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スズラン香る道の先
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「サングラスかけてるし、余計に怪しい人だったのかもよ」
「夏はサングラスがねぇと、目が死ぬ」
「でも別に、グリーンじゃなくてもいいのに」
「今日はそういう気分だったんだよ。それにサングラスは4本しか持ってきてねぇから、選択肢が少ない」
「4本しか、ね」
愛茉は相変わらず、ほとんど体ごと運転席の方を向いている。そして大きな目で、オレの顔を覗き込むように見つめてきた。好きなものや興味のあるものを凝視するオレの癖が愛茉にもうつってきたのかもしれない。そう思うと、無性に嬉しかった。
自ら底なし沼に嵌って沈んでいくのを楽しんでいるオレは、やはり頭がおかしいのだろう。それでも、愛茉に対する愛情が日に日に深く濃くなっていくのに、歯止めなどかけられるわけがなかった。
もう一生、沼に沈んだままでいい。感情のタガが外れて一段とワガママになってきた愛茉を見て、心からそう思った。
帰宅すると、愛茉がさっそくカレーの仕込みに取りかかる。その間、オレはこれまでに撮った写真を整理することにした。
小樽に来て10日。カメラのデータ残量は減っていく一方なのに、スケッチブックの空白ページはまったく減らない。
小樽の美しい大自然や歴史的建造物には、心を十分に動かされる。ただ、その振り幅がもっと大きくならなければ絵は描けない。それにはまだ何か足りないような気がしている。
今までなら、この状態でも描き始めていただろう。とにかく作品を生み出し続けることを求められていたからだ。そうやって“浅尾瑛士の息子”の絵が量産されてきた。
何故自分の絵を描けないのか。その理由は、とっくに分かっている。ただ理由が分かっているからと言って、何をどうすればいいのか、答えが見つかる訳でもない。
このままだと宝を見つける前に溺れ死んでしまう気もする。休息できる陸地も見つからずに、ほとんど溺れながら、ひたすら藻掻いているだけ。近づいているのか遠ざかっているのか、それすらも分からなかった。
泥のような感情が渦巻く中でカメラの撮影データを確認していると、愛茉を撮った写真が出てきた。すべて小樽に来てからのものだが、もう何十枚もある。暗い場所へ沈みかけていた心が、ふと浮かび上がった。
ヒマワリ畑の中で浮かべる満面の笑みも、帰りの車内で見せた無防備な寝顔も、出会った頃とはまるで別人だ。
あの頃の愛茉は常に周りに目を泳がせて、真意を探るような表情で他人を見ていた。オレが何度好きだと言っても、本気なのかと言わんばかりの視線を向けられる。猜疑心の塊だった。
それが変わったと感じたのは、いつ頃だろう。同棲の準備をしはじめたぐらいか。オレへ向ける瞳が、完全に信頼一色になった。
「夏はサングラスがねぇと、目が死ぬ」
「でも別に、グリーンじゃなくてもいいのに」
「今日はそういう気分だったんだよ。それにサングラスは4本しか持ってきてねぇから、選択肢が少ない」
「4本しか、ね」
愛茉は相変わらず、ほとんど体ごと運転席の方を向いている。そして大きな目で、オレの顔を覗き込むように見つめてきた。好きなものや興味のあるものを凝視するオレの癖が愛茉にもうつってきたのかもしれない。そう思うと、無性に嬉しかった。
自ら底なし沼に嵌って沈んでいくのを楽しんでいるオレは、やはり頭がおかしいのだろう。それでも、愛茉に対する愛情が日に日に深く濃くなっていくのに、歯止めなどかけられるわけがなかった。
もう一生、沼に沈んだままでいい。感情のタガが外れて一段とワガママになってきた愛茉を見て、心からそう思った。
帰宅すると、愛茉がさっそくカレーの仕込みに取りかかる。その間、オレはこれまでに撮った写真を整理することにした。
小樽に来て10日。カメラのデータ残量は減っていく一方なのに、スケッチブックの空白ページはまったく減らない。
小樽の美しい大自然や歴史的建造物には、心を十分に動かされる。ただ、その振り幅がもっと大きくならなければ絵は描けない。それにはまだ何か足りないような気がしている。
今までなら、この状態でも描き始めていただろう。とにかく作品を生み出し続けることを求められていたからだ。そうやって“浅尾瑛士の息子”の絵が量産されてきた。
何故自分の絵を描けないのか。その理由は、とっくに分かっている。ただ理由が分かっているからと言って、何をどうすればいいのか、答えが見つかる訳でもない。
このままだと宝を見つける前に溺れ死んでしまう気もする。休息できる陸地も見つからずに、ほとんど溺れながら、ひたすら藻掻いているだけ。近づいているのか遠ざかっているのか、それすらも分からなかった。
泥のような感情が渦巻く中でカメラの撮影データを確認していると、愛茉を撮った写真が出てきた。すべて小樽に来てからのものだが、もう何十枚もある。暗い場所へ沈みかけていた心が、ふと浮かび上がった。
ヒマワリ畑の中で浮かべる満面の笑みも、帰りの車内で見せた無防備な寝顔も、出会った頃とはまるで別人だ。
あの頃の愛茉は常に周りに目を泳がせて、真意を探るような表情で他人を見ていた。オレが何度好きだと言っても、本気なのかと言わんばかりの視線を向けられる。猜疑心の塊だった。
それが変わったと感じたのは、いつ頃だろう。同棲の準備をしはじめたぐらいか。オレへ向ける瞳が、完全に信頼一色になった。
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