ホウセンカ

えむら若奈

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ルコウソウの育て方

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「脳は覚醒した?」

 ベランダ用の靴がないから、部屋の中から声をかける。

「あぁ、だいぶね」

 さっきよりハッキリした声。良かった。今度こそやっと、お目覚めみたい。

 桔平くんは手すりに背中を預けて、空を仰ぎながら紫煙をくゆらせている。いつものかっこいい桔平くんだ。

「ベランダ用のサンダル、もう1足買うか」

 空を見上げたまま、ポツリと言った。

「気候がいい時は、ここで飯食ったりしよう」

 広いベランダには、テーブルと椅子が置いてあった。この辺りは高いビルやマンションがないから、空が開けて見える。きっと桔平くんも、ここでのんびりしたり絵を描いたりして過ごしているんだろうな。

「あと、調理器具とか調味料も買わなきゃな」
「え、いいの?」
「オレが愛茉の飯を食いたいの」

 私の顔を見て、にっこり笑ってくれる。
 前に桔平くんが言っていた通り、キッチンにはまったく調理器具がなかった。だからここでは手料理を振る舞えないなぁって思っていたのに。そんなことを言われると、嬉しくて泣きそう。
 
「オレ、この家に他人を入れたことなかったんだよね。他の色が入り込むのが嫌だったからさ」

 煙草を消して部屋に入ってきて、私の頭を撫でながら桔平くんが言った。
 
「でも、愛茉ならいい。真っ白だし」

 真っ白?私が?一体どこを見て、そんな風に思うんだろう。こんなに腹黒いのに……。
 
「今度、必要な物を買いに行こうな」
「うん」

 桔平くんがベッドに腰かけて、おいでって言いながら両腕を広げる。近づくと私の腰に手を回して体を引き寄せて、もう片方の手を頭に添えた。

 バニラの香りが、口から鼻へと抜ける。
 こんなに幸せでいいのかな。良い波の後は、必ず悪い波がくる。だからちょっと怖い気もするけれど、どんな波がきても、桔平くんと一緒なら大丈夫だって思えた。

 その後、ゆっくり支度をしてから家を出て、近所のカフェでブランチを食べることにした。

 桔平くんがいつもどんな風に洋服を選んでいるのか気になっていたんだけれど、クローゼットでしばらく洋服を眺めて、その日の気分で何となく決めているんだって。

 今日の格好は、緑から青の鮮やかなグラデーションに優美な睡蓮の刺繍が裾に入っているガウチョと、水墨画のような力強い昇り龍と波が全面にプリントされた七分袖のリネンTシャツ。ピアスやアンクレットも龍がモチーフのものをつけていて、暑いから髪は結んでいる。

 爽やかな短髪でシンプルファッションが似合うイケメン。彼氏にするならそんな人が良いなって、ずっと思っていたはずなのに。今では、桔平くんの独特な雰囲気が大好き。我ながら単純だけど。
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