ホウセンカ

えむら若奈

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母へと贈るエーデルワイス

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 札幌を後にして小樽へ戻った。行先はもちろん、小樽運河。

 運河プラザはキャンドルで埋め尽くされていて、ここぞとばかりにクリスマスムードを演出している。オレは普段のガス灯だけの小樽運河が好きだが、愛茉は大喜びで写真を撮りまくった。

 三番庫では、ホットワインの販売もしている。おたるロゼという、地元産のワインを使っているらしい。愛茉はまだ酒が飲めないので、オレだけいただくことにした。

 そこから北へ歩いていくと、少しずつ人影もまばらになってくる。クリスマスの賑わいから離れたところで、愛茉が立ち止まった。

「お母さん、ただいま」

 青白いイルミネーションに照らされた横顔は、妙に大人びて見える。
 母親に会いたい。そう願った時には、もう二度と会えなくなっていた。愛茉の気持ちを考えると、胸が締めつけられる。

 運河に向かってしばらく目を閉じた後、愛茉が振り向いた。

「覚えてる?嫌なことがあった時、いつもひとりでここに来てたって言ってたの」
「覚えてるよ。最初のデートで、松濤美術館に行った時だろ?」

 忘れるはずもない。ようやく愛茉から連絡が来た、あの日。

 会いたい気持ちが抑えられなくなるなんて、初めてのことだった。この時点で愛茉のことが好きだと自覚はしている。自分の好悪の感情は、昔から明確に感じ取れた。 

 再会した当日に告白したのも3回のデートを提案したのも、完全にその場の思いつき。それでも今こうして一緒の時間を過ごしているのは、そういう運命だったからだと思っている。

「やっぱり、お母さんとの思い出があったからなんだろうなぁ。ここに来ると落ち着くのは」

 無意識のうちに、その愛情を求めていたのだろう。どれだけ追い出そうとしても、愛茉の心の中には常に母親がいた。今でも思っているはずだ。思いきり抱きしめて大好きだと言ってほしいと。

 届かずに宙ぶらりんになった感情が、今一番近くにいるオレに向いているだけなのかもしれない。たとえそうだとしても、オレにできる精一杯を尽くして、愛茉の心を満たしてあげたかった。
 
「桔平くん。手つないでいい?」

 珍しく確認してきた。気になるほどの人目が周りにあるわけではない。

「んじゃ、手袋外してくんねぇ?」

 オレの言葉に何の疑問も持たず、手袋を外して右手を差し出す。つなぐ時はいつも右手だ。
 布にくるんでコートの内ポケットに入れていた物を取り出して、オレは愛茉の右手を取った。
 
「クリスマスプレゼント」

 そう言って薬指に指輪をはめると、愛茉が目を丸くする。

 どのタイミングで渡すか考えて、ずっと内ポケットに入れっぱなしだった。旅館に戻ってからというのも何となく味気ない気がするし、それならここしかない。そしてこの場所で、しっかり伝えておきたいことがあった。
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