純情なる恋愛を興ずるには

有乃仙

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純情と非純情のあいまで

三 意識の仕方 ~逃亡劇

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 シーツの擦れ合う音を立たせ、肌を密着させる。
 すると、弾かれたように体が反り返った。
 快楽を刺激され、悩ましげな嬌声が上がる。
 快感を得るのは早く。従順になりながらも翻弄され、男にしては艶めかしくなった声が鼓膜を震わせる。
 動きに合わせて体が揺れる。
 いつの間にか反り返った体も元に戻り、快楽を求めることだけに変わっていた。
 己の快楽も高まっていき、それにつれ、感覚と意識が白に染められるように薄らいでいく。
 それだけでなく、彼の甘やかな声も遠のいていく――――

                  □□□

 ベッドの上。上半身を起こしていた純はうつむくほど肩を落としていた。
「…………」
 見てしまった。見ないようにと願っていたのに。それも、アダルト雑誌でも見ていないことを。性行為を。
 あれは、間違いなく興だった。夢そのものに自分は出ていないが、あの角度で興を上から見ていたのは自分だ。彼の相手となっていたのは、自分自身だ。
 落ち込む。興が出たことよりも、影響があったことよりも、そんな夢を見てしまったということに落ち込む。
 落ち込むが、複雑なことに、体はしっかり反応している。
 純は、そこの部分が見えるくらいだけ掛け布団をめくった。
 気持ちとは裏腹なことに溜め息が出る。
 隣を見てみれば、同室者はまだ眠りについていた。
 それを確認すると、純はベッドを下りた。
 静かに歩いて行き、廊下にあるドアを音を立てないよう控えめに開ける。中に入ると、同じく音をなるべく立てず、静かにドアを閉めた。

「んー……」
 唸りながら寝返りを打つと、良智は起き上がった。
(トイレ……)
 整理現象に、寝ぼけまなこのままベッドから下りる。
 この時、隣のベッドが視界に入ったはずだが、眠気が勝っていた良智は、同室者の有無すら全く気付かず、欠伸をしながらベッドの間を通り抜けていった。
 そんな良智の眠気が覚めることになったのは、目的地の前でのことだ。
 トイレのドアノブに手をかけた時、音が聞こえた気がして良智は動きを止めた。
「……?」
 まだ完全に眠気が取れていなかったこともあり、その小ささに始め、良智はなんであるか分からなかった。
 だが、続けて同じ音が聞こえてきたことから、まず、聞き間違いでないことが判明する。その次に、音が声であることが分かることにもなった。
 声量が極力落とされているらしく、鮮明に聞き取ることはできないものの、詰めたような声をしているようだった。
 中から声がするということは、誰かがいるということだ。
 室内を見てみると、同室者のベッドがからになっている。そのことからも、声の主は純しかいない。しかし、泣いているのを堪えているようにも聞こえるが、何かあったのだろうか。
この時には良智も完全に覚醒しており、目的も忘れ、ドアの中に意識が集中していた。
 中からは、抑えられ、耐えようとして耐えきれずに詰めた声になっているものや、上擦った声になっているものが途切れ途切れに聞こえ続けている。
 それから、その声の正体に気付くのに、そう時間はかからなかった。
 声をかけるべきかかけないべきか迷いながら微かな声を聞いていると、それが良智にも経験があるものだと気付く。
 それは、泣いているのでもなんでもない。自慰行為だ。
「…………」
 分かったとたん、自分でも分かるほど、良智の顔が赤くなっていった。

