ホウセンカ

えむら若奈

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君に捧げるカランコエ

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 中学に入ってからは、新聞配達のバイトを始めた。中学生の労働は法律で“原則”禁止されていることもあって、雇ってくれる新聞配達店はないに等しい。さらに親権者や学校長の許可が必要という多くの制約があったものの、方々手を尽くして何とか働くことを許可してもらった。

 そして夕刊配達で稼いだ金と貯めていたお年玉を、投資につぎ込む。そうやって資金を増やして、海外へひとり旅をすることにした。父の足跡を辿る。それが自分のアイデンティティを保つ唯一の方法かもしれないと思ったからだ。

「お金、投資で増やしたんだ。すごいね、中学生で投資なんて」
「ずっとやってるから、今も使い切れねぇくらい金あるんだよ。一応自分の会社を作って管理してて、この家も一括で買えたけど、まだまだある」
「あ~、やっと謎が解けた……。ここ、どう見ても分譲マンションだと思ってたから」

 つまらない昔話を、愛茉は頷きながら真剣に聞いている。オレの胸にくっつけているその可愛い顔を撫でながら、記憶を中学時代へと巻き戻した。

「貯めた金で初めて行ったのはパリでさ。もちろん、ルーヴル美術館が目当て」

 あの筆舌に尽くし難い感動は、今でも瑞々しいまま心に残っている。

 自分の世界がいかに狭かったのかを思い知らされた。頭を殴られたような衝撃。そして、自然と涙が零れる。自分が求めていたものが、ここにあるような気がした。
 果てなく広がる荒れ果てた大地を彷徨い歩いた末に、地割れの隙間から懸命に太陽の光を浴びる一輪の花を見つける。そんな感覚だった。

 それから旅の虜となるのに、さほど時間はかからなかった。同級生が机を並べて折り目正しく生活をしている最中に、学校にも行かず世界中を巡る。そしてフラリと帰宅しては、何日も部屋にこもって一心不乱に絵を描く。
 母も義父も姉たちでさえも、もはやオレの行動には口出ししてこなくなった。どう扱えばいいのか分からなかったのだろう。

 ただ母は、オレをギフテッドだと診断した医者から、良い面を伸ばして才能をつぶさないようにとアドバイスをもらっていた。だから戸惑いつつも見守り、オレの将来を憂う義父との間に立ってくれていたと思う。

 義父は大企業の創業者一族というやつで、何かとしがらみが多い中で生きてきた人だ。だからオレみたいな型にはめられない人間の扱いには慣れていなくて、どうにも反りが合わない。
 人間的には嫌いではない。優しく穏やかで母を大切にしてくれているし、姉2人もよく懐いている。オレが異質なだけだった。
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