純情なる恋愛を興ずるには

有乃仙

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純情と非純情のあいまで

三ー2

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                                   □□□

 純は、ベッドの上に寝転がっていた。
 朝食は、戻ってきた良智と入れ替わるように行こうと思ったのだが、分からないゆえに余計となった景一の気遣いのおかげで、良智が持って戻ってきたため部屋で済ませることになった。
 どうして断らなかったんだと思ったが、その断らなかった分を挽回ばんかいするかのように、その後の良智の行動は早いものだった。部活の準備を手早く済ませるとそうそうに部屋から出て行ったのだ。
 助かることではあったが、それでは純の心が落ち着くわけではなかった。今朝のことが景一にまで伝わらないかどうか心配があったからだ。たとえ景一にでも知られたくないことだが、広まりさえしなければいいかという思いも過ぎる。が、やっぱり知られたくないという思いに戻る。
 純は溜め息をついた。
 夢に続いて今朝の事だ。溜め息もつきたくなる。
 小さく唸りながら転がると、純は俯せになった。
 瞬間、夢の映像が脳裏に甦る。
「……ああ、もう……!」
 一体どうすればいいのか。意識しないようにしても不意を突いたように甦るし。これでは、興に会わないようにしても意味がない。落ち着くまで待とうにも、今日中には無理なのが予測できる。
しかし、明日からまた学校が始まる。教室で見ないようにしても、部活では否応なく会ってしまううえに話すことにもなる。落ち着くのを待つどころではない。昨日の延長戦になるだけだ。幸いなのは、今日は部活が休みということだけだ。
「はあ」
 自然と溜め息が漏れる。
 その時だ。
 ドアをノックする音が聞こえてきた。誰だろうか。
 純は身を起こすとベッドから下り、ドアへと向かった。その途中、待ちきれないのか急いでいるのか、またしても戸が叩かれる。
「はーい」
 返事をする気もなかったのだが、二度もされたので仕方なく、気のない声ながらも存在を主張させる。
 ドアを開けると、そこにいたのは暗い茶髪の生徒だった。
 今一番会うのを遠慮したい、興である。
「あ」
 一瞬にして夢のことが強くなり、純はあっという間に羞恥で満たされた。
「今、いいか?」
「あー……えと……その……」
 いいと言えるわけがない。興といたら落ち着かせるどころではなくなってしまう。早くも思考が回らなくなってきているし、まともに話もできないかもしれない。
 だからといって興に非があるわけでなく、駄目とも言いにくい。
 興は、純の口から答えてくれるのを待っているのか、早くも見せ始めた異変に対しても無言でいる。
「あー……」
 が、それがまた、純を緊張させた。
 どうすればいいのか。
 この時、いくら落ち着かないとしても、羞恥でいっぱいだとしても、断るということをもっと念頭においておけばよかったのだ。考えが浮かばなくなった純が取ったのは、強行だった。
 素早くドアを閉めようとする。
 しかし、興も反射反応が良いようで、咄嗟に戸に飛びつかれて阻止されてしまう。
「興……っ、なにしてんだっ」
「それは、お前だっつうの!」
 開けようとする力に抗いながら批判するが、純よりも強い口調で返される。
「開けろ!」
「それはちょっとムリ!」
「なんでだよ!」
「それは……!」
 はたから見れば、何やっているんだと思わせる攻防戦を繰り広げながら口でも言い合う二人だったが、勝負は早くもつくことになった。
 純が言い淀んだ時、思い起こされていた夢が強くなり、力が少し弱まってしまったのだ。その少しが勝敗を分けることになったのである。
 力が傾いたその瞬間、興が力任せにドアを開け放つ。
「……!」
 その勢いに引っ張られ、純は興にぶつかってしまった。が、それ以上に、開けられたということが、焦りを最高潮へと持って行かせた。
「お前な……」
 純がぶつかったことで一歩よろめいた興が文句めいて発するが、純は焦りのあまり、恐怖のあまり逃げ出すような勢いで部屋の中へと身を翻している。
「あ、おい!」
 興も追って入る。
 だが、ベッドだけで幅を取っている狭い部屋では逃げる場所などない。それでも机側へと後ずさっていくが、迫ってくる興に二の腕を掴まれベッドに倒されてしまううえ、逃げられないようにするためだろう、ベッドに膝を乗せた興に上から押さえつけられてしまった。
 だがそれよりも、間近に迫った興の顔に、恥ずかしさと焦りで純の心臓はいっそう跳ね回ることになった。
「お前、おかしいぞ」
 押し倒すという手段にでながら、上から投じられた興の声音は落ち着きを放っていた。
「あ……いや……、…………」
 対しての純は、焦りのあまり、もう言葉すらまともに出せなくなっていた。なんとか出せたものの声量は小さい。
「俺に何があんだよ」
 しかし、それに構わず興は続けた。
「…………」
 だが、動揺と羞恥がさらに増していた純は、何を考えているのかも分からなくなっていた。
「今も、顔真っ赤だし」
「……っ!」
 何故か、その言葉が純の感情を煽った。
 なんとか顔を見返せていたのも耐えられなくなってしまう。
「はっきり言え」
 そしてそれが、最後の一線を突破させた。
「……うわあ!」
「うわっ」
 純は力いっぱい興を突き飛ばした。
 彼が床に尻餅を突いている隙に駆け出し、開けっ放しにされていたドアから廊下へと逃げていく。
「いって……なにも飛ばすことないだろ」
 倒れる最中さなか、何かにぶつけた頭を擦りながら興は文句を口にした。


