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純情と非純情のあいまで
三-4
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□□□
「はあ?」
「ぶはっ」
二人の反応はあからさまだった。
「……だから! 恥ずかしくて言えないし、まともに見れもしなかったんだ!」
くだらないことを聞いたとでもいう顔付きをした興に、純はもう投げやりに言い放った。西町には盛大に吹き出されるし。この、二重攻撃のような反応には、決心したとはいえ投げやりにならずにはいられない。顔の熱さも自覚できていることから、けっこう赤くなっているに違いない。職員室に行くと言っていた西町がいるのは、先に興のことを優先し、その流れのままに純のことも聞いたからだ。
保健室へと移動し、興が呼吸を整えている間に打ち明けるための平常心を保たせることになった純は、平常というより覚悟を決めて告白し終えたところだった。
その結果がこれだ。恥ずかしいやら後悔やら、その他にも何かかしらの感情が胸中で暴れ、総じて複雑な心境にさせられることになった。
「はあ……」
隣に腰掛けていた興は息を吐き出した。溜め息をつくではないが、呆れているのは確かだ。
「そんなことが理由かよ」
「そうだよ!」
小さいことを聞いたというような興に、純は噛みつくように肯定した。
「俺が何かしたわけじゃなく?」
「むしろ俺がした。夢の中で」
「ぶふっ」
確認してくる興にむっとしたように返せば、口を押さえ、抑えきれていない笑い声を漏らしながら肩を震わせていた西町がまたしても吹き出した。
「笑わないでください!」
見て見ぬ振りをしていたがさすがに限界がきた。興がむきになるんじゃなかったと呟いたことも気にならず、薬品棚に寄りかかっていた西町に純は怒鳴った。
「……はははは……純情だなあ。橋川、お前、名前なんだっけ」
「…………」
聞かれ、純は眉がつり上がるほど剣呑な眼差しになった。恥ずかしさを堪えて吐露したというのに。笑われたことは不快もあったのだ。さらにそこへ恥ずかしさを増させる発言をされては、不快も増すというものだ。
「純」
「興!」
しかも、それに気付いていないらしい興が名前を口にし、純は隣へ怒気を放った。
「漢字は?」
しかし、大人の余裕というものなのか。純の怒りを西町はまったく意に介していなかった。さらに知ろうとしてくる。
「純情の純だよ!」
恥ずかしさと恥ずかしさによる怒りのまま純は答えてやった。強い感情には敬語も消え失せてしまう。
けど、それをも西町は意に介していなかった。いや、気にならないほどの可笑しさに支配されていた。
「ぶふ。さすが、名前通りだな」
「うるさい!」
純情と言われ、名前のことまで聞かれた時から予感はしていたが、いざ言われてみても不愉快なだけだ。
「なあ、純」
「なんだよ!」
今度は興が顔を振り向かせてき、純は苛立ちをぶつける様に返事をした。
「なんで俺なんだ?」
さすがは西町の親戚。同じ血を持っているだけあり、純の怒りを間近で受けても興にたじろぐことはなかった。
「は?」
だが、意味を理解しそこねた。感情が高ぶっていたこともあって、下がりきらない声音のまま聞き返す。
「だから、なんで俺が夢に出てきたんだ?」
「あー……えと、それは……」
その質問は、純の高ぶりをいっきに静めさせた。
夢に興が出てきたのは、細かな訳はあれど、一番は興を意識していたからだ。
「二回目の夢はともかく、一回目の夢も影響があるものだとしても、なんで出てきたのが俺なんだ?」
興は、自分が意識されていることを知らない。そこのところだけは純も言わなかったのだから当たり前だ。そういった夢に自分が出ることは不思議にさせられることなのだ。
「ああ……と……」
純は答えるのに困じてしまった。意識していたからと言わないのは、その意識している理由が出てこなかったからだ。
二回目の夢は、一回目の夢が抜けぬままに兼田から雑誌を見せられ、さらに影響が出たためだ。興もそこは推測できたから、ともかくと置いたのだ。
では、一回目のキスの夢に興が出たのはどういった経緯があってのことか。
実は、こういう経緯というものはない。好感は持っているが、それは恋愛があってのことではない。自然と持つことになることがあったからだ。
