純情なる恋愛を興ずるには

有乃仙

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番外編

告白のない告白

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「島山」
「んだよ」
 自室で勉強していた島山は、後ろからの呼びかけに不機嫌な声で応えた。
「なんで離れなきゃなんないわけ?」
「分かんねえ時だけ呼べよ。最後に呼べよ」
 島山の後ろの机で同じく勉強をしていた佐々木の訊ねに、島山は尋ねるタイミングを述べた。それが、佐々木の質問にかすりもしていないことはちゃんと理解している。
「最後、本音になってる」
「…………」
 まともな返答がくるとは初めから思っていなかったのか、佐々木はこちらの発言に対しての突っ込みを入れただけだった。けど、島山が黙ったのはそれのためではない。
 夏休みである。休みが始まって三日目。島山は佐々木と勉強することになっていた。
 しかし、島山にとっては不本意なことでしかない。授業ならまだしも、誰かと一緒に勉強するのは好きではないのだ。同室者はさすがに慣れたものの、それ以外は未だに集中できないし、居心地が悪い。しかも、その相手はいつもつるんでいる佐々木だ。落ち着かなさだけで気兼ねなど出てきやしない。さらには、勉強を教えてほしいという要求まである。そんな約束していないし、勉強道具を持ってきたからといって承諾する気もない。しかし、十分前に来た佐々木は、こちらの制止も拒絶も無視して部屋へと入り込んだ。いっこうに出て行く気がないため、仕方がなく、でも少しでも自分から離すべく、帰省した同室者の机を使わせることにしたのだ。佐々木の突っ込みも、こちらの気持ちを分かっているから、それがどんな意味を持つ発言であるか分かっていて言ったのだ。
「島山」
「…………」
 こちらの意思は伝えた。始める前にも伝えてあることでもある。居心地の悪さも相まって喋る気にもなれず、島山は無言で返した。勉強に意識を向ける。
 そのため、背後で動きがある気配に島山は気づかなかった。
「島山」
「うわっ!」
 突然、耳元近くでした声に、島山は肩が上がるほど驚いた。ノートの上を走っていたシャーペンがあらぬ方向に動いたが、そんなこと気にもならない。机に寄りかかるように身を離しながら、島山は咄嗟に振り向いた。
「てめえ! なんでこっち来てんだよ!」
「呼んでも反応しないから」
 佐々木は平然としていた。怒鳴られることや声を荒げられることには初めの頃から臆した様子を見せたことのない佐々木だが、それは今でも変わらない。
「だからって、耳元で呼ぶんじゃねえ!」
 はっきりいって、心臓に悪い。相手が佐々木だからよけいだ。
 一年の時、反抗期で不良入りをした島山と違って佐々木は中学で不良になっており、さらには荒れていた。同校からは怖がられ、他校の不良にも知られているほどだったらしい。それが、高校では落ち着き、纏う雰囲気と言葉を持っての質の悪さへと変わったという。
 だが、島山が苦手としているのはそんなことではなく、興と同じく読み切れないところだ。
 一年以上もつるんでいれば今の佐々木を知ることはできるが、その脳内は分かりきっていない。単純バカと言える兼田の方がマシだ。そんな兼田でも、鬱屈が溜まる時もあるらしいが。
「――島山」
 終始落ち着いている佐々木は、数秒見据えると名を呼んできた。
「んだよ!」
 島山の感情は落ち着いていない。それどころか、驚かされたことで鼓動が早鐘のように打っている始末だ。それも加わって、聞き返す島山の口調は怒鳴るものになっていた。
「いいかげん、三浦のこと諦めたら?」
「はあ?」
 臆することのない分、自分のペースというのを崩さずに佐々木が発したことは、脈絡のないことだった。いや、なさすぎる。島山は一変して表情と声音からして怪訝になった。
「俺がいるんだし」
「お前がいるからなんだってんだ」
 また繋がりのないことを言う。そこを無視したとしても、失恋――いや、諦めきれない気持ちと仲間がどう関係するのか。慰めか、代わりか。何にしろ、自分の恋と仲間の存在は別物だ。関わりのあるものにする気もない。
 だが、
「なんだって」
 そこを繰り返した佐々木は、一つ間を置くと言った。
