純情なる恋愛を興ずるには

有乃仙

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番外編

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 人が集まっていた。
 阿部が指定した日曜日である。
 とある公共施設の中。ある扉の前で顧問が予約済みであるらしい受付を済ませると、条蓮高校園芸部は会場となる中へと入って行った。
 そこは、それなりに広いホールだった。並べられた長テーブルと椅子は半分近くが埋まっており、若者たちが集まってざわつきがあるのに負けず劣らずの大人たちのざわつきで満ちている。
 ステージの壁には、これが主題なのか、『自然を守ろう! 木を増やそう!』という横長の幕が張られている。
「なあ、阿部って花好きじゃなかったのか?」
「もちろん好きだとも。でも、自然の大切さというのも知ってね」
 兼田の質問に阿部はそう答えた。
「さあ、行こうか」
 言うと、阿部はいったん止まっていた歩みを再開させた。席が決まっていて、そこにでも向かうのだろう。
 が、部員たちはその場に立ち止まったままだった。
「なんか、趣味の範囲超えてる気がするんだけど」
「ああ」
 ぼやく佐々木に島山が同意する。
「いつか興がやってた木の種まきって、これに関わるとこから持ってきた種だったりして」
 ふと、興が一人の時にやっていた作業を純は思い出した。それは、純が入部届けを出した日で、島山たちがサボった日のことだ。全員が知ることになったのは、その次の日である。
「可能性はあるな」
 純の考えに兼田が納得した。
「つうか、ここに来させられた時点で、俺らのことおもいっきり関わらせようとしてるだろ」
 興が一転してそんな予測を立てるが、おそらく、一同も思わせられていたのだろう。唸るように、同意がそれぞれから返った。


                                 □□□


「おっしゃあ! 解放だぁ!」
 ワゴンから降りるなり、兼田は両手を挙げて喜んだ。
「うるせえよ」
「てか、恥ずかしがれ。人、見てるだろうが」
 人も憚らない兼田の音量に、興と島山が文句を放った。通行人が見てくることには、その後から下りてくる自分たちも恥ずかしい。
「兼田は人の気持ちをもっと察して発言しないといけないな」
 開けられている窓の中、運転席から阿部のそんな感想が聞こえてきた。兼田の叫びが何に対してなのか、この中に分からない者はいない。あからさまな喜びようには、口調も表情も何も変わっていないが阿部を落ち込ませたのかもしれない。
「三浦」
 けど、個人的感情に繋がる発言はそれで終わり。部長でもある興を呼んだ阿部は事務的な発言に切り替わっていた。
「門限までには戻るようにするんだぞ」
 それはつまり、部長として部員を監督しろということだろう。あとは好きなようにと言っていたわりには、部としての行動である意識を持たせるらしい。
「分かりました」
 だが興は、異論もなく返事をした。
「少しぐらい問題ないと思うけどな」
 一方で、兼田が不服げにする。
「門限過ぎると夏休みで厳しくなるかも」
 しかし、呟くにしては少々大きかったようで、阿部からそんなことが返ってきた。
「みんな、門限までには帰ろうぜ」
 それを聞いたとたん、兼田は考えを一変させた。何をとは言わなかったが、そうなれば何かかしらの支障が出るのだろうか。
「それじゃあ、私は先に帰ってるから。何かあったら電話するんだぞ」
「はい」
 興が返事をすると、ワゴンは走り出した。
「で、どうする?」
 エンジン音が離れるなり、行動の意見を聞いたのは兼田だ。その目はすでにいきいきとしている。まるで、遊園地に来た小さい子供のようでもある。
「まずは飯だろ」
 言ったのは島山だ。
