ホウセンカ

えむら若奈

文字の大きさ
上 下
130 / 407
約束のアングレカム

1

しおりを挟む
 9月下旬になると朝晩はかなり涼しくて、30度を超える日はようやくなくなった。

 小樽で生まれ育った私の体にコンクリートジャングルの夏の暑さはかなり堪えたけれど、桔平くんと過ごした初めての夏は、すごく特別なものになった。一緒に過ごす時間が長かった分、一気に距離が縮まった気がするから。

 後期の授業が始まってからも、ほとんど桔平くんの家で過ごしている。たまに桔平くんが私の家に泊まることもあって、いつの間にか毎日一緒にいるのが当たり前になっていた。

 10月に入って、桔平くんの家のクローゼットには私の長袖の洋服やアウターも追加された。今ではこっちの方が自分の家って感じ。だって貴重品とか学校の教科書も桔平くんの家に置いてあるんだもん。私の部屋に置いていた植物たちも、桔平くんの家のベランダへお引越しした。

 いつか、ちゃんと2人で暮らせたらいいな。学生のうちは無理だけど、そんな甘い未来を思い描いていた。

「なんだか、2人セットも見慣れてきたねぇ」

 上野の裏路地にある、小さな純喫茶。カウンターで桔平くんと並んで食後のコーヒーを味わっていると、マスターがしみじみ言った。

「いっつも桔平ひとりで来てたのにな」
「オレ友達いねぇもん」
「こんな寂しい奴のどこがいいの、愛茉ちゃん。それだけ可愛いけりゃ、もっとイイ男つかまえられるだろうに」
「桔平くんの存在そのものがいいんです」
「そうかい、そうかい。言うことが似てきたねぇ、2人とも」

 マスターが目を細めると、目尻に刻まれたシワがくっきり浮かび上がる。

 ここのカレーは本当に絶品で、午後の授業がない日や夕ご飯の時に、桔平くんと頻繁に来るようになった。今ではすっかり、私も常連さんの仲間入り。

 このお店には、浅尾瑛士――桔平くんのお父さんの絵が飾ってある。宮城県の瑞巌寺《ずいがんじ》参道の杉並木を描いた絵で、そこだけ時の流れが止まったような澄み切った空気をまとっていた。

 桔平くんはいつもコーヒーを飲みながら絵を眺めている。一体、何を思っているんだろう。

「桔平は、どんどん親父さんに似てくるな」

 マスターの言葉に、桔平くんはコーヒーカップへと視線を落とす。

 実はマスターと桔平くんのお父さんは、高校の同級生なんだって。小さい頃、桔平くんはお父さんに連れられてこのお店に来ていたみたい。

「瑛士も、そんな風にコーヒーをじっと見つめながら考え事していたよ。まったく同じ顔してな」
「遺伝って、こえぇな」
 
 嬉しそうな、でもちょっと複雑そうな表情で桔平くんが笑う。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

生贄巫女はあやかし旦那様を溺愛します

桜桃-サクランボ-
恋愛
人身御供(ひとみごくう)は、人間を神への生贄とすること。 天魔神社の跡取り巫女の私、天魔華鈴(てんまかりん)は、今年の人身御供の生贄に選ばれた。 昔から続く儀式を、どうせ、いない神に対して行う。 私で最後、そうなるだろう。 親戚達も信じていない、神のために、私は命をささげる。 人身御供と言う口実で、厄介払いをされる。そのために。 親に捨てられ、親戚に捨てられて。 もう、誰も私を求めてはいない。 そう思っていたのに――…… 『ぬし、一つ、我の願いを叶えてはくれぬか?』 『え、九尾の狐の、願い?』 『そうだ。ぬし、我の嫁となれ』 もう、全てを諦めた私目の前に現れたのは、顔を黒く、四角い布で顔を隠した、一人の九尾の狐でした。 ※カクヨム・なろうでも公開中! ※表紙、挿絵:あニキさん

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

ワケあり上司とヒミツの共有

咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。 でも、社内で有名な津田部長。 ハンサム&クールな出で立ちが、 女子社員のハートを鷲掴みにしている。 接点なんて、何もない。 社内の廊下で、2、3度すれ違った位。 だから、 私が津田部長のヒミツを知ったのは、 偶然。 社内の誰も気が付いていないヒミツを 私は知ってしまった。 「どどど、どうしよう……!!」 私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

大好きな背中

詩織
恋愛
4年付き合ってた彼氏に振られて、同僚に合コンに誘われた。 あまり合コンなんか参加したことないから何話したらいいのか… 同じように困ってる男性が1人いた

処理中です...