「告白に繋げるつもり」
「は?」
 またしても脈略がない。ゆえに突飛だ。突拍子もないことに、島山は言われている意味が理解できなかった。
「だから、告白に繋げるつもり」
 佐々木は繰り返した。
 だが、繰り返されても、島山は言っていることが分からなかった。告白の意味すらも分からず、総動員する勢いで意味を考える。
 そんな島山の様子は、佐々木から見れば固まってしまったようにも見えたかもしれない。
 返答を待ってかその佐々木も黙り、二人の間に沈黙が降りる。
 そして、佐々木が動いたのは、島山が意味を理解した時だ。
「島山」
「ちょっ! 離れろ!」
 身を近づけ、机に片手を突く佐々木に島山は焦った。離そうともするも、椅子から落ちないように片肘は机に乗せており、片手だけの抵抗だからか、佐々木はびくともしない。無駄に近くなった距離のまま発言してくる。
「察しのいい島山なら気付いてると思うんだけど」
「気付いてねえ!」
 思わず島山は反論した。察しがいいのかは分からないが、知ったのは今だ。佐々木の気持ちなど全く分かっていなかった。けど、島山の動揺を間近にしても佐々木は離れないうえに、言葉を続けようとする。
「俺の気持ち……」
「離れろ!」
 あまりにも近い彼の顔に耐えられず、島山は腕に力を込めた。
 佐々木を突き飛ばし、島山も立ち上がる。
「島山」
 が、転ぶまでに至らなかった佐々木が近づいてこようとし、島山は反射的に下がった。だが、一歩分もない真後ろにあったベッドに足が当たり、その上に倒れてしまう。
「島山、動揺しすぎ」
「誰のせいだ!」
 素早く上体を起こした島山は叫んだ。いっこうに態度も調子も崩れぬ佐々木には、動揺してしまっていても不快がつのっていく。
「俺のせいでは確実にないと思う」
「確実にてめえのせいだよ!」
 恬然と言ってのける佐々木に、島山はしっかりとした発音をもって言い返した。
 興への恋心を自覚したことで、同性同士ということへの偏見は打ち消されている。身近な存在でもそれは同じだ。でも、その身近な存在――悪友が自分を好きだったということへの動揺はやはり大きい。自分も苦手な面がある相手だからか、怖気のようなものまで感じてしまっている。
「そんなことよりさ」
 しかし、島山の批判を全く気にかけていないというように佐々木は投げ捨てると、島山が倒れた時から止まっていた歩みを再開させた。
 島山も咄嗟のような動きでベッドから降りる。何故か、捕まってはいけないような気がしたのだ。
 だが、ベッドを降り、逃げようと背を向けたところで服を掴まれ、ベッドに戻されてしまう。それだけでなく、また倒れた島山を上から押さえつけてくるではないか。
「なんでこういう時は素早いんだよ!」
 距離が近かったとしてもぎりぎりで逃げれたはずだ。なのに、抵抗している暇もなく捕まってしまった。
「本気だから」
 そう返す佐々木の声音は全く変わりがなかった。けれど、島山をベッドに戻した力と押さえつけている力は、逃がすまいとしているように強い。喧嘩はそれほど強いというわけではないが、喧嘩をしてきただけの力はある。その強さが出ているということは、本気と言うだけの思いはあるということだ。
「俺、けっこう本気なんだけど」
 そう、もう一度気持ちを言った時の佐々木の声音は、真摯さを含んでいた。
「突っ込めないなら、突っ込まれる覚悟もある」
「突っ……」
 言っている意味は分かっている。しかも、出だしから意味を理解できてしまったため、島山は言葉に詰まってしまった。さらに、色々と吹っ飛ばして行為の発言へといっていることには、批判の言葉を吐く気力もなくなってしまっていた。言っている内容のわりには、佐々木が真面目さを宿しているというのもあるかもしれない。
「三浦諦めて、俺にしない?」
「だ……!」
 けれど、気力が抜けたのはそこまで。その言葉に、諦めきれないゆえに抱いている様々な感情が刺激された。
 だが、その感情が吐き出されることはなかった。佐々木の方が上回っていたからだ。
「駄目なら既成事実作ればいいよな」
「…………」
 佐々木らしいと思うのは、この状況下では呑気というものだろう。
「いいってこと?」
 その気持ちは少なからず表情に表れていたはずだが、佐々木は言葉がなくなってしまったことを良い方向に捉えた。
「……いいわけねえだろうが!」