 走るような物音が聞こえたと思ったら、何か重たい物が倒れる音がした。
 間近から聞こえた走る音に肩を跳ねさせた純は、短い間隔でした倒れる音にさらに肩を跳ねさせると、トイレの中だということも忘れ、音のした方へ咄嗟に顔を振り向かせた。
 その、音の発信源は良智である。
 動揺でトイレの前から逃げ出した良智が、ベッドからはみ出して床についていた布団に足を取られて転んでしまったのだ。
 純がトイレから慌てて出てきたのはそれからすぐのことではなく、良智が立ち上がった直後のことだ。片付けるものは片付け、しまうものはしまっていたので出てくるのにじゃっかん時間を要してしまったのだ。それでも手早く済ませている。水を流す音がしたのはただの習慣である。
「あ、じゅ、純……!」
 ドアの開く音に弾かれたように振り返った良智は、明らかに焦っていた。
「……よ、よし……」
 そんな良智を見ることになった純は、嫌な予感がしていた。
 物音の出だしはトイレの前だった。つまり、そこにいたということだ。いたということは聞かれていたかもしれないということでもある。いや、絶対聞かれた。
「あ……! そのっ……えとっ……その……」
 純の言葉を遮り喋ろうとするが、見るからに動揺している良智は言葉が出てこないようだった。顔も真っ赤になっている。それは、純の予想を肯定しているものに他ならない。同室者の事情に直面する――とは言わないだろうが――し、良智も動揺してしまわずにはいられなかったようだ。
「ごめん!」
 けっきょく言葉が見つからなかったらしく、良智は勢いよく頭を下げた。
「その! 聞こうと思ったわけじゃなくて!」
「……っ……」
 偶然であることを伝える良智だが、純の方は羞恥でいっぱいになっていた。
 顔どころか体中が熱い。
「いいい言わないから! 言わないから! 大丈夫だから!」
 純の様子を見た良智は、焦りのあまり早口にまでなっていた。
「…………」
 だが、純の方は恥ずかしさのあまり、言葉が返せなくなってしまっていた。


 良智が食堂に現れたのは、景一が朝食を半分近く食べ終えた頃のことだった。
「遅かったな」
「んー、まあ……」
 珍しい良智の遅さに感想を口にすれば、曖昧な反応が返ってくる。何かあったのだろうか。
「純は?」
「あー……」
 もう一人の姿がないことに訊くと、決まり悪そうな表情に変わった。何かあったという予想は当たりのようである。
 喧嘩、もしくはカモフラージュのことで言い合いでも起きたのかと思ったが、すぐに別の考えも浮かんだ。
 興のことだ。そのことでうっかり口を滑らせたのかもしれないと思ったのである。興とのことは、全部、純には秘密だからだ。
「まさか、知られたんじゃないだろうな?」
 同胞を欲している良智だ。一番、可能性が高くもあり、景一はそのことを取り上げて質問した。
「そういうわけじゃないんだけど……」
 良智は否定するものの、覇気がないままだ。
「じゃあ、どうしたんだ?」
「ああ……ちょっとね」
 信憑性の薄いことに続けて問えば、良智の頬がなんだか色づいたように見えた。
 一体、朝から二人は何をしたのか。
 そう思うと、呆れというより面倒が景一の内心を満たした。追求する気もおきず、景一はもう一つ質問をかけた。
「純、来るか?」
「……さあ……」
 すると、それにも曖昧に良智は返してきた。
「そっか……」
 溜め息をつきそうになったのをなんとかこらえるが、吐息混じりの言葉になってしまう。
「ま、まずはご飯頼んで来いよ」
「そうする」
 素直に従う良智は実に大人しかった。吐息混じりのことに、信じていないのかと返してくると思ったのだがそれもない。景一相手ですら、集中力がなくなるほどの何かがあったということだろう。
 カウンターへと歩いていく良智の背が十分に離れたところで、景一ははっきりとした溜め息をついた。
(何あったか知らないけど、純も純なら良智も良智って感じだな)
 二人は、一見するとどこにでもいそうな感じだが、彼らは間違いなく癖のある人物だ。
 しょっちゅう発揮されているわけではないのだが、その加減によっては面倒である。だからといって避けるほどでもなく、しかし、そんな癖のある者が二人して何かやらかしたようであることには、心配よりも呆れの方が景一にはもたらされることだ。
 だからとはいえ、放っておくのもできかねることである。景一がお人好しだからではなく、経験から言えるからだ。
 何があったか聞くのは後にすることにし、景一は、何も分からない今にできることを考えることにした。
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指圧のことは、有乃にとっても何でその情報を得たのか、聞いたことがある気がするなあ……というくらいおぼろげな記憶です
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