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純情と非純情のあいまで
二 意識の仕方 ~影響
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純と興は口づけを交わしていた。
相手を感じ合うように互いに体を抱きしめ合いながら。
重ねるだけの浅い口付けも、深いものに変わっていく――
□□□
「うわっ」
純は飛び起きた。
「んー、なにー?」
その驚き声は寝ている者を起こす程だったらしく、隣のベッドで良智が唸った。
「…………」
とんでもない夢を見た。なんだってあんな夢を見たのか。
これもきっと、良智と景一のキスを目撃したせいだ。
「じゅうん?」
ぼやけた声の同室者が身を起こしながら怪訝を飛ばしてくる。
「なんでもない。おやすみ」
こんな内容、言えるわけがない。純は布団の中に入り直した。もう一度眠れば違う夢を見て、違う気分で目覚めることができるはずだ。
が、なかなかに世の中とは無情なものだった。
頭まで布団を掛けた数秒後、起床を知らせる目覚ましが室内に鳴り響いた。
「なんだかんだって上手くやってるみたいだな。部活」
「島山たちはマシな方だからな」
私服に着替えている最中、前触れなく和也から話しかけられ興は答えた。
「だからって、何もしないわけじゃないだろ?」
「そうだけど」
島山たちがマシというのは素行の悪い中ではのこと。気に入らなければ気に入らないなりの態度を取る。身近では純が気に入らないみたいだが、これといって目立つことはしておらず、ずいぶんと大人しくしている。些細なことでも教師に報告するということが効いているのだろう。それと、
「島山って、嫌いな奴とは距離取るんだよな。だから、これといったことも起きてないし」
島山は、嫌いだから嫌味やいじめをやるというより避ける傾向がある。全く絡まないわけではないが、嫌いだと判断した相手には基本的に話しかけることもしない。厄介なのは、嫌いな素振りを見せながら、そんなことはないよという感じで話しかけたりする佐々木だ。けれど、島山の前ではあからさまにはならないので幾分かはいい。そんな二人とは違って兼田は好感を持っているようだが、厄介であることに変わりはない。ただ、素からしてバカなのかなんなのか、何かをしようとしていたとしても言動に表れることが多く、それを分かってしまえば問題はない。
「橋川は?」
「気になるのか?」
「まあ」
本人に向かって仲良くする気がないことを言い切っていたわりにはそこら辺の関係性は気になるらしい。不良が関わっているからだろうか。
「嫌われてることは本人も分かってるようで、けっこう前向きだったり強気だったりしてるな」
「へえ。さすが、自分から入っただけはあるってことか」
和也は感心するが、それは興もだったりする。始め、純に抱いていた印象はあまりよくなかった。墓穴を掘ったり、理解が遅かったり、ドジを踏んだりと、もっとシャンとしろと言いたくなることがあったからだ。かと思えば、行動的だったり、強気だったり、意思をしっかり持っていたりと、意外な一面を見せたりもする。なので、今では印象はプラマイゼロに近いというところだ。
「でもそれなら、これからもやっていけるんじゃないか?」
「そんな気がするな」
その感想にも興は同感できた。心配な面もあるが、良い面が、不良を相手にするという強い意思から来ているからだ。いい立ち回りができていくんじゃないかと思わせもする。
「なにより、純が入ってくれたおかげで作業ペースも上がったし。楽で助かる」
だが一番、興を嬉しくさせているのは時間に関することだった。一人分ではあるが、作業をいつもより早く終わらせることができるようになったのだ。人手がほしいと思っていた者としては喜ばしいことである。
「それは良かったじゃん」
「ああ。しかも、島山たちも一回もサボらないで来てるしな」
それともう一つ、変化がありもした。
「島山たちが? 珍しい。どうしたんだろ」
和也は意外そうにした。
「分からないけど、怠けが増えても最後までいんだよな」
この一週間、島山たちは一度も休むことなく来続けていた。不真面目な態度がなくなったわけではないが、週に二、三回しか来ていなかったことからすれば、大きな変わりようである。しかも、その不真面目さから途中で帰ってしまうこともなく、真面目な生徒同様、最後まで活動していく。
「あいつらも花が好きになったとか?」
「けど、知られるのが恥ずかしいから不真面目って?」
推測する和也に興もそんな憶測を付け足した。
「ああ」
「どうだろうな。そんな感じはしないけど」