 まさに、幕に書いてあった通りのことに関する講習会は、昼食の時間も取られることなく、午後一時で終わった。飲み物はあったものの、食べ盛りの年代でもある自分たちの腹を満たすものでは全くない。自分たちではなかったが、腹を鳴らしていた大人もいた。
「やっぱそうだよな」
 尋ねはしたが、兼田も同意見の考えを持っていたらしい。当然だよなとでもいうように賛同し、他からも異論が出ることはなく、行動が決まった。

 昼食場所として選んだのは、数分歩いた先にあったファーストフード店だった。
「結構いるな」
 けれど、ガラス越しに見える店内は混み合っており、並んでいる客も多い。一時を過ぎたにも拘わらずこの混みぐあい。休日なだけはあるということか。
「外はあいてるから外にしたらどうだ?」
 ふと横を見た純は提案した。
 店の前にも十席くらい置かれており、半分近くしか使われていない。暑いので皆が中を選んでいるのだろう。今日は風もなく、日よけのパラソルもあまり暑さ対策にはなっていない。外を選んだ者らも、うちわで仰いだり汗を拭いている。
「いいんじゃないか?」
「俺ら、暑さには強いし」
「どこでもいいから早くしようぜ。俺、腹減ったわ。ホント」
 外を見たメンバーも肯定的だった。込んでるから他を選ばないのは、金銭面の問題だ。いくら金持ちの息子とはいえ、今欲しいから今貰えるなどという都合のいいことはないのだ。暑さに強いというのは、夏場の温室の中での作業や強い日差しの下での作業でそれなりに耐性ができているからだ。
「んじゃ、適当に座ってるから行ってこい。兼田」
「ええ!? なんで俺なんだよ!」
 島山の指名に兼田が声音を上げた。
 その横で興が歩み出す。ここで食べることがはっきりとまとまったからだ。動き出したのも、適当に座ってると聞いてからだ。とりあえず、兼田の反論を背に聞きながら純もついていく。
「早く食いたいんだろ?」
「そりゃそうだけど!」
 訳を言う島山だが、理由にならない理由に兼田も納得できなさそうにする。
「俺が行かなきゃなんない意味になってないし!」
「じゃあ、佐々木でも連れてけ」
「どうしても俺に行かせる気かよ!」
 二人がやり取りを続けている間、先に動き出した興は椅子を一つ隣のテーブルへと移動させた。純が椅子を動かして隣にその椅子を置く場を作る。各テーブルには四つずつしか椅子がないため、自分たちの人数に合わせたのだ。そのままその椅子に腰掛ける興に、純も椅子を引いて隣に腰掛ける。
「っていうかさ、なんで俺が出てきたわけ?」
「近くにいっから」
 一方、やり取りはまだ続いており、加わった佐々木の疑問に返した島山の理由もまた理由になっていないものだった。どうやら、二人が抜けたことを誰も気付いていないようである。
「自分が行く気はないのか?」
「ねえな」
 佐々木の尋ねを島山は一蹴した。
「誰でもいいからさっさと行ってこいよ」
 興の非難するような声音が飛んだのは、その時だ。いい加減にしろとでもいうような口調で彼らを窘める。
「なら、そういう……」
 興の非難にいち早く反応を示したのは兼田だ。だが、声のした方へ振り向いた兼田の言葉が途切れてしまう。
「って、なんでそんなとこにいんだよ!」
「…………」
 そこでやっと、振り向いた彼らは自分たちの居場所に気付いた。
 それに、興は恬然と言ってのけた。
「席取りだ」


 兼田と佐々木が列に並んでいた。
 一人では全員分を持ちきれないということで、二人で行くことになったのだ。島山が選んだ人選通りなのは、兼田と佐々木の押し負けである。
 残りは、確保した席で待機だ。
 ただ、それで純が気になってしまうのは、興の逆隣を島山が陣取ったことだ。どこかかしこに興への想いを持ち続けていることが表れていることには、それを、眼中に無いからなのだとしても、興が気にも留めていないことには心配になってしまう。
 そして、このメンバーは、一番会話が減るメンバー構成でもあり、今も会話が無くなってしまっている。