それからいけば、キスの夢にも影響するほどではない。まして、自分と絡むなど。
だが出てきた。ということは、どこかにそういう風に意識するところがあったということでもある。
それはどこか。
あえて上げるなら、好きな人がいるいないの話をした時かもしれない。あの時、興に好きな人はいないと聞いてなぜか安堵した。あれが、どういった心境の元に感じたものなのか、未だに分かっていない。もしかしたら、それが夢に影響しているのかもしれない。
「……あれだ。その前に興のことで色々? あったから、それで出てきたんだよ」
けど、自身でも分かりきっていないことを言うのはなんだか憚られ、一部疑問符を浮かべながらも妥当そうな理由を述べておくことにした。
「それでそんな夢に出るか?」
が、興は納得しにくそうにした。自分自身でも疑問に思うことなのだ。疑念にしている興本人がそう思ってもしかたがないだろう。
「実際、出たしな」
けれど、遠慮したい純もそれ以外は言いにくい。
だが、そのことに関して救いの手が出されることになった。
「橋川にとって、お前が身近だからだろ」
いつの間にか笑い止んでいた西町が推測してくれたのだ。本人にそんな気はないだろうし、純の本心も分かっているはずないが、気持ちを汲み取ってくれたような発言をしてくれたのは助かった。
「俺が?」
興は純から西町を向いた。
「最近、接点増えたろ? 部活も一緒になったし。だからなんじゃないか?」
西町はそう説明した。
それでも、興は納得できかねることのようだった。
西町の言い分は、純の発言からいけばそれに沿ってもいるが、関係性は低くもあるのだ。
だけれど、性に関することなら純も知っていることである。
横田たちとのことだ。そのことからいけば影響があってもおかしくはないことなのだが、興はそう思っていないのだろうか。
「でもそれなら、同室者じゃないってのは不思議なところだけどな」
一方、憶測を立てておきながら、西町は疑問点も付け足した。でもたしかに、日常的なことで夢に出るなら、もっと身近である同室者という良智が一番影響しているはずだ。だが、良智がそんな夢に出ることはない。彼には景一という恋人がいるからだ。出たとしても、恋人とワンセットで出てくることに違いない。
「良智よりも興との方がありましたから」
良智に恋人がいることは秘密だ。そのためにも、純はそう言って理由を付けた。その際、今朝の事を思い出してしまったが無理矢理追い払っておく。とはいえ、口にしたのは事実でもある。後遺症のことや興と周りとの事。相手を知るということでは、同室者よりも興との方が深かった。
「んー……まあ、出たんだからそういうことでもあるのか……」
やっと、得心しにくそうにしながらも興は納得した。そこまで合点がいかないとは。興の中ではそんなに関係性が低いことなのか。なんだかちょっとショックを感じるのは気のせいだろうか。
だが、そんな興を見た純は、心配というか不安が浮上することにもなった。
「なあ、興」
「ん?」
「今の聞いて嫌にならなかったか?」
純は聞いた。他人がそれに抱く感情というものを今更ながらに気付いたのだ。
「なんで?」
「だって……そんな夢に出させられて、しかも……ほら……引いたりしなかったか……?」
まだ羞恥はあったらしい。夢の内容を言うような流れになったところで言えず、純は「ほら」と略した。それでも言いたいことは伝わってくれた。
「別に」
興から返ってきた反応は実に淀みがなかった。
「現実でもう経験済みだし。夢に出たくらいでなんとも思わないな」
「そう、なんだ……意外とあっさりしてるんだな」
胸を撫で下ろせることだったが、予想以上の感応の薄さには拍子抜けさせられると同時に、その経験済みの〝経験〟というものの部類を知っているだけあって複雑にもさせられた。
「そうか?」
だけれど、興はしらっとしていた。本当にそう思っているのか、隠してそんな感応をしているのか。どちらかは分からないが、表面上は言葉通りのようであることに安堵が出てくる。
「でも、よかった」
微笑も浮かぶ。
「なんだ、心配してたのか?」