和也はそれを予測とするが、興はそうとは思わなかった。島山ならばありえるかもしれないが、兼田と佐々木は絶対そうではないだろう。島山にくっついてきているという感じが二人にはあるし、感心が出たのなら出たなりに多少なりとも変わりがあるはずだ。だが、二人にそんな素振りはない。それどころか、自分の不真面目を棚に上げるほどだ。島山も、見ている分には変わらない姿勢でいる。
「まあ、なんだかんだいって、なに考えてるか分かんないからな」
他の一般生徒より三人を知っているとはいえ、興とて理解しきっているわけではない。なので、和也の予想が正しいということだってありえるのだ。
だからこそ、他にも憶測できることでもある。
「来週からぱったり来なくなるってこともあるかもしれないわけだしな」
一週間立て続けに来たので一週間続けて休む。彼らというか、不良ならありえることだ。
「そういうこともあるのか」
和也もその可能性があることに気付いたらしかった。
「あいつらがなに考えてるか知らねえけど、期待しないでいた方がいいだろうな」
根は真面目な島山でさえ面倒を優先するのだ。結局は読めない思考もあり、期待してその通りにならなかったと残念がるよりはいい。
「さ、飯食いに行こうぜ」
それから、「さ」の一文字で話題を終了させると、興は朝食へと促した。土曜である今日――今週の土曜日は学校が休みでのんびりできるはずだったが部活になってしまったため、あまりゆっくりもしていられないのだ。
「ああ。そうだな」
部活があることは和也も知っている。開始時間も知っており、和也は要求を聞き入れた。
良智と景一が楽しげに話をしていた。
「…………」
純はその向かいで頬杖を突き、じとっとした目をしていた。
席を変えてもいいだろうか。
そんな思いに浸っていた。
食堂。朝食を待っている最中のことだ。初めは、純も含めた三人で雑談していたのだが、いつの間にか良智と景一だけになってしまっていた。
やはり恋人同士。自然と二人だけの会話となり、二人だけの空気ができあがってしまっている。友人同士だとカモフラージュするのはいいが、結局は二人だけで話すならば、純はいても意味がないのではないか。
丸一日経ったことで驚きは去り、純は気まずさだけでなく、冷静さも持って二人を見ることができるようになっていた。
その冷静さは、あの日から三日目の朝――今日の段階で早くもじとっとした目つきを追加するほどだ。
別に、付き合うのもいいし楽しくするのもいいだろう。好き同士なのだから、そうもなってしまうだろうと思っている。そのことに、これといって異論もない。だが、この状況はよろしく取れない。
知らずにこの状況にいるのなら、本当に仲がいいんだなと見ていただろうが、知っては居づらさしか感じない。
その時だけだろうと思っていた良智の強要もその時ばかりではなかったことには恋人である景一も辟易していたが、すっかり忘れたように楽しげにしていては不満の方が出てくる。
頬杖をしたまま視線をずらすと、一人でいる生徒が本を読んでいるのが目に入った。
「…………」
良智の必要以上の警戒が解けない限り、こんな二人と居続けなければならない。これからは自分もそうしようか。
けど、良智辺りに没収されそうな気がする。想像だけにもかかわらず、そんな良智には、なら俺を省くなとこの時点で反論が出てしまう。
今度は逆側へ視線を移動させれば、西町とは別の寮の管理担当の教師が新聞を読んでいた。
思い切って自分も新聞を読もうか。というか、その新聞を貸せと、内心、言葉を発する。
「純」
そんな時だ。名を呼ばれ、純は視線を戻した。
「あ」
すると、自分たちが座っているテーブル横に興と和也がいた。
興の存在を認めたとたん夢のことが思い起こされ、恥ずかしさと緊張が押し寄せてくる。頬が少し熱くもなったが赤らんだだろうか。もしそうなら、誰も気付いていなければいいが。
「おはよ」
「はよ」
「おはよう」
恥ずかしさを誤魔化すためにも挨拶をすれば、興だけでなく和也からも返ってきた。
「…………」
良智と景一も続けて挨拶をするが、思いがけない人物から返ってきたことに純は言葉を忘れてしまった。
「なに?」
「いや……よろしくする気ないって言ってたのに、挨拶が返ってきたから」
言葉を忘れたといってもごく僅かのこと。視線に気付いたらしい和也の尋ねに純は答えた。友達は作らないと言っていたので、友人関係のない彼は無言でいるものだと思っていたのだ。
「社交辞令。そう思ってくれればいいよ」
「あ、そ」
それなら、友人も赤の他人も関係ない。意外だったとはいえ驚くのではなかった。
「純。今日の部活。俺、職員室に行ってから行くから」
「ああ。分かった」
二人の間で会話に区切りができると、そこで興が話しかけてきた。