「あれ、橋川?」
 怪訝にする声が聞こえたのは、気まずいのか気まずくないのかいまいち分からない雰囲気に困じていた時だ。
 自分と同じ苗字であることに視線を転じて見れば、見覚えがあるようなないような三人組がいた。
「やっぱ橋川じゃん」
 彼らと視線が合うと、一人が意外そうに声音を上げた。
「あー……あー、あー……」
 それに、純はなんとも言えない気持ちになった。誰であるか思い出したのである。前の部活仲間だ。その気持ちは声音にまで表れる。
「んだよ、その反応」
「一瞬、誰だか分からなかったけど、誰だか思い出した反応」
 迷ったのは一秒にも満たないこと。自信家めいた雰囲気をもった元仲間に純は言った。
「うわ。言うなー」
「なんか、変わったな。橋川」
 残りの二人がそれぞれに感想を零す。
「そうか?」
 転校当初に比べれば変わったとは自分でも思うが、前の高校との違いはいまいち分からない。自分が分からないのだから、転校先にいた者は特に分からないことのはずだが、頬杖を突いていた島山が、理解できているかのように呆れた眼差しになっていた。
「今、どこに行ってんだ?」
「知らないのか?」
 質問がされ、純はつい聞き返してしまった。自分の行き先は知られていると思っていたのだ。
「ああ。誰も教えてくれねえし。お前も見かけなくなったからな」
「ああ。それはそうだ。俺、全寮制入ったし」
 二個目の理由に純は得心を示した。寮に入っており、週末も滅多に街へ外出しないとなれば、そりゃあ、見かけもしないだろう。
「全寮制?」
 自信家めいた奴は驚き気味にした。
「全寮制って、もしかして、条蓮?」
 真ん中にいた背の高い奴も驚く。この地方で全寮制といえば、自分たちがいる条蓮高校か、同じ制度を持っている女子校だけだ。男である純は当然ながら男子校だ。
「え……でも、あそこって、編入試験、入試より難しいって……」
「え? けっこう簡単だったけど」
 そんな噂があったとは知らなかった。頭を捻りたくなる問題は確かにあったが、全体的にスラスラと解くことができた。教えられた得点も、受かるには十分な得点だった。
「実際どうなんだ?」
 そう興に尋ねたのは島山である。校長の親戚だから分かると思ったのかもしれない。声が抑えられぎみなのは、それなりに考慮してのことだろう。
「知るか」
 それに習ってか、興も小声で、でも一言で一蹴した。
「ところで、部活なにやってんだ?」
 二人の会話は聞こえなかったのか、そちらでのただの会話だと思ったのか、元仲間は聞いてきた。
「……園芸部」
 だが、純には嫌な質問だった。その嫌悪から、答えるのにも少しだが間ができてしまう。だからといって、園芸部に入っているのを知られたくないからではなく、前の高校の者とは部活の話自体したくないからだ。
「園芸部~?」
 変なことを聞いた。そんな反応を自信家はした。
「はあ。また似合わないとこにいったな」
「…………」
 他の二人はよほど予想外だったらしい。驚きしかない。
「まあ、でも、またサッカー部に入るよりはいいんじゃないか?」
「それもそうだな」
 それも早々、驚きは切り替わることになった。
「また入って迷惑かけるよりはいいだろうし」
「優勝もできなくなるしな」
「というか、外されると思うんだけど」
「…………」
 純は、気分が沈んでしまわずにはいられなかった。自信家が嫌味で、それに二人も同調する輩であるからだ。ただでさえ遭遇して内心では気分が下がっているというのに、さらにそんなことを聞かされては過去のことまで思い出してしまう。
 一方、興がむっとしたことに誰か気付いた者はいただろうか。
「まあ、お前がいようがいまいがうちが勝つけど」
 決勝戦は、だいたいがこの二校だ。そして、サッカー部の話では、彼らの高校が勝つことが多いという。
「でもさ、園芸部もコケたらヤバいんじゃないか?」
「んだな。せっかくの花を駄目にすんなよ」
