純情なる恋愛を興ずるには

有乃仙

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純情と非純情のあいまで

一-5

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               □□□

 教室は静まり返っていた。
 黒板に教師が文章を書き込んでいくのを生徒たちが黙々とノートに書き写していっている。
 午後最後の授業、社会科の最中である。担当は、園芸部の顧問である阿部だ。スーツを着ており、つなぎ姿とは印象が様変わりしている。
 そんな彼の授業は、不良に趣味とまで言われた花への感心とは打って変わった淡々とした進め方で、初めに説明して黒板に書き込んでいくか、初めに書き込んで説明していくかという、作業のようなスタイルだ。今は説明を終え、それを黒板にまとめているところである。眠くもなりそうなやり方だが、寝ている者は誰もいない。運良く不良がいないこのクラスは真面目なクラスでもあるのだ。
 阿部が書いているところまで追いついた純は手を止めると、なんとなく隣を見た。
 隣では、良智がまだノートをとっている。書き写しているだけなため、真面目な表情までにはなっていないが、意識は外れることなく黒板とノートを往復している。
 にしても、昨日は驚きの放課後だった。まさか、良智と景一が付き合っていたとは。
 しかも、それまで通り一緒に居続けることにもなってしまった。

 良智が着替え終えてからのことである。
『純、それでなんだけど』
 話も一段落して何がそれでなのか分からないが、良智はそう振ってきた。
『なに?』
『今まで通り俺たちといてよ』
 尋ねる純に、良智はそんなことを言った。
 丁度、この後に迫っている夕食に、これまで通り一緒にいるのは控えた方がいいだろうなと思っていた時のことでもある。
『は?』
 内心に答えるが如く言われた事柄に、さすがの純も何言ってるんだと思った。偏見がなくとも、気が憚れることだってあるというのに。
『それを良智が言うのか? 普通、逆が言いそうなことだし。知ったからには、恋人同士の時間を増やすってのを考えると思うんだけど』
 クラスと部屋が違うことで、なんだかんだと二人が一緒にいれる時間は少ない。その少ないながらもいる時間も、純や部活仲間などの誰かかしらがおり、二人きりにはなれていない。けど、純が知ったことで、純との間では恋人を優先することができる。それが自然的なことだとも純は思っている。
 だが、良智の考えは違っていた。
『そんなことしたら怪しまれるじゃん』
『そうかな』
 純は本気で思った。
 仲の良い生徒同士でいるのはここだけではない。というか、誰かといる者は全員そうだろう。良智と景一のように二人だけというのも多くいる。それほど敏感になることでもない気がする。
『まだそんなに経ってないけど、一緒にいたのがいなくなるんだよ? 変に思われるじゃん』
『喧嘩したって思われるだけだと思うけど』
 やはり、良智は敏感に――必要以上と思えるほど敏感になっている。離れただけでそう思ってしまったら、皆が恋愛目線で周りを見ていることになってしまう。そしたら、〝いつも一緒にいる〟というのも怪しまれるだろう。それにだ、これからも一緒にいては、何時、二人きりの時間を作るのか。
『念には念をだよ!』
『ああ、そう……』
 本心を言えば、お断りの一言である。友人という見方は変わらないが、同時にカップルとも見ささるのだ。当然、意識してしまうことであり、そんな者らと居続けるのは気まずさがある。カモフラージュするのはいいが、こっちのことも考えてほしい。
『分かったら、今まで通りにしてね』
 なので、そんな要求をされても了承しかねるだけだ。
『……ってことは、ご飯も一緒?』
『当たり前じゃん』
 しごく当然というように良智は言った。
 が、その当たり前も同意しかねるものだ。友人をやめないでほしいというものだったならば同意するが、周囲に隠すために居心地悪い思いをしなければならないことには同感の思いは沸いてこない。その気持ちを言わないのは、聞き入れる気が良智には感じられないからだ。
『それと』
 加え、純のそんな思いとは裏腹に、要求はそれで終わらなかった。
『興にもどう思ってるか聞いてほしいんだ』
 いったい何を言われるのかと内心身構えたが、それ程のことではなかった。
『自分で聞けばいいだろ』
 が、それを受ける程かどうかとなれば、いなだ。純に聞く勇気を出したのだから、彼にも勇気を出せばいい。
『部活一緒だし、純が一番聞きやすいじゃん』
 それからいけば確かにそうである。二人きりになることもあり、周りの目を気にしないで聞くことができる。
それくらい・・・・・ならいいけど』
 それくらいならば、引き受けてもいいだろう。しかし、変わらぬ距離で居続けるのは考え直すべきだ。
『じゃあ、お願いね』
 「それくらい」に込められた意味は伝わっただろうか。いや、これで話は終わりという空気を纏ったことから伝わっていないだろう。
『おーい。お二人さん』
 その時、呼びかける声が室内に響いた。
 景一の声であることに声がした方を見てみれば、ドアの所に声通りの人物が立っていた。彼も心配で来たのだろうか。だが、景一から放たれたのは、特に良智には衝撃的なことだった。
『ドア開いてたけど、まさか、開けっ放しで話してたわけじゃないよな?』
『嘘ぉ!?』
『…………』
 そういえばそうである。良智は、純の肩を跳ねさせる程の勢いでドアを開けて入ってきた。そこに、ドアを閉める動作は見られなかった。あれだけ勢いよくければ、その反動で閉じていくことはあっても閉まりきるまでにはならないだろう。隙間ぐらいあいているはずだ。
 入ってきた時よりも大きい声に、良智もじぶんのこと言えないなと、純は思った。