今日も部活をやることは前日に伝えられている。週末辺りから休みにできると言っていた阿部だったが、今日まで部活になってしまった。遅れを取り戻してきていると言っていたわりにはやらなければならないことが出てくるなんて、どれだけしなければならないことが溜まっているのか。
「時間かかるかもしれないから、先行っててくれ」
「分かった」
「んじゃ」
了承すると、興と和也は――和也は無言で――歩き出した。
「純って、和也と話したことあったんだ」
二人が離れていくと、良智がそんなことを尋ねてきた。そういえば、和也とのことは話していなかった。
「前に廊下で会った時にな。その時、興もいて紹介になったんだけど、よろしくはしないって言われてさ」
その時にまたしても転んで興の股間に手を突いたり、横田とも会ったりしたのだが、さすがにそれは言わないでおく。
「安藤って、興より人寄せ付けないからな」
言ったのは景一だ。
「やっぱ、あれが原因かな」
「だろうな」
「あれって? 暴力事件のことか?」
一年の時、生徒を巻き込んで興が不良に絡まれた事件のことだ。暴力事件へと繋げたのは、〝あれ〟で純が繋げられるのがそれしかなかったからだ。
けど、その事件、生徒たちにはそう伝えているが、実はそうではないんじゃないかと純は思ってもいた。
性的なこと。それなんじゃないかと思っていた。興の絡まれ方からの推測なので、実際は知らないし、深読みしているだけということもあるかもしれない。
「ああ」
声を潜め確認する純に、同じく声を潜めた景一は肯定した。
「巻き込まれたのって和也なのか?」
「言ってなかったっけ?」
「聞いてない」
巻き込まれた生徒がいることは聞いていたが、誰かとまでは聞いていない。純も聞かなかったので文句を言うつもりはないが、和也だというのは驚きであり納得もできた。
「同室ってことで、仲も一番よくていつも一緒にいたから、居合わせちゃったみたいなんだ」
「……そうなんだ……」
和也が仲良くしようとしない訳がそれだと断言できることではないが、それが原因だとすると、それだけ酷かったということでもあるのか。でもそうすると、本当に暴力事件だったのかもしれない。
「…………」
だが、原因と見て取れるくらい、それだけの変化があったということでもある。
横田たちの影響を理解しきっていなかった純だったが、理解できた気がした。
相手を感じ合うように互いに体を抱きしめ合いながら。
重ねるだけの浅い口付けも、深いものに変わっていく――
□□□
「うわっ」
純は飛び起きた。
「んー、なにー?」
その驚き声は寝ている者を起こす程だったらしく、隣のベッドで良智が唸った。
「…………」
とんでもない夢を見た。なんだってあんな夢を見たのか。
これもきっと、良智と景一のキスを目撃したせいだ。
「じゅうん?」
ぼやけた声の同室者が身を起こしながら怪訝を飛ばしてくる。
「なんでもない。おやすみ」
こんな内容、言えるわけがない。純は布団の中に入り直した。もう一度眠れば違う夢を見て、違う気分で目覚めることができるはずだ。
が、なかなかに世の中とは無情なものだった。
頭まで布団を掛けた数秒後、起床を知らせる目覚ましが室内に鳴り響いた。
「なんだかんだって上手くやってるみたいだな。部活」
「島山たちはマシな方だからな」
私服に着替えている最中、前触れなく和也から話しかけられ興は答えた。
「だからって、何もしないわけじゃないだろ?」
「そうだけど」
島山たちがマシというのは素行の悪い中ではのこと。気に入らなければ気に入らないなりの態度を取る。身近では純が気に入らないみたいだが、これといって目立つことはしておらず、ずいぶんと大人しくしている。些細なことでも教師に報告するということが効いているのだろう。それと、
「島山って、嫌いな奴とは距離取るんだよな。だから、これといったことも起きてないし」
島山は、嫌いだから嫌味やいじめをやるというより避ける傾向がある。全く絡まないわけではないが、嫌いだと判断した相手には基本的に話しかけることもしない。厄介なのは、嫌いな素振りを見せながら、そんなことはないよという感じで話しかけたりする佐々木だ。けれど、島山の前ではあからさまにはならないので幾分かはいい。そんな二人とは違って兼田は好感を持っているようだが、厄介であることに変わりはない。ただ、素からしてバカなのかなんなのか、何かをしようとしていたとしても言動に表れることが多く、それを分かってしまえば問題はない。
「橋川は?」
「気になるのか?」
「まあ」
本人に向かって仲良くする気がないことを言い切っていたわりにはそこら辺の関係性は気になるらしい。不良が関わっているからだろうか。
「嫌われてることは本人も分かってるようで、けっこう前向きだったり強気だったりしてるな」