「…………」
 あの時よりは落ち着いているし、強く言われても耐えられるようになってきた。でも、過去を思い出させる要因の者らに言われては、とうとう心に突き刺さった気がした。だが、同時に反抗心も出てきている。
 今の自分はなんの心配もなく生活している。後遺症のことなど忘れているほどだ。サッカー部の顧問と部員からも誘いがかかるほどの動きまで出来ている。そのことを知らしめてやりたい。
 そんな気持ちが強く出る。
 だが、それを言うことにはならなかった。
「そういや、純。いつから転ばなくなったっけ」
 不機嫌そうにしていた興が先に発したからだ。
「……いつからだっけ」
 けど、純は怪訝を抱かせることになった。後遺症が見えなくなり始めたのは覚えているが、いつから転ばなくなったかなんてのは分からない。
 しかし、分かっている者がいた。
「分かんねえのかよ。一ヶ月経つくらいにはすっかり転ばなくなってただろうが」
 島山だ。純を受け入れられきれていない島山だが、時々、彼は純のことでもまともに発言することがある。それがフォローだったり、正当性のあるものだったり。根が真面目なこともあって良心が働くのだろう。そんな島山も、なぜか不機嫌になっているようだった。
「え?」
 対して、予想外なことを聞いたという顔を、元部活仲間たちはした。
「だいたいってのは分かってるんだけど……」
「なら、そんくらいの時でいいだろうが。この日から治りましたなんて、医者だって分かんねえことなんだぞ」
「……それもそうか」
 島山の意見に純は納得した。何も、何時なんてことははっきりしなくてもいいのだ。このくらいから良くなり始め、この時には完治していたでもいいのだ。
「え?」
「ちょっ、ちょっとまった」
「お前、足治ってたのか?」
 一方、元仲間たちは驚きと動揺を見せていた。
「まあ……」
「まあ、じゃねえよ」
「なんで曖昧なんだ」
 純の返答に、興と島山が不満にした。不機嫌になっているようである二人は曖昧では通じないようだった。
 そんな時だ。
「おまったせー」
 変なところでリズムをつけた兼田の明るい声が入り込んできた。
 兼田と佐々木が戻って来たのだ。トレイを一個ずつ持っているが、五人前分が二つのトレイにまとめられているからか、山盛りではないが大量に見える。
「って」
 やっと昼食が取れることに機嫌が良くなっていたのだろう。どこか楽しげにしていた兼田だったが、何かに気付くと笑みが消えた。
「増えてるなんて聞いてないし」
  そのまま真っ直ぐに進み、純の横まで来た兼田は言った。三人組に気付いてのことだったらしい。
「伝えてねえし言ってもいねえ時点で増えてねえよ」
 島山は返した。そこからは、加える気じたいがないことが感じ取れる。
「で、こいつらは?」
 聞いたのは、島山の横に移動してトレイをテーブルに置く佐々木だ。
「純の元部活仲間」
「へえ、橋川の」
 意味深にする兼田と、佐々木が彼らを見た。
 その時だ。
「は、橋川!」
 自信家が慌てたように純に近づいた。腕を掴み、引っ張る。二人が戻ってきた時、ヤバいものを見たような反応をしていたのだ。
「ちょっ……」
「なんだよ」
 慌てているのが声音にまで含まれていることには、嫌味な相手でも純は怪訝になった。
「いいから! ちょっと来いって!」
 引っ張る力がさらに加わり、純は引っ張られるままに腰を上げた。一体なんだというのか。
 早足で離れていく彼に連れて行かれる。
「なんだ?」
「?」
 純たち側だけでなく、自信家の仲間も怪訝になっていた。
「なんか、知ってる気がするな。あれ」
 その中、佐々木が心当たりがあることを示した。
「不良仲間か?」
 元とはいえ、一番の不良となればそんなことも思わさる。〝あれ〟呼ばわりしたことは気にも留めず、島山は尋ねた。
「中学の同級生って言えばいいかな。当たってればだけど」