 そのことには、落ちた気力が怒りと共に舞い戻ってくる。そしてその怒りは、こちらの気も知らないで自分の気持ちを語っている状況をも火種とし、物理攻撃を伴って佐々木に向かうことになった。
 佐々木を殴り飛ばす。
 横からまともに喰らった佐々木はそのまま横に倒れた。
「てめえ、ふざけんなよ! なんで俺がてめえとくっつかなきゃなんねえんだよ!」
 ベッドから降り、距離を取った島山は怒鳴った。
佐々木にも佐々木の気持ちがある。でも、自分にも自分の、捨てきれずにいくつもの感情を持ったことで複雑になった気持ちを抱えているのだ。それを、諦めろと、それも、自分の想いを叶えるためにこちらの気持ちの置き方を簡単に言ってくることは、島山にとっては勝手なことでしかないのだ。
「容赦な……」
 一方、頬を抑えながら身を起こした佐々木は、やはり怒りが効いていなかった。
「島山が受け入れないことは予想済みだけどさ」
 佐々木は言った。気持ちを捨てきれないでいたことを気付いていた佐々木だ。いくら佐々木でも結果ぐらい想像できるだろう。
「それに、島山が諦めれば、俺も告白しなかったよ」
「してねえよ! どこに告白あったよ!」
 佐々木の行動の訳よりも島山の意識をまず持っていったのは、最後の発言だった。確かに気持ちが伝わることは言われたが、告白と言えるようなことは言われていない。告白という単語は出たが、それに繋がるような、好きという言葉すら出ていない。それでも告白というなら告白なのだろうが、島山はそうとは認めない。
「じゃあ、今」
「しなくていい!」
 今さら言ったってなんの意味もない。
「だいたい、なんで俺のせいなんだよ!」
 百歩、いや、千歩譲って告白されたとしても、自分の諦めと佐々木の告白しないがどう繋がるのか。
「俺、告白するつもりなんてなかったんだよ。つか、いた……まあ、嫉妬はするだろうけど、島山が好きな奴とくっつくなら、まあ、相手によるけど……それでもいいって思ってたし」
「…………」
 ところどころ声が小さくなりながらも語られた気持ちは、島山にとっては意想外なことだった。佐々木がそんな控えた気持ちも持っていたとは。
「でも、三浦が橋川とくっついたのに、いつまでも振り切れないでいるから。俺だって諦めきれないし、ずっと思うなら、俺のこと思ってくれればいいのにって思ったりする。だから……」
「じゃあ、一生思ってろ!」
 だからの続きが聞きたくなく、島山は声を荒げた。
「俺は、お前と付き合う気なんかねえ!」
 そういう風に一度だって見たことはないし、駄目だったからと、他に代わりを求めたり移ったりして解決する気持ちでもない。そもそも、そんな簡単に諦められるなら、とっくに諦めている。
「――――」
 はっきりと言い切ったからか、佐々木から言葉が消えた。ただ、表情の変化なく見つめてくる。だが、数秒後、
「……じゃあ、諦めるまで迫るしかないか」
 見据えたまま、そんな判断を下す。
「…………」
 ものすごく面倒臭そうだ。いや、ものすごくしつこそうだ。佐々木なんかに迫られ続けたら、気が滅入ってしまいそうだ。
「じゃあ、早速」
「来んじゃねえ!」
 容易くできた想像だけで早くも気が滅入りそうになった島山だったが、佐々木の行動開始の声に意識が引き戻ると、口調も強く制止をかけた。
「でも、島山が受け入れてくれないとなると、俺も最終手段とらなくちゃならなくなるんだけど」
 その最終手段がどんなものか気になるが、知りたくもないという思いも表れる。けど、諦める気がない台詞であることは確かだ。
 立ち上がっていた佐々木が踏み出した。
「待て!」
 いくら佐々木に諦める気がないとはいえ、こちらもその気はないし出てもこない。佐々木の気持ちを受け入れて妥協するという選択肢は準備されることもないことだ。
「そんなに俺と付き合いたかったら、テストで一位取れ!」
 行われるかもしれない最終手段実行打破のためにも、島山はなんとか策を捻った。佐々木の苦手なことを瞬時に考え、過ぎった瞬間に口から出す。出してから、これはいいかもと自身で思う。
「それはちょっと、無謀すぎるんだけど」
 それには、佐々木は苦めの面持ちになった。最下位ではないものの、下から数えた方が早い順位なのだ。そんな成績の者が一位を取るなど簡単なことではない。
