ホウセンカ

えむら若奈

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夕焼けに浮かぶベンジャミン

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「あ、そうだ。桔平くん、チョコレートいる?」
「あ?」

 私に覆いかぶさっている桔平くんが、素っ頓狂な声を上げた。
 
「……あぁ、バレンタインか。つーか、ムードって知ってる?」

 服の中にすべり込んできた少し冷えた手に、思わず体がピクリと跳ねる。

「だ、だって、急に思い出しちゃったんだもん」
「随分、余裕がおありのようで」

 少し意地悪な表情をした桔平くんの髪が、私の顔に降りかかった。ほんの少しだけ、ウイスキーの香りが流れ込んでくる。

 余裕なんてないもん。桔平くんに抱かれる時は、心臓がドキドキしっぱなし。だから気持ちを落ち着かせようとして、つい他のことを考えちゃうだけ。
 桔平くんの熱っぽい視線も、甘い声も、大きくて優しい手も、すべてが私の五感を刺激する。そして桔平くんのこと大好きって気持ちが、体の奥から溢れ出てしまって。いつまで経っても、慣れることなんてないの。

 今日は特に気温が低いからか、桔平くんの体温がいつも以上に心地良く感じられる。洋服を着ているよりも温かいなんて、なんだか不思議だと思った。

「……そんで、バレンタインのチョコがどうしたって?」

 荒かった呼吸が少し落ち着いて、桔平くんの腕の中でぼんやりしていると、自分でも忘れかけていた話題に触れてくれた。
 
「あ……えっと。七海がバレンタインのチョコ作りたいって言ってて、一緒にお菓子教室の1日レッスンに申し込もうかなって思ってるの」
「へぇ。七海ちゃん、あげる人いるの?まさか翔流じゃねぇよな」
「そのまさか」
「マジ?」

 桔平くんが目を丸くする。
 七海は相変わらず合コンばかり行っているけれど、運命の人とは出会えていないらしい。かと言って、翔流くんとの関係が進展しているわけでもない様子。
 
「マジ。友チョコなのか本命なのかは分かんないけど。軽い感じで、かけるんにあげよっかなーって……」
「まぁ、あいつすげぇ甘党だからな。何にしても間違いなく喜ぶわ」
「どう思う?」
「何が」
「2人の相性」
「さぁねぇ。縁がありゃ、勝手にくっつくだろ」

 言いながら、桔平くんが私の髪の毛をいじくる。全然興味ないって感じ。

「翔流くんって、ずっと彼女いないの?」
「合コン行ってる時はいねぇだろうな。別に逐一報告されるわけでもないから分かんねぇけど。ただアイツ、結構ノリが軽いからなぁ。パッと付き合って、パッと別れるっつーか」

 合コンの時の翔流くんは面倒見が良くてしっかりしていて、理論派のような印象だったんだけど。桔平くんが言うには、確かに頭が良くてロジカルではあるものの、人に甘えるのが上手くて超絶マイペースなんだって。
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