 推測をする佐々木だが、あれ呼ばわりしただけあって興味はないようだった。彼の仲間がすぐ近くにいるにもかかわらず、確認をしようともしない。
「ふ~ん」
 島山も、興味がなさそうに相槌を打っただけだ。
「今、不良って聞こえなかった?」
 対して、残された自信家の仲間は、彼らの会話で危険を感じることになっていた。
「聞こえた」
 確認し合う声音が自然と低められている。
 だが、純の仲間たちとは距離が近すぎた。
「俺は違うぞ」
 聞こえていた興が否定する。
「俺らだって違うわ」
 一人だけである言い方に、続けて島山も同じであることを示して否定する。
「元だけどな」
 だけど、興が付け足しを行う。
「今は違う」                     
「…………」
 言い返す島山だが、残された自信家の仲間二人が後悔を過ぎらせるには事足りることだった。

 一方、十メートル近くは離れただろうところで、自信家は立ち止まった。
「なんだよ」
 普通に会話しても聞こえないだろう距離の開け方と彼の焦りように、純は改めて尋ねた。
「あいつ!」
 だが、自信家の動揺は落ち着くことなく、口調も焦ったままだ。それどころか、彼を見た純を、残してきた者たちに背を向けるように片腕を引っ張るだけで向きを戻させると、彼も背を向けたまま、身を寄せるように距離を縮めてくる。
「あいつ?」
「あの金髪きんぱだよ」
「ああ、佐々木?」
 金髪は一人しかいない。目立つ髪色であることに何か勘違いでもしたのかもしれない。
「やっぱそうなのか!」
 けど、そういうわけではなく、彼は佐々木のことを知っているようだった。
「知ってるのか?」
「中学が同じだったんだよ!」
 それならば知っていて当たり前だ。嫌味なこいつがこんな反応をするくらいだから、きっと、中学でもそうとう質が悪かったに違いない。
「ふ~ん」
 しかし、純には関係ないことだ。過去のことだし、接点もない頃のことだ。想像もしやすいことに反応も薄いものになる。
「ふ~ん、じゃねえよ! あいつとどういう関係だよ!」
 だが、彼は呑気にならずにはいられないようだった。他校生となった相手のことだというのに。何をそんなに焦ることがあるのか。
「あいつ、不良の中でもけっこう質悪い奴なんだぞ!?」
 もしかしたら、縁のないはずの自分とそんな佐々木が知り合いであるということが、彼の中では衝撃を受けることだったのかもしれない。でなければ、不良入りしたのかとか嫌味を言っているはずだ。だが、それが出てこないほど、佐々木の質の悪さは酷かったということだ。
「知ってる」
 が、佐々木の質の悪さは純も経験している。不良に負けていられないと士気を上げていなかったら、一週間足らずで撃沈していただろう。でも、彼の焦りようから、自分が経験したものとは違うような気もさせた。
「なんで一緒なんだよ!」
「同じ部活だから」
「同じ部活!? それって……! ……あいつが園芸部!?」
 一番の驚きようだった。まあ、嫌みな彼がこうなるほどの不良だ。そんな佐々木ふりょうが園芸部。しかも、下に見ている相手と同じというのは驚き以外ないかもしれない。

「なに話してんだ?」
 その頃、テラスに残っている者たちは怪訝を持続させていた。
「なんか、あいつ焦ってるっぽいけど」
 声が聞こえる。何をしゃべっているかは分からないが、驚いたのだろう声が聞こえることがある。純は感情が全く高ぶっていないらしく、背を向けたまま会話している姿だけで何も聞こえてこない。
「俺のことじゃないか?」
 推測したのは佐々木である。それから歩き出す。
「あ、ちょ……」
 それを止めたのは、純を連れて行った彼の仲間だ。が、
「なに?」
「あ、いや……」
 佐々木が振り向くと、彼らはたじろいだ。
 関わってはいけないとでも思ったのかは不明だが、先ほど不良と出たことが影響していることは確実だろう。しかも、佐々木は金髪のままだ。誤解するなという方が無理というほど不良らしい。