そんな純に、興はそんな質問をした。そこに、そういう気持ちを持っているとは思っていなかったような様子があることから、本当になんとも思っていないのかもしれない。だが、同性同士というのが周りからどう見られているか、彼は知っているのか疑問にもさせた。それとも、自分だから何事でもないような態度でいるのだろうか。
「そりゃまあ、するさ」
「同性同士だからな。よけい気にするわな」
答える純に、純の心配を汲み取ってくれているかのように西町が発言を追加した。
「はい。そういう奴だって思われたらどうしようって思いましたし」
興に偏見がないことは聞いているが、いざ、自身のこととなると疑いの方が出てきてしまう。ましてや、相手は誰かではなく興本人だ。
「じゃあ、夢に出たのが俺でよかったな」
そんな純の心配を裏切るように、興の口調と態度は素っ気なさを感じるくらいあっさりとしていた。自身が対象でも、偏見はないままなのだろうか。
「まあ、そこは……」
それならば、興が出たことはよかったかもしれない。ただ、あまりにもあっさりしすぎていて、逆にいまいち信じきれない部分もあるが。
そんな感情を持たれているとも知らず、興は一段落が付いたとでもいうように、座っていたベッドに倒れるように寝転がった。
「昼まであとどれくらい?」
「二時間ってところだな」
尋ねに、一足先に時計を見た西町が答える。
「じゃあ、それまで寝る。もう疲れた」
「ごめん、興」
横向きになる興に純は謝った。興の疲れは間違いなく、自分を追って走ったことが原因だ。
「俺は、職員室に行ってくるからな。誰か来たら言っておいてくれ」
自分たちの問題が解決したことで、西町も本来の目的に移ることにしたらしい。
「よろしく」
「……分かった」
西町の頼みに答えたのは興だが、それは確実に自分に向けられていた。まあ、興は寝る気満々なのだからそうなるだろう。疲れさせた本人ということもあって、純も了承するしかない。
歩き出している西町はいない間のことは関知する気がないのか、何も言わないで保健室から出て行った。戸が閉められ、早くも数秒で靴音が消える。
とたん、静けさが際立った。
無人の校庭は当然ながら静かで、使われているはずの体育館からも聞こえてくる音がない。純の隣でも、寝息もなく静まりかえっている。
物音一つもしない。
「…………」
その状況のせいか。純は早くも落ち着かなくなってきた。
興は寝ているのだとしても、二人しかいない状態だ。その、二人きりということにそわそわしてきてしまう。
隣に視線だけを向けてみるが、横になっている腰辺りから足しか見えない。意識してしまった分、後ろを振り向いてまで興の顔を見る勇気も出てこない。
「…………」
視線を戻すが、どうも気になってしまう。
落ち着かない。
ベッドからソファー辺りに離れたいが、なぜか移動するのも躊躇われる。動いて静寂を壊すのも気が引けるというのもあるが、それにしては、固定されたように足が動かないうえに腰も上がらないのはどうしてか。
それどころか、座っている姿勢すら崩せなかった。
どうしてこんなに意識してしまっているのか。
きっと、今し方の応酬が原因だろう。興が引かずにいてくれたとはいえ、純の恥ずかしさもすぐに抜けてくれるほど軽い夢ではなかったのだ。
なんだってあんな夢を見てしまったのか。
思い返されるのは、先ほども可能性として浮かんだ、好きな人がいるかいないかの会話だ。
なぜか、いないと聞いて安堵した。夢に出るくらい影響があったとすれば、さっきも思った通りそれだろう。
が、あの安堵はなんだったのか。
安堵――つまり、安心したということだが、安心するだけの関わりはまだない。それに、安心ということは、それが自分にとって良いことでもあるということだ。
それはつまり、そうなるだけの好意を自分は持っているということにもなる。
それを率直に訳せば、
好き。
と、なるのではないか。
だが、いまいちピンとくるものではなかった。
好きか嫌いかと聞かれれば、嫌いではないので好きと答える。
だけれど、それはあくまでも友人としてのこと。恋愛としてではない。
だが、あの時話していたのは恋愛だ。そのことにそういう反応をするということは、そういうことでもあるということだ。
しかしだ。そんな自覚はない。
「…………」
どうも、認識している気持ちと違う反応が起こっていることに、純は、新たな問題に行き当たった気がした。
「はあ?」
「ぶはっ」
