ホウセンカ

えむら若奈

文字の大きさ
上 下
259 / 407
スズラン香る道の先

12

しおりを挟む
 オレの質問にどう答えるべきなのか、彩ちゃんは頭を悩ませている。自分の中でも答えが曖昧だったからこそ、いくら練習を重ねてもデッサンが上達しなかった。どうやら、そこには気がついたようだ。

「宿題にするか」
「はぇっ?」

 既に太陽が水平線に近いところへ下りてきている。答えを待っているうちに、日が暮れてしまいそうだった。
 
「バイト、次はいつ?」
「えと、来週火曜です。今日と同じ時間……」
「4日後か。ちょうどいいな。火曜日のこの時間またここにいるから、その時に答えを聞かせてもらうよ」

 何故こんなことを言っているのか自分でもよく分からない。ただ、この無垢な画家の悩みに付き合うことは、オレにとっても大きな意味を持つ気がしていた。

「3つ宿題。絵の基礎とは何なのか。自分が描きたいのは、どんな絵なのか。そしてその絵にデッサン力は必要なのか。ゆっくり考えてみな」
「ふいぃ……」
「周りの意見を聞くのはいい。でも答えを求めるのはダメ。他人の意見はあくまでも、自分で答えを導き出すための材料だからな」
「す、スパルタぁ……」
「オレは火曜までここには来ねぇから。海でも眺めながら、よく考えたらいいよ」
「わ……分かりました……」

 不安げに俯きながらも、握りしめた拳からは、やる気と決意が滲み出ている。火曜日に必ず来ることを約束して、彩ちゃんはママチャリで帰って行った。

 もしここが東京だったら、こんなことはしなかっただろう。しかし旅先での偶然の出会いというものは、間違いなく刺激になる。それは自分の絵にも大きく影響するはずだ。

 らしくないことをした。それでもその後ひとりで見た夕陽は、ひときわ輝いて見えた。

「この辺で美術科がある高校って言ったら、タニコウかなぁ」

 帰宅して夕飯を食いながら、今日の出来事を愛茉に話した。もちろん、彩ちゃんとの約束についても包み隠さず伝える。
 
「タニコウ?」
「札幌小谷高校。ほら、今年甲子園出てたじゃん。南北海道代表で。1回戦で負けちゃったけど、すごくいい試合してたよ」

 そういえば、お父さんとそんな話をしていたか。オレは出かけていたので試合を観てはいないが。愛茉もお父さんも、高校野球が好きだもんな。

「それにしても……桔平くんが地元の子と交流するなんて、とっても意外です」
「妬かねぇの?女子高生と一緒だったんだけど。しかもまた会う約束してるし」
「なんもさ。高1の子でしょ?ぜーんぜん子供じゃない」

 “なんもさ”は“どうってことはない”という意味の北海道弁だ。
 随分と余裕だな。20歳になってからというもの、自分は大人だという態度をやたらと出してくる。オレから見れば、愛茉も十分子供だが。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

元体操のお兄さんとキャンプ場で過ごし、筋肉と優しさに包まれた日――。

立坂雪花
恋愛
夏休み、小日向美和(35歳)は 小学一年生の娘、碧に キャンプに連れて行ってほしいと お願いされる。 キャンプなんて、したことないし…… と思いながらもネットで安心快適な キャンプ場を調べ、必要なものをチェックしながら娘のために準備をし、出発する。 だが、当日簡単に立てられると思っていた テントに四苦八苦していた。 そんな時に現れたのが、 元子育て番組の体操のお兄さんであり 全国のキャンプ場を巡り、 筋トレしている動画を撮るのが趣味の 加賀谷大地さん(32)で――。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

危険な残業

詩織
恋愛
いつも残業の多い奈津美。そこにある人が現れいつもの残業でなくなる

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

処理中です...