ホウセンカ

えむら若奈

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アガパンサスの押し花

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「言っとくけど、オレは慣れてねぇからな」

 頭の中を覗かれたのかと思って、ドキッとした。

「誰彼構わず好きとか言わねぇし。そもそも、他人を好きだって思うことがそんなにないから」

 一瞬だけ浅尾さんの表情が陰った気がする。私、勘は良い方なのよね。きっと過去の人のことが頭をよぎったんだろうな。

 いろいろあったのかもしれない。過去の恋愛のこと、触れられたくなさそうだったし。まだ元カノに気持ちが残ってるとか?やだな。想像しただけで、すごく嫌。
 
「でもまぁ、いきなり言われてもって思うのは分かるし。だから提案なんだけどさ、とりあえず3回デートしねぇ?」

 ネガティブな想像ばかりしてしまって押し黙る私に、優しく笑いかけながら浅尾さんが言った。
 
「もちろん手は出さない。一切お触りなしの、すっげぇ健全なデートだよ。それで、もっと一緒にいたいって思ったら、オレの彼女になって」

 “オレの彼女”っていう言葉の響きがとてもくすぐったくて、すぐに口を開くことができなかった。

「もちろん、今の時点で“こいつねぇわ”って思ってるなら、無理強いはしないけど」
「そんなこと……ない」

 あるわけがない。自分でも怖いぐらい浅尾さんに惹かれている。
 だからすごく嬉しい。そして同じくらい、不安な気持ちもある。それでも断る理由なんて何もなくて。
 
「と、とりあえず……3回ね」

 私の言葉に、浅尾さんは嬉しそうな顔をして頷いた。
 
「よし、じゃあどっか行こうぜ」
「え、今から?」
「そう、今日が1回目のデート。行きたいところある?」
「行きたいところ……。あんまり、よく分からなくて」
「渋谷だと、買い物か……美術館もあるけど」
「え、美術館あるの?」
「あるよ。こっからだと、歩いて15分くらいかかるけどさ。行きたい?」
「うん、行きたい」

 行き先が決まって、お互いにミックスジュースを飲み干してからカフェを出る。結局、浅尾さんがまた全部支払ってくれた。オレは金持ってるからいいの、だって。

  そう言えば浅尾さんの洋服って、何気に高そうなのよね。素材がいいというか。デザインはすごいけど。

松濤しょうとう美術館っていって、住宅地の中にあんの。小さいから、美術館というよりギャラリーって感じかな。白井晟一しらいせいいちって建築家の設計でさ、建物そのものが芸術なんだよ」

 並んで歩きながら、浅尾さんが美術館について説明してくれた。

 この前より、ほんの少しだけ距離が近い気がする。お触りなしって言ったけど……手ぐらいは繋いでもよくない?いや、ダメよね、うん。付き合ってないんだもん。絶対にダメ。

 だけど周りからはカップルに見えるのかな。やっぱり、もっと可愛い服にすればよかった。
 
「渋谷から少し歩いただけなのに、こんな住宅街があるんだね」

 Bunkamuraを通り過ぎて歩いていくと、かなり空が開けてきた。
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