ホウセンカ

えむら若奈

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野山を彩るハクサンチドリ

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「ちょっとぉー!ヒデちゃん、それ言っちゃダメだよー!」
「ご、ごめん……だって……ふ……ふはっ……」

 2人は体を屈めて、目に涙を浮かべている。小林のスーツ姿を脳裏に浮かべたら、そうなるだろうよ。完全に七五三なんだから。
 
「なんやねん! 馬子にも衣装て言うやろ!?」
「猿にも衣装だろ」
「ちょおー!浅尾っち!」

 そういえば入学式の時、小林は警備員に中学生と間違われたらしい。着ていたのがモスグリーンのスーツで、それが制服のように見えたからだというのが本人の弁。しかし普通のスーツを着ていても大学生には見えなかったはずだと、オレは思う。

「ていうかぁーこの中で真面目なスーツが似合うメンズって……ヒデちゃんだけじゃなーい?浅尾きゅんも、似合うといえば似合うんだろうけどぉ……」
「俺が似合うかは別として……浅尾の場合は……なんか……よ、夜のニオイがする……」

 まぁ自分でもそう思う。オレがスーツを着ても、ヨネの彼氏のような爽やか営業マンには見えないだろう。それよりは、歌舞伎町の住人という方がしっくりきそうだ。
 長岡の言葉に、ヨネが嬉しそうに両手を叩いた。
 
「そうそうー!浅尾きゅんってースタイル良くってセクシーだからぁ!堅気に見えないんだよねぇー」
「ぶははは!夜やて!夜の帝王浅尾桔平!」
「うるせぇな。猿の七五三よりマシだわ。人間だし」
「あ、浅尾きゅんー!やめてぇー!」
「ダメだ……想像してしまうと……」
 
 ヨネと長岡が、また腹を抱える。よく笑うヤツらだ。

 学生特有のこういう軽いノリなんて、くだらないものだとずっと思っていた。

 そもそも人と関わるのが面倒なので、他人の会話に自ら加わることがほとんどない。それなのにどうしてこいつらは、凝りもせずオレに構うんだろうな。まったくもって、頭がおかしい連中だと思った。

「あー!浅尾きゅん!」

 オレの顔を見て、ヨネがメガネを上下させる。
 
「あ?」
「愛茉ちゃんの話じゃないのにぃー笑ってたぁー!」
「見た……見たで、おれも……!いやっ!心臓貫かれたっ!きゅんっ!」
「お、俺も見た……」
 
 揃いも揃って、アホか。オレだって普通に笑うわ。

「……これでも一応、喜怒哀楽がある人間なんですよ」
「あーん、やだぁー!もう鉄仮面に戻るしー」
「せやけど……おれの心のレンズにはしっかり焼きつけたで……きゅんっ!」
「私も焼きつけたぁー!きゅんっ!」

 無駄に賑やかな声で囃し立てるヨネと小林。そして何も言わず、いつものように眉毛が八の字になった笑顔を浮かべる長岡。

 藝大にストレートで合格するような人間は、やはり頭のネジがぶっ飛んでいるヤツが多いのかもしれない。
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