 何もないとなると、佐々木は再び歩きだした。
 純と彼へと歩んで行く。

「ちょっ、あいつが園芸部ってどういうことだよ!」
「どうって言われても……」
 追求するような自信家の尋ねに純は困じてしまった。園芸部は、幽霊部員として不良らに目を付けられた部であり、佐々木もその一人であった。と思う。わりと頻繁に活動に参加していた一人でもあり、島山と一緒に不良を引退した者だ。けれども、佐々木の気持ちというのを知っているわけではなく、分からない感情と分かりきっていない理由では、どう説明していいのか悩むことでもある。
「あいつ、手に終えない奴だったんだぞ!? それが、花なんかに興味持つかよ!」
 そこで、中学と高校では質の悪さが違うと理解した。高校では暴力的ではなかったが、中学ではそうだったに違いない。その質悪さの違いに、互いの認識と温度差が違うのだ。
「今は大人しいけど。俺とも普通に話すし、部活もちゃんとやるしさ」
 だからといって、高校での佐々木のことやこれまでのことを話す義理はない。今現在の状況をざっくりと言っておくだけにする。
 が、佐々木の攻撃的な質の悪さを近くで見続けてきたのであろう彼は信じ切れなかったようだった。
「あの佐々木がかよ! ありえねえだろ!」
 頭っから否定する。
「ありえるし」
 そう返したのは純ではない。
「うわっ」
 突然、真後ろから聞こえた声に、特に自信家が肩を跳ねさせるほど驚いた。反射的に振り返る。
 すると、興たちと残っていたはずの佐々木がそこにいた。背後からの接近にどちらも気付かなかったのだ。
「さ、佐々木……!」
「俺の何がありえないんだ?」
 動揺する自信家に、佐々木は怪訝もなく尋ねた。
「あ、いや……えと……」
 彼の足は下がりつつあった。怒っている様子も不快そうな様子も佐々木にはないが、取り上げていた相手、しかも、不良で質が悪いとしか認識していない相手がいたということには動揺してしまわずにはいられなかったようだ。
「お、俺……もう行くから!」
 よほど気まずかったのだろう。彼は言い終わる前に走り出した。
「あ」
「待てよ!」
 それで慌てたのは、その場で見守っていた彼の仲間だ。急いで駆けだし、接近することになった純にも佐々木にも目もくれず走り過ぎて行く。
 それを見送った純は佐々木を見た。
 けど、佐々木は肩をすくめただけだった。

 三人がいなくなり、純と佐々木は園芸部仲間の元へ戻って来た。
「純。お前、サッカー部の誘い受けろ」
「え?」
 戻って来たそうそうの興の発言に、純は聞き返してしまわずにはいられなかった。
「もちろん、試合だけだぞ」
「そうだな。試合だけでもいいから引き受けろ」
 付け足された興の発言に島山も肯定的に続けた。試合だけでもいいからだなんて、離れさせたい者にしては控えた要求だ。
「なんで島山が?」
「あいつら、なんかむかつく」
 聞いてみると、なんとも簡単な理由だった。同じ部だったということもあり、そこへと向かったのだろう。
「俺もむかつく」
 次に、島山の感想に興が共感した。あの自信家は嫌味な奴だ。なんだか前より丸くなった気もしないではないが、その部分は彼らから見ても不快にさせられたらしい。
 けれど、である。興は純のことでも感情を表すことがあるから分かるとして、なぜ自分に向けられたものに島山が反応したのか。嫌味な部分だけに反応して、その対象にその不快を晴らさせようとしているのか。
「だから出ろ」
「でもな……」
 純は渋った。
 いくら興の命令口調でも、出ないことを選ぶ理由の方が揃っていることにはその気も起きてこないというものだ。
「出て、あいつらに見せつけてやれよ。お前の足がどれだけ良くなって、どれだけサッカーができるようになってるかってのを」
 それが一番の理由か。見せつけてしまえば彼らも何も言えまい。