二人の反応はあからさまだった。
「……だから! 恥ずかしくて言えないし、まともに見れもしなかったんだ!」
くだらないことを聞いたとでもいう顔付きをした興に、純はもう投げやりに言い放った。西町には盛大に吹き出されるし。この、二重攻撃のような反応には、決心したとはいえ投げやりにならずにはいられない。顔の熱さも自覚できていることから、けっこう赤くなっているに違いない。職員室に行くと言っていた西町がいるのは、先に興のことを優先し、その流れのままに純のことも聞いたからだ。
保健室へと移動し、興が呼吸を整えている間に打ち明けるための平常心を保たせることになった純は、平常というより覚悟を決めて告白し終えたところだった。
その結果がこれだ。恥ずかしいやら後悔やら、その他にも何かかしらの感情が胸中で暴れ、総じて複雑な心境にさせられることになった。
「はあ……」
隣に腰掛けていた興は息を吐き出した。溜め息をつくではないが、呆れているのは確かだ。
「そんなことが理由かよ」
「そうだよ!」
小さいことを聞いたというような興に、純は噛みつくように肯定した。
「俺が何かしたわけじゃなく?」
「むしろ俺がした。夢の中で」
「ぶふっ」
確認してくる興にむっとしたように返せば、口を押さえ、抑えきれていない笑い声を漏らしながら肩を震わせていた西町がまたしても吹き出した。
「笑わないでください!」
見て見ぬ振りをしていたがさすがに限界がきた。興がむきになるんじゃなかったと呟いたことも気にならず、薬品棚に寄りかかっていた西町に純は怒鳴った。
「……はははは……純情だなあ。橋川、お前、名前なんだっけ」
「…………」
聞かれ、純は眉がつり上がるほど剣呑な眼差しになった。恥ずかしさを堪えて吐露したというのに。笑われたことは不快もあったのだ。さらにそこへ恥ずかしさを増させる発言をされては、不快も増すというものだ。
「純」
「興!」
しかも、それに気付いていないらしい興が名前を口にし、純は隣へ怒気を放った。
「漢字は?」
しかし、大人の余裕というものなのか。純の怒りを西町はまったく意に介していなかった。さらに知ろうとしてくる。
「純情の純だよ!」
恥ずかしさと恥ずかしさによる怒りのまま純は答えてやった。強い感情には敬語も消え失せてしまう。
けど、それをも西町は意に介していなかった。いや、気にならないほどの可笑しさに支配されていた。
「ぶふ。さすが、名前通りだな」
「うるさい!」
純情と言われ、名前のことまで聞かれた時から予感はしていたが、いざ言われてみても不愉快なだけだ。
「なあ、純」
「なんだよ!」
今度は興が顔を振り向かせてき、純は苛立ちをぶつける様に返事をした。
「なんで俺なんだ?」
さすがは西町の親戚。同じ血を持っているだけあり、純の怒りを間近で受けても興にたじろぐことはなかった。
「は?」
だが、意味を理解しそこねた。感情が高ぶっていたこともあって、下がりきらない声音のまま聞き返す。
「だから、なんで俺が夢に出てきたんだ?」
「あー……えと、それは……」
その質問は、純の高ぶりをいっきに静めさせた。
夢に興が出てきたのは、細かな訳はあれど、一番は興を意識していたからだ。
「二回目の夢はともかく、一回目の夢も影響があるものだとしても、なんで出てきたのが俺なんだ?」
興は、自分が意識されていることを知らない。そこのところだけは純も言わなかったのだから当たり前だ。そういった夢に自分が出ることは不思議にさせられることなのだ。
「ああ……と……」
純は答えるのに困じてしまった。意識していたからと言わないのは、その意識している理由が出てこなかったからだ。
二回目の夢は、一回目の夢が抜けぬままに兼田から雑誌を見せられ、さらに影響が出たためだ。興もそこは推測できたから、ともかくと置いたのだ。
では、一回目のキスの夢に興が出たのはどういった経緯があってのことか。
実は、こういう経緯というものはない。好感は持っているが、それは恋愛があってのことではない。自然と持つことになることがあったからだ。
それからいけば、キスの夢にも影響するほどではない。まして、自分と絡むなど。
だが出てきた。ということは、どこかにそういう風に意識するところがあったということでもある。
それはどこか。