 廊下へと脱出した純は走っていた。
 階段を一階までいっきに駆け下り、廊下を駆け抜けていきながら隠れられる場所を探す。
 手当たり次第に開けられるドアを開け、それでいて、隠れられる場所かを瞬時に見当をつける冷静さを見せながら探していく。逃げ隠れるという意識が占めているため、それに関する回転が速くなっているのだ。
 そうして純が最終的に辿り着いたのは、脱衣所だった。
 人の気配はなく、風呂場からも物音一つしてこない。誰も使っていないようである。
 そのことを瞬時に把握すると、純は勢いよくドアを閉めた。
 けれど、ここを隠れ場所に選んだわけではない。単に、寮の一番端にあり、最終的に辿り着いた場所に誰もいなかったから閉めただけである。
 そのため、逃げ切ったと気持ちが落ち着くわけではなく、動揺と不安で純を無意味にうろつかせ始めた。

 その頃、興は一階に着いたところだった。
 確実に探し出すため、走らずにいる。
 やはり、純は予想外の行動を取る者だった。というか、昨日より悪化しているのはどうゆうわけか。あんなに赤くなりもして、自分の何がそこまで意識させているというのか。
 恋によるものだとは、良智の見解があっても結びつかない。男子校で、顔を赤くしたり焦ったりするだけで恋とするほど乙女思考ではない。
 じゃあ、あの反応は何かとなれば、分からないからこうして探しているのだ。
「…………」
 いや、というかである。探すほどのことなのだろうか。景一の提案で興もその気になったが、追ってまで聞き出すようなことではない気がする。
 むしろ、純の大仰な反応には呆れてしまうことだ。昨日とて呆れていた。
 だが、今の自分は逃げられたことに納得がいっていない。
 じぶんのことを思い、自ら園芸部に入ってきたくせに。自分に期待を持たせたくせに。その純が自分から逃げることには不服を感じてしまっている。
「…………」
 不服を解消することと従来の自分の感情。どちらを優先するか考える。
(……聞き出すまで追いかけてやるか)
 興は前者に決めた。それを選んでしまうほど、また別の吹っ切れない蟠りがあったからだ。
 興は、自棄になった気持ちで捜索への気持ちを固めた。

