前よりもめかしこんでいる気がする。

「師匠。一生懸命、考えてきました」

 硬い表情で切り出す。何なんだよ、師匠って。

「じゃあ、宿題の答えを聞こうか」

 座るように促すと、またベンチの端の方へ腰かけた。
 そして膝の上で握った自分の拳をしばらく見つめた後、2回大きく頷き、オレの方を真っ直ぐ見る。その目を見た瞬間に、この子はもう大丈夫だと悟った。
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