 元々、純の方が実力は上だ。それに嫉妬し、足を負傷したことで彼の嫌味が純にも発動したのだ。純の回復を見てしまえば責めることはできない。それでも嫌味を続ければ、自分の低さを知らしめることになる。そういうのを特に嫌がる奴だ。回避するには十分に利用できる。けれど、自分は転校し、あの高校にはもういない。戻る気もない。そんなところでのことなど己には関係ないことだ。なにより、誰にも会いたくない。
 そう考えると、純としては試合に出なくてもいいことと収まる。
「いいじゃん。出ろよ」
 返答に悩む純に軽い口調で進めたのは兼田だった。純が座っていた席に座り、昼食を食べ始めている。
「いくら今は三浦がいいって言ったって、サッカーしてるお前を見れば、好きだって分かる奴は分かるほどなんだぜ」
「いるのか?」
 なんだか、とんでもないことを聞いた気がするのは初耳だからだろうか。
「ああ、サッカー部の顧問。俺のクラスの体育の時、橋川がサッカー部を選ばない理由聞いてきた時に言ってたんだよ」
 兼田は、その言っていたということを言った。
「輝いてるって」
「…………」
 恥ずかしさのあまり、純は何も返せなかった。
「……あ……そうなんだ」
 数秒後、なんとかそれだけ返す。
「顔、赤くなってるぞ」
「うそ」
 兼田の指摘に純は頬に手を当てた。
「ぶっ。嘘だよ」
 兼田は吹き出した。
「…………」
 その後も喉を鳴らす兼田には、純は半眼になってしまった。何も、こんなことでからかわなくてもいいだろうに。
「て、いうか、なんでそこに座ってんだよ」
 からかいに引っかかった恥ずかしさも相俟り、純はそこから離れるためにも、けれど気にしていたことを振った。
「よけろ」
 兼田の肩を押し、強制的にどかそうとする。
「ええー、いいじゃん」
 そう言う兼田はよける気がないというより完全に楽しんでいた。
「いいからどけろ。そこは俺の席だ」
 取り合う気がないことを少しでも示すため、そう言って純も強要する。しかし、からかいに不意を突かれたことで、優位は兼田にあった。
「正面に座ってさー、見つめ合いながら食えよ」
「見つめ合いって……」
 そんな見つめ合いなどと、言葉にされると羞恥がよりいっそう増すではないか。実際、夏の気温によるものとは別に頬が熱を持っていくのが分かる。
 兼田が吹き出した。
「赤くなってやんのー!」
 それがさらに兼田のツボを突いたらしく、今し方以上に笑い出してしまう。
「笑うな!」
 それが純の恥ずかしさをさらに掻き立てた。声音が大きくなるが、兼田には全く効いていない。
「あいつ、妙なところで純情さが出たな」
 島山が感想を漏らした。
「久しぶりで今更って感じだけどな」
「さすが純」
 その後に、食べ始めた佐々木と、飲み物を飲みながら横目で見ていた興が続いて述べる。
「お前の橋川さってのは、分からないところか? 読めないところか?」
 興の感想に島山が尋ねるが、そう聞くということは、少なからず彼もそういう思いがあるということだ。
 そんな純は、やみ止まらない兼田をなんとか止めようとしている。
「食っちまうか」
 純に感心した興だったが、進展のなさそうな状況には、それとも兼田のツボっぷりにか、眼差しに表れるほど早くも呆れに変わっていた。
「俺、もう食い初めてるけど」
 佐々木がすでにありついていることを返す。
 けどそれが、飲みはしていたが食べてはいなかった興と島山が食事に入るきっかけを作ることにもなった。
「いい加減にしろ!」
「うぐ」
 口を塞ぐという強行手段に出た純を横目にもせず、三人はさらに遅くなった昼食を始めた。
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指圧のことは、有乃にとっても何でその情報を得たのか、聞いたことがある気がするなあ……というくらいおぼろげな記憶です
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