純情なる恋愛を興ずるには

有乃仙

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未発達なボクらの恋

一ー2

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                 □□□


「確かに、それを聞くかぎりじゃあ、恋だって思えるな」
 一通り説明すると、純が思いもしたことと同じことを景一も判断した。
「でも、恋っていう感じがしないんだ」
 けど、同じ結論になったからといって解決するわけではなく、悩ませることになっている原因をもう一度、純は口にした。
「それに、考えないと分からないのが恋って言えるのか?」
 それと、話している最中に新たに浮かんでいた疑問を付け足した。
 良智が帰ってきたことで景一の帰宅ともとった純は、早速、景一に相談事があることを伝えた。彼は快く承諾してくれ、夕食後、同室者を友人の部屋へ外出させた景一の部屋で相談を受けてもらっているところだった。
「中には気付いてない奴もいるらしいしな」
 景一はそう言った。でも、考えれば分かるような気もするのだが、そうでもないのだろうか。まあ、自分とて判断しかねているわけだし、そういうこともあるということだ。
「興を見て、どきどきしたりしたか?」
「いや。あ、一度あったな。好きな奴がいるかいないか聞いた時」
 否定するも、あることを思い出した純は言い直した。
「ああ。安心したって言ってたな」
 それに、景一も理解を示す。
「やっぱ好きなんじゃないか?」
 その発言から、景一は同じ判断を下した。
「たぶん、お前が気付いてないんだよ」
 今までの話したことからすれば、そうも取れるかもしれない。だが、一通り話したといっても全てを話したというわけではない。興を意識することになった原因など、知られたくないことは話していない。
「でもな……」
 その、話していない部分が純を納得させるまでには至らせていなかった。
「なんだよ」
 その問いかけに、純は知られたくないことを話さなければならなくなりそうな流れを感じ取った。
「なんか他にもあるのか?」
 さらに続けてそんなことを尋ねられ、無意識に呟いたとはいえ、紛れもなくやってしまったことを悟ることになった。
「あ、いや……」
「――なんかあんのか」
「…………」
 否定するものの、見据えてくる景一に本心を見抜かれ、純は言い返す言葉がなくなってしまった。
「……実は、その前に色々? あって、意識もしてて、その時のせいもあるんじゃないかって思ってるんだ」
 誤魔化し続けても怪しまれるだけな気がし、言うことにした純は、けれども言いたくない気持ちもあって迷いを作ると大雑把に伝えた。
「なんで疑問符ついてるんだ?」
 だが、そんな言い方をすれば、景一には疑問にさせられることだ。
「それは、ちょっと遠慮させてもらう」
 だけれど、恥ずかしさのあることなど純も言いたくないことだ。
「なんでだよ。もしかしたら、それが原因かもしれないんだろ?」
「そうなんだけど……」
 景一の言うとおりである。しかし、夢の黙秘は諦めたとしても、雑誌の女性と重なったことや変態と思えるようなイメージが抜けずにいたことなどは言いたくないというものだ。
「なるべくなら言いたくないんだよ」
 純は本心を告げることにした。
「それじゃあ、判断できないだろ」
 しかし、それにももっともなことが返されてしまう。
「お前がそれで分かってるならいいけど、分かってないんだろ?」
「…………」
 そうである。だから相談することにしたのだ。しかし、言うとなると、知られたくないことまで言わなければならなくなる。それを思うと、どうしても躊躇わせられてしまうのだ。
「言え」
「…………」
 なので、命令形にされても拒否反応が口を開かせようとしない。
「……そんなに言いたくないことなのか?」
 なかなか語ろうとしない純には、景一も確認してきた。
「うん」
 それには、すんなり口が開くし認めもする。
 すると、呆れたのだろう。景一は鼻から息を吐いた。
「分かった」
 けど、純の気持ちを理解してくれる。
「でも、そうすると、俺は恋ってしか判断しないからな」
 そう思ったのだが、景一はそんなことを続けた。
「……あ」
 しかし、数秒の間の後、純もそう言う訳を理解した。
片方しか言われないのであれば、景一とてその片方でしか判断できないこと。違うかもしれない原因があるのだとしても、言わなければ、それも含めた判断はできないのだ。
「分かったか。――どうする?」
「…………」
 どうすると問われても言うしかあるまい。でも、知られることへの恥ずかしさが開口を迷わせる。けれど、言わなければ真偽は分からない。
 暫し迷うと、純は言うことを決めた。
「……誰にも言うなよ?」
 けれど、知られたくなさも抜けず、確認することから始める。
「わかった」
 了承はすんなりだった。始めに約束を取り付けることにも何も聞いてこない。
「あー、と……」
 とはいえ、言いにくさと恥ずかしさがなくなるわけではなく、躊躇いがどうしても出てしまう。
「キスと……セックスの夢を……」