「どうしよう……」
 純は悩んでいた。
 完全に怪しまれただろうこともそうだし、興を突き飛ばしたこともそうだし、逃げてしまったこともそうだ。理由を語ろうかどうかもそうである。この状況に至った事、全部ひっくるめて純は悩ませられていた。
 いつまでもこうしているわけにはいかないことも分かってはいるのだが、打開しようにも、本人に言いづらいことと逃げてしまったことが、打ち明けるのを躊躇わせられてしまっていた。
 くわえ、ふいに夢のことが浮上してき、会いにくさがいっきに支配してしまう。
 これが、先程から純の中で繰り返されていた。なかなか抜け出せない循環に、純は唸りたくなった。
「……んんー……、ああぁ!」
 少しでも吐き出したく、純は思いのままに唸りを放った。
 運悪く、その声が興に聞こえてしまうことになるとも知らずに。

「ん?」
 聞こえてきた、人の叫びにも似た声に興はそちらへ顔を向けた。
 なんだか純の声に聞こえたのは気のせいだろうか。聞こえてきた方へ興は行ってみることにした。
端の一番奥にある風呂場の一つのドアを開ける。
「え?」
 中に入ると、驚く声が横合いから聞こえてきた。覚えがある。純の声だ。
 横に顔を巡らせてみれば、予想通りの声の主がそこにいた。
 互いに存在を認めた瞬間、純は逃げ出した。興も咄嗟に追う。
 脱衣所は、二面の壁に衣類の置き場が作られ、ドアとはズレた位置にある浴室の戸を隠すように棚が二つ置かれている。純は、一番奥の棚、浴室前へ逃げていく。だが、興はそのまま追わず、棚の間に素早く曲がった。前から回り込もうと思ったのだ。
 けれど、純の方が早く、棚を抜けた瞬間、出会い頭に衝突することになってしまった。しかし、接触しながら興は純を捕まえることができなかった。純の動きの方が早かったのだ。
 切り返しよく方向転換すると、戻って行ってしまう。
 それに対し、興は逆側――ドア側へと向かった。接触しても捕まえられないのは、動きを見ることができないからだと思い、ならば動きが見れるぶん離れればいいという単純な考えからだ。
 対して、純はどう考えて動いているのか。興が曲がると純が目の前にいた。今度はぶつかることはなかったが、またしても機敏よく向きを変えると棚の間に駆け入っていってしまう。
「くそっ」
 思わず興の口から漏れた。棚と壁の間を急いで戻る。
 ドアは開いたままだ。聞き出すまで追うと決めたのだから逃がすわけにはいかない。
 けど、純が先に動く分、どうしても純の方が速くなってしまう。待ち伏せにはならず、棚を抜けた瞬間、興は純と衝突してしまった。
「うわっ」
 しかも、今度は純の行動も違っていた。また戻り逃げるかと思いきや、ぶつかるなり強く押してきたのだ。
 部屋の時より力は弱いものの、踏ん張りきれる程の弱さではなかった。興は尻餅を突いた。
 一方の純は、見向きもせず脱衣所から走り出て行く。
「ケツいて……」
 強く打ち付け、興は顔をしかめながら尻をさすった。
「なんだよ、あの動き……」
 純の動きは実に俊敏だった。方向転換も駆け出し方も自分とは全然違う。きっと、サッカーをやっていて身につけたのだろう。今は辞めているが、長い間やってきたことで体に染みこんだ動きが表れているに違いない。
「しかも、なんでこけないんだ?  指圧が効いてんのか?」
 それと、疑念が生まれることでもあった。純は足に後遺症を持っている。いつ転ぶか分からないものでもあり、動いている時が一番転びやすいと言っていた。なのに、あれだけ機敏な動きをしていながら何事もなく走り続けられている。
 本当か嘘かも分からない弘基の実証済み発言で指圧をし始めた純だが、まさか本当に効果が出ているというのか。
「つうか、試合なら押すって反則だろ」
 試合ではないので反則も何もないのだが、ついそんなことも愚痴りたくなってしまうことだった。
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指圧のことは、有乃にとっても何でその情報を得たのか、聞いたことがある気がするなあ……というくらいおぼろげな記憶です
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