 そんなオチで部屋でのやり取りを終えたのだが、その後の夕食は思った通りに気まずいだけだった。
 初めは、ドアが開いていたことで知られたかもしれないと心配していた良智らだったが、知られていないようであるとなると二人の緊張も解け、元の明るさに戻った。そこから、楽しげに話す二人には恋人同士という認識が純も強まることになり、居づらさだけが増えていくことになった。
 だいたい一週間半。いつの間にか良智と景一だけで楽しげにしていることがちょくちょくあったが、そうなって当たり前のことだったのだ。だが、知った純には居心地の悪さだけしか与えない。良智の強制だからと割り切るにも割り切れず、離れたい気持ちでいっぱいだった。やはり、いくらバレたくないとはいえ、二人だけの時間を作らせるべきだ。
 そう思ったのが今朝のこと。二日目の朝にしてその思いが強く出たのだから、早めになんとかしなければならないだろう。しかも、数席離れたところに発見した興と和也に助けを求める思いで視線を注いでいたのだが、気付いてくれた興に見事スルーされてしまった。
 そんな興へ瞳を動かしてみれば、他の生徒と同様ノートを取っている。
 彼に二人のことをどう思っているか聞くことを頼まれたのだが、それは純も気になることであった。
 昨日の態度では、何も思っていないんじゃないかと感じさせるほど素っ気なかった。その内側でも本当にそう思っているのか。
(興は男に告白されたらどうすんのかな)
 純はそんなことが浮かんだ。
(まあ、好きなら受けるだろうな。キスだってするだろうし)
 同性だろうが異性だろうが、好感があれば少なからず断る理由にはならない。キスも恋人同士の営みの一つなら、付き合うほど好きとなればするだろう。
 そんな事を巡らせていた純の脳内に蘇った記憶は、本当に脈絡がなかった。
 日曜日の出来事。興が横田に背後から押さえられ、妙に顔同士が近くなったところが思い起こされる。
(……! な、なんでそれが出てくんだよ!)
 純自身、驚き以外なんでもない。キスや付き合うということが考えられていたというのに、なぜ、押さえ込まれているのが出てくるのか。
 しかも、一部始終までもが思い出されてしまう。
(――……)
 これでは変態と一緒ではないだろうか。脳内のことでありながら純は焦ってしまった。誰かに読まれているわけでもないのに、それでも知られたくなさに机に伏せる。
(……なんで思い出すかなあ。そんなこと考えてないのに……おかしいだろ……!)
 純は否定した。それが自分の意思ではないことを強く主張しないと、まるでそんなことを考えている者のように思えてしまう。
「純?」
(キスが原因かな? きっとそうだ。良智と景一があんなところでしてなければ、こんなこと思い出すはずないって)
「純」
「…………」
 内心、勝手に言い訳をしていた純だったが、誰かに呼ばれているような気がした。
 今は授業中だ。もしや、伏せているのが教師に気付かれたのだろうか。
 伏せる=寝る=サボる=不真面目という方式が純の中にはある。意識していたことは授業に集中したことではないが、真面目にノートを取っていた。不真面目に見られるのは勘弁してもらいたい。でも、授業中に名前を呼ぶなんて教師ぐらいしかいない。