「へえ。さすが、自分から入っただけはあるってことか」
和也は感心するが、それは興もだったりする。始め、純に抱いていた印象はあまりよくなかった。墓穴を掘ったり、理解が遅かったり、ドジを踏んだりと、もっとシャンとしろと言いたくなることがあったからだ。かと思えば、行動的だったり、強気だったり、意思をしっかり持っていたりと、意外な一面を見せたりもする。なので、今では印象はプラマイゼロに近いというところだ。
「でもそれなら、これからもやっていけるんじゃないか?」
「そんな気がするな」
その感想にも興は同感できた。心配な面もあるが、良い面が、不良を相手にするという強い意思から来ているからだ。いい立ち回りができていくんじゃないかと思わせもする。
「なにより、純が入ってくれたおかげで作業ペースも上がったし。楽で助かる」
だが一番、興を嬉しくさせているのは時間に関することだった。一人分ではあるが、作業をいつもより早く終わらせることができるようになったのだ。人手がほしいと思っていた者としては喜ばしいことである。
「それは良かったじゃん」
「ああ。しかも、島山たちも一回もサボらないで来てるしな」
それともう一つ、変化がありもした。
「島山たちが? 珍しい。どうしたんだろ」
和也は意外そうにした。
「分からないけど、怠けが増えても最後までいんだよな」
この一週間、島山たちは一度も休むことなく来続けていた。不真面目な態度がなくなったわけではないが、週に二、三回しか来ていなかったことからすれば、大きな変わりようである。しかも、その不真面目さから途中で帰ってしまうこともなく、真面目な生徒同様、最後まで活動していく。
「あいつらも花が好きになったとか?」
「けど、知られるのが恥ずかしいから不真面目って?」
推測する和也に興もそんな憶測を付け足した。
「ああ」
「どうだろうな。そんな感じはしないけど」
和也はそれを予測とするが、興はそうとは思わなかった。島山ならばありえるかもしれないが、兼田と佐々木は絶対そうではないだろう。島山にくっついてきているという感じが二人にはあるし、感心が出たのなら出たなりに多少なりとも変わりがあるはずだ。だが、二人にそんな素振りはない。それどころか、自分の不真面目を棚に上げるほどだ。島山も、見ている分には変わらない姿勢でいる。
「まあ、なんだかんだいって、なに考えてるか分かんないからな」
他の一般生徒より三人を知っているとはいえ、興とて理解しきっているわけではない。なので、和也の予想が正しいということだってありえるのだ。
だからこそ、他にも憶測できることでもある。
「来週からぱったり来なくなるってこともあるかもしれないわけだしな」
一週間立て続けに来たので一週間続けて休む。彼らというか、不良ならありえることだ。
「そういうこともあるのか」
和也もその可能性があることに気付いたらしかった。
「あいつらがなに考えてるか知らねえけど、期待しないでいた方がいいだろうな」
根は真面目な島山でさえ面倒を優先するのだ。結局は読めない思考もあり、期待してその通りにならなかったと残念がるよりはいい。
「さ、飯食いに行こうぜ」
それから、「さ」の一文字で話題を終了させると、興は朝食へと促した。土曜である今日――今週の土曜日は学校が休みでのんびりできるはずだったが部活になってしまったため、あまりゆっくりもしていられないのだ。
「ああ。そうだな」
部活があることは和也も知っている。開始時間も知っており、和也は要求を聞き入れた。
良智と景一が楽しげに話をしていた。
「…………」
純はその向かいで頬杖を突き、じとっとした目をしていた。
席を変えてもいいだろうか。
そんな思いに浸っていた。
食堂。朝食を待っている最中のことだ。初めは、純も含めた三人で雑談していたのだが、いつの間にか良智と景一だけになってしまっていた。
やはり恋人同士。自然と二人だけの会話となり、二人だけの空気ができあがってしまっている。友人同士だとカモフラージュするのはいいが、結局は二人だけで話すならば、純はいても意味がないのではないか。
丸一日経ったことで驚きは去り、純は気まずさだけでなく、冷静さも持って二人を見ることができるようになっていた。
その冷静さは、あの日から三日目の朝――今日の段階で早くもじとっとした目つきを追加するほどだ。
別に、付き合うのもいいし楽しくするのもいいだろう。好き同士なのだから、そうもなってしまうだろうと思っている。そのことに、これといって異論もない。だが、この状況はよろしく取れない。
知らずにこの状況にいるのなら、本当に仲がいいんだなと見ていただろうが、知っては居づらさしか感じない。
