ホウセンカ

えむら若奈

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母へと贈るエーデルワイス

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「つまり……平和な人ってこと」
「なるほど。桔平くんのお父さんとは、どこで出会ったの?」
「母親がウィーンの大学に通ってた時、近くの公園で絵を描いていた父親に一目惚れしたらしい」
「へぇー、一目惚れ」
「そんで日本に帰ってから父親の所へ押しかけて、猛アタック。だから父親が根負けしたというか、さくら……長女を身ごもったこともあって結婚したんだと」
「お母さん、情熱的なんだね」
「好きだと思ったら、一直線だな」

 愛茉が含み笑いをしながら、視線を向けてくる。

「……なんだよ」
「桔平くん、そっくりなんじゃない?」
「まぁ……そうなのかもな」
 
 確かに愛茉に対してはほとんど一目惚れみたいなものだったし、好きだと感じてからは愛茉以外見えなかった。オレのこういうところは、母親似なのかもしれない。

 愛茉が向きを変えて、オレに背中を預ける。小さくて華奢なその体を、後ろから抱きしめた。

 愛茉に触れるたび、他の女には感じたことのない感情が湧き上がってくる。愛おしさや情欲や庇護欲、尊敬も憧れも何もかもがぜになったような、訳の分からない感情。それが、愛茉の過去を聞いて余計に強くなった。

 どれだけもがき苦しんでも、生きること、愛されることを諦めない。高校の卒業アルバムに写っている愛茉にはそんな覚悟と凛とした強さが表れていて、思わず引き込まれた。

 本当の美しさは内面から出てくるものだ。どんなに顔が整っていても、いくら表面を着飾っても、泉のように湧き出してくる内面の美しさには勝てない。愛茉に惹かれたのは、不安定さの中に見え隠れしていた芯の強さを感じたからなのかもしれない。

 愛茉がオレの顔に泡をつけて遊んでいる。最近は遠慮なく甘えて、遠慮なく子供っぽいことをするようになった。

「あ、そうだ。旅館、露天付きの部屋にしちゃったけど、いい?」
「いいよ。たまには贅沢しようぜ」
 
 せっかく北海道へ帰るならゆっくりしようということで、24日から旅館に2泊して札幌や小樽を観光する予定だった。自分が生まれ育った町を、オレに案内したくて仕方がないらしい。

 確か中3の夏に北海道を旅したが、冬はまた違う魅力があるのだろう。それに愛茉と母親の思い出の場所という小樽運河へ2人で行けるのが、何よりも嬉しかった。

「初めてのクリスマスで、初めての旅行だもんね。楽しみ」

 振り返って見上げてくるその笑顔に、思わず引き寄せられる。

 付き合いはじめて半年近くになるが、愛茉に対する熱が冷めることはない。落ち着かせる方法があるのなら、教えて欲しいぐらいだ。

 好きだとか恋だとか、そんな言葉が陳腐に感じるようなこの気持ちに、今でも名前はつけられていなかった。
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