 その躊躇いを持ったまま述べるものの、後半、声量を保つことができず、呟くようにいっきに小さくなった。
「セックス?」
 なのに、聞き返す景一の音量は変わらず、発音もしっかりとしていた。改めて耳から入ってきた単語には、自分が発した単語ということもあって恥ずかしさも増す。
「あー、いや……まあ……あー……うん……」
 恥ずかしさのあまり、否定的な言葉が考えるよりも先に出るも、言わなければならないことという意識もあって、純は最終的には弱く認めた。
「なに照れてんだよ」
「照れるっていうか……だって……」
 認めても、羞恥の強さには、何を言いたいのかも分からなくなってしまっている。
「んな夢見ておいて、名前通りにしなくたっていいだろ」
「そういうわけじゃ……」
 どうせ純情といいたいのだろう。そんな気はさらさらないし、名前と反応は違うものだろうとも思いたい。
「まあ、いいけどさ。それで?」
 とくに深入りすることもなく先を促してきた景一に、だったら言うなという反感が起きた。昨日、西町に笑われたばかりでもあり、名前のことはあまりいい気分になれないのだ。そう思いながらも、先を促されたことでそちらに気持ちを持って行くことにする。
「あー、えと……その夢のせいで意識しすぎて、まともに話せなくなったんだ。それで昨日、追いかけっこになった」
 どこまで話したか飛んでしまった純だったが、思い返すと要点だけ伝えた。
「解決はしたのか?」
「うん」
 純は頷いた。どうやら、言うのは夢のことだけで済みそうである。
「夢のせいでの意識はまだしてるか?」
「……昨日よりは落ち着いてる」
 聞かれ、純も初めて気付いた。解決したからか、新たな問題が出たからか。〝夢のせい〟でという意識は静まりを見せていた。刺激的な映像があれだけしつこかったというのに、今日はまだ一度も現れていない。たった一晩で浮かばなくなるとは。自分は意外と単純なのかもしれない。とはいえ、思い出してしまったらまた抜けなくなりそうなので、思い出さないよう意識は働いているが。
「じゃあ、夢は関係ないかもしれないな」
「なんでそう思うんだ?」
 純は聞いた。
「もし、夢のせいで好きかもしれないってなら、解決したことでその好きな気持ちも落ち着くと思ってな。でも、解決して、夢での意識も落ち着いてるってのに、好きかもしれない素振りが出てる。だったら、夢はそこまで関係してないってことになるんじゃないか?」
「…………」
 そういうこともあるかもしれない。好きな気持ちが影響されてのことなら、影響させているものの強弱によって、好きの度合いだって変わるということだ。
 でも、相反する意見も純は持っていた。
 影響が強すぎて、気持ちが残ってしまっているということだ。実際、その刺激の強さで振り回されていたのだ。それはもう、逃げ回るくらいに。
「でも、刺激が強すぎて、影響が残ってるってこともあるんじゃないか?」
 思ったことをそのまま純は聞いてみた。
「それもあるな」
 純の見解を景一は認めた。
「俺も詳しいわけじゃないからな。こうだからこうってことは言えないしな」
 それらしいことを言った景一だが、あくまでも個人の推測であることを付け足した。
「ちなみに、夢で見たこと、実際したいって思うか?」
「え……?」
 理解し損ねたのは一秒ぐらいのことだ。次の秒を刻んだ時には言おうとしていた意見が吹っ飛んでいる。
「……あ……えと……その……あと……んと……」
 頬が紅潮していく。
「なんだ、その純情さ」
「う、うるさい」
 純情はともかく、思い出すだけで恥ずかしいことを、そんなことを聞かれて恥ずかしがらずにいられるわけがない。兼田あたりは嬉々として答えるかもしれないが、自分はそこまでエロくない。
「で、やりたい?」
 景一も景一で言葉がストレートになるし。もしかして、自分の反応を楽しんでもいるのだろうか。
「あ……や……って、いうか……それは、判断基準にはならないんじゃ……」
 恥ずかしさで言葉がぎこちなくなりながらも、純は異論を返した。もちろん、発言を遠慮したいための異論だ。
「でも、好きなやつとやりたいって思ったりするだろ? 俺だって良智とヤりたいし。ま、でも、あいつもお前と同じように純な部分があって、なんつうか……純粋な恋愛がしたいみたいでさ。だから俺、もう我慢しまくってんの」
 後半も後半、景一は笑みを浮かべながら自分の現状を語った。笑顔である分、それが本音であることも伝わってくる。
「あ、そう……」
 純はそれしか言えなかった。気分もいくぶん下がる。
「で、お前は?」
 下がったのはあくまでもいくぶん。自分に質問が戻されたことで、下がった気分が元に戻ることになった。
「……俺は……」
 浮上した恥ずかしさを宥めながら、純は気持ちを探ってみた。
 それで思い出すことになる夢は羞恥しか呼ばず、頬といわず、顔全体が熱くなっていく。
 でも、キスならば、やってみたいと思った。
 意外に柔らかい唇だったし、あの唇なら気持ちいいのではないか。
「……キスなら……」
 が、言うのすら気恥ずかしく、純は熱さと赤さのある顔を少しでも隠そうと、腕で頬を覆いながらそれだけ答えた。
