ホウセンカ

えむら若奈

文字の大きさ
上 下
35 / 407
小さなイベリス

8

しおりを挟む
 駅から動物園までは5分くらい。桔平くんは、毎日この辺を歩いているのかな。美術館や博物館があって、恩賜公園があるから緑もたくさん。感性が刺激されそうな町だと思った。

「やっぱり人が多いよな、今日は。電話でも言ったけど、パンダ観るまですげぇ並ぶと思うよ」
「大丈夫だよ。1人なら退屈だけど、桔平くんがいるし」
「それはオレのことが好きって意味?」
「な、なんでそうなるの」
「一緒にいて退屈しねぇなら、好きってことだろ」
「まだ分かんないもん」
「“まだ”ね……。別に3回目のデート待たなくても、好きって思ったらいつでも素早く言ってくれていいんで」

 ずいぶんと余裕の表情。桔平くんは、自信があるのかな。私が桔平くんに好意を抱いていることぐらいは、当然分かっているんだろうけれど。
 好きか嫌いかの2択なら、もちろん好き。じゃなきゃデートなんてしないもん。でも踏み出す決め手がない。

 付き合うって、どんな感じなんだろう。本当はずっと憧れていたけれど、選択肢としていざ目の前に並べられたら、手を伸ばすのが怖くなる。掴んだ途端に消えてしまいそうで。
 私には、こんなふうに桔平くんの袖を軽く掴むぐらいがちょうどいいのかもしれない。

 園内に入ると、既にパンダ舎の観覧列はかなり伸びていた。
 私は初めてパンダが観られることにワクワクしていたけれど、桔平くんからしたら退屈だっただろうな。それでも嫌な顔ひとつせず、私を気遣ってくれたり途中で飲み物を買ってきたりして。桔平くんの優しさが、すごく嬉しかった。

 そして1時間以上列に並んで、ようやくパンダとご対面。初めて間近で見るパンダは本当に可愛くて、釘付けになってしまった。人の視線なんかまったく気にせずのんびり過ごしていて、すっごくモフモフで。何時間でも見ていられるくらい。
 でも、観覧時間はたったの1分。あっという間に終わっちゃった。
 
「あいつら、ただダラダラしてりゃ周りからチヤホヤされるんだよな。人間なんて怠惰は罪とか言われるってのに」

 パンダとの対面を終えたあと、桔平くんが無表情で言った。まぁ、桔平くんがパンダにメロメロになるとは一切思っていなかったから、こういう反応はある程度予想していたけれど。ただ私のために付き合ってくれたんだもんね。

「なんか、夢中で食べてたね」
「あいつらがひたすら食べてる姿って、生存競争に敗北した成れの果てじゃん」
「生存競争?」
「ジャイアントパンダって、もともとは雑食なんだよ。だから食い物確保するにもライバルが多かったわけ。それで敵がいない山岳地帯の奥地に住むようになって、そこにある竹とか笹を無理して食いながら生き延びる道を選んだんだよ」

 桔平くんって、何気に博識なんだけど……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

元体操のお兄さんとキャンプ場で過ごし、筋肉と優しさに包まれた日――。

立坂雪花
恋愛
夏休み、小日向美和(35歳)は 小学一年生の娘、碧に キャンプに連れて行ってほしいと お願いされる。 キャンプなんて、したことないし…… と思いながらもネットで安心快適な キャンプ場を調べ、必要なものをチェックしながら娘のために準備をし、出発する。 だが、当日簡単に立てられると思っていた テントに四苦八苦していた。 そんな時に現れたのが、 元子育て番組の体操のお兄さんであり 全国のキャンプ場を巡り、 筋トレしている動画を撮るのが趣味の 加賀谷大地さん(32)で――。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

一夜の男

詩織
恋愛
ドラマとかの出来事かと思ってた。 まさか自分にもこんなことが起きるとは... そして相手の顔を見ることなく逃げたので、知ってる人かも全く知らない人かもわからない。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

危険な残業

詩織
恋愛
いつも残業の多い奈津美。そこにある人が現れいつもの残業でなくなる

処理中です...