ホウセンカ

えむら若奈

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野山を彩るハクサンチドリ

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「あ、そうだ。昨日、浅尾がいない時に名刺預かってたんだ。浅尾のお客さん」
「オレの客?」
「ああ。ちょっと待って。浅尾の絵を観に来たって言ってて……」

 長岡が、自分のバッグの中をゴソゴソと漁る。そして手帳の中に挟んでいた名刺を取り出して、オレへ寄越した。
 受け取った名刺を見て、思わず顔をしかめる。
 
「え、ど、どうかした?知ってる人?」
「いや、別に」

 反射的に出た言葉は、自分でも驚くほど冷たい響きをしていた。

 長岡の怪訝な視線を無視して、先程整理を終えた束の中へ、不快な感情と共に手にした名刺を突っ込む。早く帰って、愛茉の顔が見たくなった。
 
「あー、りょーちーん!」

 部屋の外から、ヨネの明るい声が聞こえた。どうやら、彼氏が来たらしい。

 ヨネの彼氏はこれまでのグループ展や学校での展示に、欠かさず顔を出してくれている。顔見知りだし、挨拶ぐらいはしておかないといけないだろう。

 長岡と一緒に部屋を出ると、穏和な雰囲気を纏ったヨネの彼氏が、笑顔で会話をしていた。

 確か5歳年上だったか。すらりとしたスマートな体格と完璧なまでに整ったビジネススーツが、大人の余裕を醸し出している。横にいる小林の猿っぷりが、余計に際立つな。変なTシャツだし。

「あ、こんにちは。いつも真帆まほがお世話になっています」

 ヨネの彼氏は、オレと長岡に深々と頭を下げた。所作がいかにも営業マンという感じで、隙がない。

 ちなみに真帆というのは、ヨネの名前だ。学校では下の名前で呼ぶ人間は、ほとんどいないが。

「いえ、こちらの方が世話になってます」
「やぁだー浅尾きゅんー!本当にその通りだしぃー」

 ヨネがオレの背中を遠慮なしに力強く叩く。そしてオレたちがいるのも構わず、彼氏の腕を取ってベッタリとくっつきながら展示を案内しはじめた。

 2人は付き合って2年、同棲して1年らしい。それでもヨネ曰く「今でもエブリデイラブラブ」とのこと。

 ヨネの彼氏は、仕事の合間にわざわざ顔を出してくれたのだろう。あまり時間がなさそうではあったが、ゆっくりと展示を見て、ひとりひとりに丁寧な感想を伝えてから帰って行った。

「相変わらず、シュッとしとったなぁ。ヨネのカレぴっぴは」
「んふふぅ。りょーちんのスーツ姿かっこいいだろぉー」
「おれかて、スーツ着たらビシッとシュッとなるっちゅーねん」
「一佐がスーツを着たら……?」

 呟く長岡に、それは思い浮かべない方がいいぞと忠告しようと思ったが、時すでに遅し。長岡とヨネが、一緒に吹き出した。
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