「お前のそういうの見ると、本当、名前通りって思うわ」
「うるさい」
 また言うか。笑われていないだけマシだが、西町での経験もあって良い気分にはやはりなれない。この名前は厄介である。
「でも、したいんだな?」
「う、まあ……」
 確認され、純は躊躇いがちに肯定した。
「興に見惚れたり、連絡先を交換して嬉しく思ったり、好きな奴がいないって聞いて安心したり。んで、キスしたいって思えば……やっぱ、恋になるんじゃないか?」
 純の返答を聞き、景一は今までの情報から改めて結論を出した。夢の影響も低いだろうとなれば、やはり自分でも思った、恋のせいとなるのだろう。
「……恋……」
 しかし、それを聞いてなお、実感というものが湧かなかった。自然と口から漏れるが、自分に染みこんでくるものもない。
「自覚がないんだよ」
 表面にも表れていたのだろう。景一は純の心情に答えてくれた。
「もう少し様子、見てみたらどうだ? そうすれば、好きかどうかもだんだんはっきりしてくるだろうし」
「その方がいいかな……」
 景一の言うとおり、意識し始めたばかりで気付いていないのだとしても、本物の恋なら、いずれ持つ気持ちも大きくなっていくだろうし、自分でもしっかり分かるようになるはずだ。にしても、感情の変化に気付いたにも拘わらず、好きかどうかの気持ちが追いついていないだなんて。初めてでこういう感情の持ち方はやめてもらいたい。
「ま、恋だとは思うけどな」
 提案をした景一だが、彼は恋であると結論づけているようだった。
「でも……」
 だが、純はしっくりこないものを感じていた。
「なんだよ。まだ、なんかあんのか?」
「なんか、不謹慎な感じがするなって」
 聞く景一に、純は言った。
「そうか?」
「だって、夢の所為で好きになった可能性高いんだぞ?」
 純粋に惹かれたわけではなく、淫らなことで好きになったかもしれないのだ。複雑にもなってしまう。
「別にいいと思うけどな」
 けど、景一は気にしていなかった。
「俺は、キスで好きになったわけだし」
「キスで?」
 意外なことを聞いた気がした。大抵の者は純粋に惹かれてのことだと思っており、景一もその一人だと思っていたからだ。
「そう、キスで。だから、そういうこともあるってことだよ」
 そう言う者が目の前にいるのだから、そういうこともあるのは事実でいいのだろう。
 だが、キスをするということはだ。その時には付き合っているということになる。それから好きになったとはどういうことか。
 そんな疑問が過ぎり、純は聞いてみた。
「キスでって、二人はいつ付き合い始めたんだ?」
「――ああ」
 言っている意味が分かったらしく、景一は納得の声音になった。
「付き合い始めた時、俺、良智のこと好きじゃなかったんだよ。友達だって思ってた奴に告白されたから、こいつはそっちなのかっていう思いが強かったんだ。でも、なんか良智が語り出したの聞いてて、男同士ってどんなのか気にもなってな。とりあえずってことで付き合ってみることにしたんだ。で、キスした時にドキドキしてさ。そっから意識するようになって、好きになってったんだよ」
「…………」
 いきさつを説明する景一に、純はどう返していいか迷った。でも、言いたいこともあるらしく、その気持ちは喉元まで湧いてきているのだが、その気持ちが言葉としてまとまらない。
「そういうこともあるわけだから、そんな気にすることもないと思うぞ」
「……うん……」
 純粋に惹かれてではない者がいたということには安心も出たが、やはり複雑も消えない。そのお陰で、恋なのか違うのか悩むはめになっているからだ。
「じゃ、まずは様子見ってことで。なんかあったら言ってくれ」
 景一はそう言葉を繋げると、話に終止符を打った。
「分かった」
 恋としながら結局わからないのであれば、結論は出せない。純は頷いた。

 純が帰り、部屋に一人となった景一は考えていた。
 興に続いて純からの相談。
 興は相談ではないが、状況を知るのに、興視点と純視点で話を聞いたようなものだ。そして、自分も疑問にも思わせた理由を知ることができた。
 興を不審にさせるほど純が意識していたのは、すべて夢のせいだったのだ。景一の提案を興も実行したようであることも知れた。
 にしても、意識してしまうのは分かるが、逃げまでしてしまうことだろうか。それとも、それが純らしいことなのか。恋心も、自覚がなければそうとは取りにくいことではあるかもしれないが、自分でも疑う感情が出ていることを知れば、大抵の者なら恋と思うものではないのか。
 相手では、簡単にはいかないということなのだろうか。
 だが、結局は本人次第だ。自覚する、またはアドバイスを受け入れない限り、どうにもならないことである。
 面倒臭そうだ。そんな思いから、景一の鼻から息が零れていった。
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指圧のことは、有乃にとっても何でその情報を得たのか、聞いたことがある気がするなあ……というくらいおぼろげな記憶です
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