あえて上げるなら、好きな人がいるいないの話をした時かもしれない。あの時、興に好きな人はいないと聞いてなぜか安堵した。あれが、どういった心境の元に感じたものなのか、未だに分かっていない。もしかしたら、それが夢に影響しているのかもしれない。
「……あれだ。その前に興のことで色々? あったから、それで出てきたんだよ」
けど、自身でも分かりきっていないことを言うのはなんだか憚られ、一部疑問符を浮かべながらも妥当そうな理由を述べておくことにした。
「それでそんな夢に出るか?」
が、興は納得しにくそうにした。自分自身でも疑問に思うことなのだ。疑念にしている興本人がそう思ってもしかたがないだろう。
「実際、出たしな」
けれど、遠慮したい純もそれ以外は言いにくい。
だが、そのことに関して救いの手が出されることになった。
「橋川にとって、お前が身近だからだろ」
いつの間にか笑い止んでいた西町が推測してくれたのだ。本人にそんな気はないだろうし、純の本心も分かっているはずないが、気持ちを汲み取ってくれたような発言をしてくれたのは助かった。
「俺が?」
興は純から西町を向いた。
「最近、接点増えたろ? 部活も一緒になったし。だからなんじゃないか?」
西町はそう説明した。
それでも、興は納得できかねることのようだった。
西町の言い分は、純の発言からいけばそれに沿ってもいるが、関係性は低くもあるのだ。
だけれど、性に関することなら純も知っていることである。
横田たちとのことだ。そのことからいけば影響があってもおかしくはないことなのだが、興はそう思っていないのだろうか。
「でもそれなら、同室者じゃないってのは不思議なところだけどな」
一方、憶測を立てておきながら、西町は疑問点も付け足した。でもたしかに、日常的なことで夢に出るなら、もっと身近である同室者という良智が一番影響しているはずだ。だが、良智がそんな夢に出ることはない。彼には景一という恋人がいるからだ。出たとしても、恋人とワンセットで出てくることに違いない。
「良智よりも興との方がありましたから」
良智に恋人がいることは秘密だ。そのためにも、純はそう言って理由を付けた。その際、今朝の事を思い出してしまったが無理矢理追い払っておく。とはいえ、口にしたのは事実でもある。後遺症のことや興と周りとの事。相手を知るということでは、同室者よりも興との方が深かった。
「んー……まあ、出たんだからそういうことでもあるのか……」
やっと、得心しにくそうにしながらも興は納得した。そこまで合点がいかないとは。興の中ではそんなに関係性が低いことなのか。なんだかちょっとショックを感じるのは気のせいだろうか。
だが、そんな興を見た純は、心配というか不安が浮上することにもなった。
「なあ、興」
「ん?」
「今の聞いて嫌にならなかったか?」
純は聞いた。他人がそれに抱く感情というものを今更ながらに気付いたのだ。
「なんで?」
「だって……そんな夢に出させられて、しかも……ほら……引いたりしなかったか……?」
まだ羞恥はあったらしい。夢の内容を言うような流れになったところで言えず、純は「ほら」と略した。それでも言いたいことは伝わってくれた。
「別に」
興から返ってきた反応は実に淀みがなかった。
「現実でもう経験済みだし。夢に出たくらいでなんとも思わないな」
「そう、なんだ……意外とあっさりしてるんだな」
胸を撫で下ろせることだったが、予想以上の感応の薄さには拍子抜けさせられると同時に、その経験済みの〝経験〟というものの部類を知っているだけあって複雑にもさせられた。
「そうか?」
だけれど、興はしらっとしていた。本当にそう思っているのか、隠してそんな感応をしているのか。どちらかは分からないが、表面上は言葉通りのようであることに安堵が出てくる。
「でも、よかった」
微笑も浮かぶ。
「なんだ、心配してたのか?」
そんな純に、興はそんな質問をした。そこに、そういう気持ちを持っているとは思っていなかったような様子があることから、本当になんとも思っていないのかもしれない。だが、同性同士というのが周りからどう見られているか、彼は知っているのか疑問にもさせた。それとも、自分だから何事でもないような態度でいるのだろうか。
「そりゃまあ、するさ」
「同性同士だからな。よけい気にするわな」
答える純に、純の心配を汲み取ってくれているかのように西町が発言を追加した。