その時だけだろうと思っていた良智の強要もその時ばかりではなかったことには恋人である景一も辟易していたが、すっかり忘れたように楽しげにしていては不満の方が出てくる。
頬杖をしたまま視線をずらすと、一人でいる生徒が本を読んでいるのが目に入った。
「…………」
良智の必要以上の警戒が解けない限り、こんな二人と居続けなければならない。これからは自分もそうしようか。
けど、良智辺りに没収されそうな気がする。想像だけにもかかわらず、そんな良智には、なら俺を省くなとこの時点で反論が出てしまう。
今度は逆側へ視線を移動させれば、西町とは別の寮の管理担当の教師が新聞を読んでいた。
思い切って自分も新聞を読もうか。というか、その新聞を貸せと、内心、言葉を発する。
「純」
そんな時だ。名を呼ばれ、純は視線を戻した。
「あ」
すると、自分たちが座っているテーブル横に興と和也がいた。
興の存在を認めたとたん夢のことが思い起こされ、恥ずかしさと緊張が押し寄せてくる。頬が少し熱くもなったが赤らんだだろうか。もしそうなら、誰も気付いていなければいいが。
「おはよ」
「はよ」
「おはよう」
恥ずかしさを誤魔化すためにも挨拶をすれば、興だけでなく和也からも返ってきた。
「…………」
良智と景一も続けて挨拶をするが、思いがけない人物から返ってきたことに純は言葉を忘れてしまった。
「なに?」
「いや……よろしくする気ないって言ってたのに、挨拶が返ってきたから」
言葉を忘れたといってもごく僅かのこと。視線に気付いたらしい和也の尋ねに純は答えた。友達は作らないと言っていたので、友人関係のない彼は無言でいるものだと思っていたのだ。
「社交辞令。そう思ってくれればいいよ」
「あ、そ」
それなら、友人も赤の他人も関係ない。意外だったとはいえ驚くのではなかった。
「純。今日の部活。俺、職員室に行ってから行くから」
「ああ。分かった」
二人の間で会話に区切りができると、そこで興が話しかけてきた。
今日も部活をやることは前日に伝えられている。週末辺りから休みにできると言っていた阿部だったが、今日まで部活になってしまった。遅れを取り戻してきていると言っていたわりにはやらなければならないことが出てくるなんて、どれだけしなければならないことが溜まっているのか。
「時間かかるかもしれないから、先行っててくれ」
「分かった」
「んじゃ」
了承すると、興と和也は――和也は無言で――歩き出した。
「純って、和也と話したことあったんだ」
二人が離れていくと、良智がそんなことを尋ねてきた。そういえば、和也とのことは話していなかった。
「前に廊下で会った時にな。その時、興もいて紹介になったんだけど、よろしくはしないって言われてさ」
その時にまたしても転んで興の股間に手を突いたり、横田とも会ったりしたのだが、さすがにそれは言わないでおく。
「安藤って、興より人寄せ付けないからな」
言ったのは景一だ。
「やっぱ、あれが原因かな」
「だろうな」
「あれって? 暴力事件のことか?」
一年の時、生徒を巻き込んで興が不良に絡まれた事件のことだ。暴力事件へと繋げたのは、〝あれ〟で純が繋げられるのがそれしかなかったからだ。
けど、その事件、生徒たちにはそう伝えているが、実はそうではないんじゃないかと純は思ってもいた。
性的なこと。それなんじゃないかと思っていた。興の絡まれ方からの推測なので、実際は知らないし、深読みしているだけということもあるかもしれない。
「ああ」
声を潜め確認する純に、同じく声を潜めた景一は肯定した。
「巻き込まれたのって和也なのか?」
「言ってなかったっけ?」
「聞いてない」
巻き込まれた生徒がいることは聞いていたが、誰かとまでは聞いていない。純も聞かなかったので文句を言うつもりはないが、和也だというのは驚きであり納得もできた。
「同室ってことで、仲も一番よくていつも一緒にいたから、居合わせちゃったみたいなんだ」
「……そうなんだ……」
和也が仲良くしようとしない訳がそれだと断言できることではないが、それが原因だとすると、それだけ酷かったということでもあるのか。でもそうすると、本当に暴力事件だったのかもしれない。
「…………」
だが、原因と見て取れるくらい、それだけの変化があったということでもある。
横田たちの影響を理解しきっていなかった純だったが、理解できた気がした。
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指圧のことは、有乃にとっても何でその情報を得たのか、聞いたことがある気がするなあ……というくらいおぼろげな記憶です
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