 だからといって、自分の戦略を押し通そうという気はないようだった。
「せめて、四十位以内にしてほしいんだけど」
 順位の引き下げを要求してくる。
 が、島山も受け入れる気はない。
「俺より下のくせに俺と付き合う気かよ!」
 そんな理由を付けて諦めさせようとする。自分もそこそこの順位ではあるが、自分との差もかなりあいている。そっとやちょっとでは追い抜けるものではない。
「じゃあ、島山より上で」
 なのに、佐々木はその条件をあっさりと呑んでしまった。一位は無理でも、自分を追い抜く悪知恵でも浮かんだのだろうか。
「…………」
 だがもちろん、島山にとってもあっさり承諾されても困ることだ。言い返したい衝動にもかられる。
 けど、自分から言って佐々木が条件を飲んだのだ。成立したわけではないが半ば決まったようなものには、ああだこうだ言ったところで諦める気のない佐々木が引き下がるわけがない。むしろ、最終手段が講じられる確率が高くなりそうなのが予想できてしまう。
「じゃあ、それで決定な」
 佐々木がそう言ったことで、悪あがきができない状況になる。
「……っ……、ああ! 分かったよ!」
 それでも言い返したい、抗議したい気持ちが膨れていたが、島山も交渉成立を認めることにした。佐々木相手では揚げ足を取られる確率も高いし、それこそ悪あがきにしかならない気がするからだ。それに、佐々木のやり方を回避するより、テストを使った方が避けられる率は高い。
「それで付き合ってやることにするよ!」
 もっとも、もうやけになっての容認のようなものだが。
 それでも、佐々木は嬉しそうに笑んだ。
「じゃあ、早速、兼田のとこに行かないとな」
 佐々木は踵を返した。どうやら、佐々木の余裕はそれが理由だったようだ。だが、相手は佐々木だ。ちょくちょく兼田に教わっても順位が上がらない佐々木だ。大丈夫なはずだ。それでも、兼田の名が出たことには不安が過ぎってしまわずにはいられない。
「じゃあ、夏休み明け」
 言いながら、佐々木はドアへと歩んで行った。
「…………」
 大丈夫だ。自分も勉強すれば、順位は自分が上なままなはずだ。
 そう、島山は願った。


 興が廊下を歩いていると、ちょうど通りかかった部屋のドアが開いた。
「ああ」
 出てきたのは佐々木だった。けど、ここは島山の部屋のはずだ。以前、要望をだしていた勉強会だろうか。でも、手ぶらなことから遊びに来ていたのかもしれない。
「悪いな」
 ドアを閉めながら佐々木は謝った。だが、何か良いことでもあったのか、謝罪も謝罪にならないほど機嫌がいいようだった。
「別に」
 興は素っ気なく返した。ドアに近くはあったが、当たるほどの近さでも通行を妨害されるほどでもなかったので問題はない。
「俺、これからはお前に当たるのやめるから」
 それから、佐々木はそう言ってきた。
「ああ、そう」
 佐々木が自分に冷たかったり嫌味を発言することが未だに続いていた。けど、その理由なることを、興は佐々木本人から聞いてもいた。なので、それほど非道いものでないかぎり適当に流していた。けど、それをやめるということは、思いは通じたということだろうか。
「やめないでほしいのか?」
「なわけないだろ」
 いくら今の反応が適当でも、そんな判断は勘弁してもらいたい。流しているとはいっても、連続すれば流しきれなくなってくるのだ。
「そ。じゃ」
 嫌そうに返すものの、機嫌の良い佐々木の態度は軽いままだ。絡むのではなく、ただ口にしただけなのかもしれない。
 佐々木は歩き出した。
「あ、兼田どこいるか分かるか?」
 も、二、三歩歩んだところで佐々木は振り返った。なぜ兼田が出てくるのか。機嫌の良さは、想いが通じたことではないのか。
「知らね。部屋にでもいんじゃないか?」
 疑問に思いはしたが、興は質問に述べた。
「分かった」
 佐々木は再び歩き出した。見ていても、なんだか足取りが軽い。
 その後ろ姿から、興は横――彼が出てきた部屋のドアを見た。歩み寄り、静かにドアを開けて中を窺ってみると、何かが倒れる耳障りな音が聞こえてきた。廊下の壁で音の出所は見えないが、島山であることは確かだ。
 興は中へと入った。歩んで行き部屋の中を見れば、ベッドに腰掛けている島山の背があった。椅子が倒れており、音はそれだったようだ。が、その有様は、機嫌の良い佐々木に対し、島山はその逆であるということでもある。だけれど、その背中はなんだか落ち込んでいるようにも見えるのは気のせいだろうか。