「はい。そういう奴だって思われたらどうしようって思いましたし」
興に偏見がないことは聞いているが、いざ、自身のこととなると疑いの方が出てきてしまう。ましてや、相手は誰かではなく興本人だ。
「じゃあ、夢に出たのが俺でよかったな」
そんな純の心配を裏切るように、興の口調と態度は素っ気なさを感じるくらいあっさりとしていた。自身が対象でも、偏見はないままなのだろうか。
「まあ、そこは……」
それならば、興が出たことはよかったかもしれない。ただ、あまりにもあっさりしすぎていて、逆にいまいち信じきれない部分もあるが。
そんな感情を持たれているとも知らず、興は一段落が付いたとでもいうように、座っていたベッドに倒れるように寝転がった。
「昼まであとどれくらい?」
「二時間ってところだな」
尋ねに、一足先に時計を見た西町が答える。
「じゃあ、それまで寝る。もう疲れた」
「ごめん、興」
横向きになる興に純は謝った。興の疲れは間違いなく、自分を追って走ったことが原因だ。
「俺は、職員室に行ってくるからな。誰か来たら言っておいてくれ」
自分たちの問題が解決したことで、西町も本来の目的に移ることにしたらしい。
「よろしく」
「……分かった」
西町の頼みに答えたのは興だが、それは確実に自分に向けられていた。まあ、興は寝る気満々なのだからそうなるだろう。疲れさせた本人ということもあって、純も了承するしかない。
歩き出している西町はいない間のことは関知する気がないのか、何も言わないで保健室から出て行った。戸が閉められ、早くも数秒で靴音が消える。
とたん、静けさが際立った。
無人の校庭は当然ながら静かで、使われているはずの体育館からも聞こえてくる音がない。純の隣でも、寝息もなく静まりかえっている。
物音一つもしない。
「…………」
その状況のせいか。純は早くも落ち着かなくなってきた。
興は寝ているのだとしても、二人しかいない状態だ。その、二人きりということにそわそわしてきてしまう。
隣に視線だけを向けてみるが、横になっている腰辺りから足しか見えない。意識してしまった分、後ろを振り向いてまで興の顔を見る勇気も出てこない。
「…………」
視線を戻すが、どうも気になってしまう。
落ち着かない。
ベッドからソファー辺りに離れたいが、なぜか移動するのも躊躇われる。動いて静寂を壊すのも気が引けるというのもあるが、それにしては、固定されたように足が動かないうえに腰も上がらないのはどうしてか。
それどころか、座っている姿勢すら崩せなかった。
どうしてこんなに意識してしまっているのか。
きっと、今し方の応酬が原因だろう。興が引かずにいてくれたとはいえ、純の恥ずかしさもすぐに抜けてくれるほど軽い夢ではなかったのだ。
なんだってあんな夢を見てしまったのか。
思い返されるのは、先ほども可能性として浮かんだ、好きな人がいるかいないかの会話だ。
なぜか、いないと聞いて安堵した。夢に出るくらい影響があったとすれば、さっきも思った通りそれだろう。
が、あの安堵はなんだったのか。
安堵――つまり、安心したということだが、安心するだけの関わりはまだない。それに、安心ということは、それが自分にとって良いことでもあるということだ。
それはつまり、そうなるだけの好意を自分は持っているということにもなる。
それを率直に訳せば、
好き。
と、なるのではないか。
だが、いまいちピンとくるものではなかった。
好きか嫌いかと聞かれれば、嫌いではないので好きと答える。
だけれど、それはあくまでも友人としてのこと。恋愛としてではない。
だが、あの時話していたのは恋愛だ。そのことにそういう反応をするということは、そういうことでもあるということだ。
しかしだ。そんな自覚はない。
「…………」
どうも、認識している気持ちと違う反応が起こっていることに、純は、新たな問題に行き当たった気がした。
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指圧のことは、有乃にとっても何でその情報を得たのか、聞いたことがある気がするなあ……というくらいおぼろげな記憶です
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