純情なる恋愛を興ずるには

有乃仙

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未発達なボクらの恋

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 生徒たちが登校し終えた後に来た食堂は静かなものだった。
 後片付けだろう、食器の当たる音が小さく響いているだけである。処分を受けた生徒が数人いるが、出入り口から一番離れた所にいるため会話は全く聞こえない。島山たちはまだ来ていないのか、度胸よく他の生徒たちと取ったのか、姿は見当たらない。
 その変わり、カウンター前に興を発見した。そこへと向かう歩調が自然と速さを増す。というか、駆け出している。
 声をかけ終わり、振り返った興もこちらに気付いた。
「おはよう」
 駆け寄ると、純は挨拶をした。思いが伝わったからか、今まで以上に嬉しさが沸き上がってくる。
「…………」
 けど、興は返してきてくれなかった。純とは違っていつも通りだとしても、今まで通り挨拶は返ってくるのだと思っていた。が、ないどころか、きょとんとしたような面持ちになっていた。
「どうしたんだ?」
 純は尋ねた。
「なんか、笑顔が違うなって思って」
 興はそんなことを言った。
「そう? たぶん、嬉しいのが出たんじゃないかな」
 願いが叶ったわけであり、見ただけで嬉しさが込み上がってくるほどなのだ。自分でも頬が上がったのが意識できたし、それが面に出ていてもおかしくはない。
 けど、興が言っているのはまた別のことだった。
「嬉しそうってのはそうだけど……雰囲気が違う」
「雰囲気?」
 そんなことを言われては自身では分からない。一体、どんな雰囲気を出したうえで嬉しそうにしているというのか。
「なんつうの? ……さわやかっていうか……好感がすごくある笑顔だ」
 数秒ほど考え、興は感じ取っているという雰囲気を言葉に表した。
「さわやか?」
 けれど、純には思いがけない言葉だった。そして、久々に聞いた言葉でもあった。まだサッカーをやっていた頃、ちょくちょく女子に言われていたのだ。だけど、転校するしばらく前から聞かなくなり始め、ここに来てからは全く聞かなくなった。目の前の興でさえ、そんな言葉は一度も出さなかった。それが、今になってまた出てきた。それも、今まではそんなのがなかったような言い方で。でも、言われた経験があることから持ってはいたのだろう。きっと、部活仲間との一件で消え、興と結ばれたことで復活したのかもしれない。しかも、興に言われたからか、なんだか照れてしまう。
「はっ。何がさわやかだ」
 なので、興の感性を笑い飛ばしたのは当然、純ではない。
 島山の声であることにそちらを見てみれば、聞こえた通りの人物とその仲間がいた。彼らもこれからだったようだ。
「はよーす」
 兼田が片手を上げて挨拶をしてくる。
「フィルターかかってんじゃねえの?」
 馬鹿にしたようにする島山だが、見る側はともかく、当の見られる側にしたら得するものだ。そして、一見、興を馬鹿にしたように聞こえるが、その対象は間違いなく純である。つまり、純にそんなものがあるわけないと否定しているのだ。
「ちょっと笑ってみて」
 続け様に微笑んでいる佐々木がそんなことを要求してくる。
「無理。そんなこと言われてもできないし、引きつるってのも分かるし」
 純は拒否した。笑えと言われて笑えるほど器用ではない。
「自然に笑わせないと駄目ってことだな」
 純の拒みに、反論ではなく道理で返したのは兼田だ。
「純。行こう」
 対して、機嫌を悪くしたのは興の方であった。純自身は馬鹿にされた気すらなっていないのでどうってことはないのだが、自分のことで気持ちを抱いてくれるのは嬉しいことだ。
「あ、興。ちょっと待って」
 けれど、さっさっと歩き出した興には焦ってしまう。
 慌てて興の進行とは逆のカウンターへと駆け出す。まだ声をかけていないのだ。
「大丈夫。ちゃんと分かってるよ。一緒に呼ぶから」
 ありがたいことに、カウンターに出てきていた担当者は分かっていてくれた。
「ありがとうございます!」
 礼を言うと、純はすぐさま方向転換した。
 島山たちにも同じことを伝えている声を背に、島山たちから少し離れたところで待ってくれている興の元へ急いで駆け寄っていく。
 が、異常事態が発生することになった。
「え?」
 興まであと数歩というところで、前触れもなく純の体が傾いだのだ。何かにつまずいたわけでも、滑ったわけでもない。
「は?」
 純の抜けた声にか異変にか。興も反応するが、目の前で起こったことには回避の動作まで取れなかったようだった。
「うわっ」
 速度を落としていた分、勢いはなかったものの、純は興を巻き込んで倒れてしまった。
 しかも、ただ巻き込んだわけではない。興の下半身のみを巻き込むというものだった。加え、その顔面は足の付け根の間に埋まってしまっている。
「ごめん!」
 数秒後、それを理解した純は慌てて顔を上げた。
「あ」
 すると、上体が起きたままの興の半眼と眼が合うことになった。
「最近、転んでないなって思ってたけど、久々に転んでも三浦の股間にダイブするんだな」
「股間好きは健在ってことか」
「ちがっ、わざとじゃない!」
 言ったのは興ではない。後ろからした佐々木と島山の発言に、純は強く訂正を施した。
「今のはホント、わざとじゃないんだ!」
 それから前を振り向き、興にも訴える。
「分かってる」
 興は理解してくれていた。もあけずに答えてくれたことが真実の度合いを示してもいる。
「まあ、これは、浮かれすぎないようにってことだな」
「……はい……」
 理解はしてくれていたが、忠告も怠らないことには、しかも、心当たりがありすぎることには返事をするしかない。
「けっ」
 それに、島山は不愉快げに吐き出した。
「あ」
「島山」
 歩き出した島山に、兼田と佐々木も後についていく。
「俺たちも行くぞ」
「ああ、うん」
 島山たちが動きだしたことで、興も動き出そうとした。立ち上がった純に、足を引き寄せていた興も続いて立ち上がる。
「本当、ごめん」
「いいって。でも、純情ってのからは離れるよな」
「はははは……」
 笑っておくしかないだろう。昨日、なるべく純な恋愛をすると決めたばかりなのだ。それが、早くも翌日で半減するようなことがあっては、たとえそれがアクシデントだろうが、バツの悪さを感じずにはいられないというものだ。
「まあ、これからだから」
 でも、恋が実り、両思いの恋愛は始まったばかりだ。これから良くしていけばいいだけのことだ。
「期待してる」
 そう言うわりには、その顔に浮かんでる笑みは期待ではなく、嬉しそうにしているものだった。
 なんだかんだとは言うが、想い人と結ばれたことは、興も嬉しく思っていることなのだ。
 だがそれは、純とて同じことだ。
「ああ」
 その気持ちと言葉に、純は笑顔で受け答えた。
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指圧のことは、有乃にとっても何でその情報を得たのか、聞いたことがある気がするなあ……というくらいおぼろげな記憶です
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