興は歩み寄っていった。

「島山」
 聞き覚えのありすぎる声に振り向いてみれば、興が後ろ――ベッドがあるので斜め後ろだが――に立っていた。
「ああ、お前か」
 これが別の者だったならば怒って追い出していたところだが、今も好きな相手では、怒りも不快も沸いてこない。ただ、好きの感情と複雑な気持ちだけが絡み合うだけだ。
「佐々木の奴、嬉しそうにしてたけど」
「ああ、そうかよ」
 佐々木の名が出た瞬間、感情が不快一色になった。声音にも不機嫌さが表れるほどだ。顔を前に戻す。
 感情のままに椅子を蹴っても気持ちは払いきれなかった。いくらやけになったといっても、あんな、賭け事で付き合う付き合わないを決めるなど。自分が佐々木より下になることはない思いはあるが、不快しか感じない。
「なんかあったのか?」
「てめえには関係ねえよ」
 あったから不機嫌なのだ。何より、好きな相手にそんなことを言いたくないだけでなく、聞かれたくもない。恋人ができてから、こちらのことを以前より気にしていないと分かっているから余計だ。
 ――そう、分かっているのだ。彼がこちらを見ていないことを。まだ気持ちを持っていることに気付きもしていないんじゃないかと思えるくらい、意識していない。だからこうして入ってきたし、平静とした態度と表情までしているのだ。だからこそ、この気持ちを持ち続けていてもなんの意味もない。佐々木が言うように――含まれている意味は違うが――諦めるべき気持ちなのだ。
「――佐々木の告白、受けたとか」
「誰が受けるか!」
 反射的な勢いで振り返りながら島山は怒鳴った。もっとも思い出したくないやり取りだ。
「でも、あの機嫌の良さは、お前が受け入れたって感じでもあるけど」
 条件付きの、それも、佐々木にとっては難関といえる条件だ。それなのに、どれだけ気分が舞い上がっているのか。
「……テストで、俺より順位が上ならってことにしたんだよ」
 島山は言った。興効果である。諦めるべきと悟ってはいても、相手が興だと素直になってしまう部分もある。
「…………」
 興は黙った。再び背を向けたので表情は分からないが、きっと、馬鹿なことをしたと思っているのだろう。それは自分も思っている。
「島山」
「あ?」
「佐々木、やる気が起きればマジでやる奴って知ってたか?」
「あ?」
 島山は振り向いた。
「あいつ、成績悪いけど、二十位以内には入る点数で入学したらしいぞ」
「は?」
 信じられないことを聞いた。あの、最下位から数えた方が早い佐々木が二十位以内の点数での入学。どれだけ頭がいいのか。自分より上ではないか。
「一年の初めも良かったらしい。下がってったのは、やる気がなくなってったからで、やる気さえ出ればやるって教師にも言ったことあるらしい。実際、条件付きでやる気を出させたら、その時は上がったらしいしな」
「…………」
 確かに一度、カンニング疑惑が持ち上がるほど佐々木の点数がぐんと上がったことがある。
 生徒である興がそれらを知っているということは、養護教諭か校長にでも聞いたからだろう。いや、そんなことより、佐々木のそのやる気が問題だ。
 こちらの提示を、困じはしたがそれほど苦にはしていなかった。それは、兼田がいるからではなく、元々やれるだけの能力があったからだったのだ。しかも、勘違いするほど機嫌のいい佐々木を興は目撃している。
 もう、やる気満々だということだ。
「うそだろ……」
 口からは呟く程度だが、衝撃を受けずにはいられなかった。なんなんだ、その詐欺は。中学の荒れた不良はなんだったのか。
「付き合いたくないなら、お前も頑張るしかないな」
「ああ」
 そうだ。頑張るしかない。
「がんばれ」
 こちらに気のない興の応援は言葉だけのものだ。
 それでも、事実を知った今の島山にとっては、意欲を固めるには十分なものだった。
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指圧のことは、有乃にとっても何でその情報を得たのか、聞いたことがある気がするなあ……というくらいおぼろげな記憶です
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