「純」
「はい!」
 焦りから現実に意識が戻り始めていた純の耳に、小さいがはっきりと呼ばれる声が聞こえ、純は反射的に身をもたげながら返事をした。
 が、
 皆が、不思議な顔をしてこちらを見た。前の席は驚いた顔をしているが、阿部も教壇に立ったままである。それどころか、黒板に向いていたとでもいうように、書いていた体勢のまま顔を振り向かせている。その顔も、生徒達と一緒だ。
「あれ……?」
 まるで、純がおかしな事をやらかしたような雰囲気だ。
 それはつまり、誰も純を呼んではいないということだ。
「どうしたんだ? 橋川」
 それを裏付けるように、阿部が怪訝に尋ねてくる。
「あ、えと……今、誰かに呼ばれた気がして……」
 しかも、呼び方が違う。事実を言うが、その事に、何より純が理解できずにいた。誰かが呼んでいたのは気のせいだったのだろうか。だが、聞き間違いなくはっきりと耳に入った。あれは、なんの声だったのか。
「幻聴か? まだ若いうちから聞こえてどうするんだ」
 誰も呼んでいないとなると、やはりそうなるのか。
「すみません」
「謝ることじゃないが、しっかりするようにな」
「はい……」
 怒られることはなかったが、若いうちからという言葉にはショックを感じた。
 阿部が黒板に向き直り、増えているまとめの続きを書き始める。
 純は鼻から息を出すように溜め息をついた。日曜日の一件を思い出しただけでなく、幻聴まで聞いてしまうなんて。
「純」
 その時、またしても呼び声が聞こえた。低められたかすかな声だったが、間違いなく幻聴ではない。
 聞こえた横を向いてみれば、少し伏せた姿勢で顔だけをこちらに向けている良智が目に入った。済まなさそうに苦笑いの顔がされ、そっと片手が縦に添えられる。
「…………」
 それが意味するものを、純は解釈できた。
 誰かに呼ばれていたようなのは幻聴でもなんでもなかったということだ。
 事実を知り、今度こそ純は、それでも控えめに溜め息をついた。

「おい、橋川! お前、何やってんだよ!」
「眠気吹っ飛ばしてくれたのはいいけど、笑いたくて仕方なかったぜ!」
 授業が終わるなり、近場のクラスメイトたちが寄ってきた。そりゃあ、不良とは別に悪ふざけをしたりする彼らにはいい笑い話だろう。皆して笑っている。
「うるさい」
 あれは、溜め息をつきはしたものの、気まずいや呆れではなく、恥ずかしいものだった。彼らが絶対いじりにくることも想像ついていた。そのため、純の受け答えもむっとしたものになってしまうというものである。
「俺、知ってるぜ」
「俺も知ってる」
 そんな純には構いもせず、やってきたクラスメイトたちに応じたのは前後の席の奴らである。後ろは見ていただろうし、前は聞こえていただろう。
「宮原が振ったんだぜ」
「なんで俺だすんだよ!」
 自分の名が出、良智は批判的な声を上げた。
「俺だって、まさかあんな返事されるなんて思ってなかったんだから!」
 むしろ、思う奴はいないだろう。純も立場が逆だったら驚いていた。でも、良智が呼びかけたりしなければ、純が勘違いすることはなかったのだ。
「分かってるって」
「やらかしたのは純ってことだな」
 だけれど、良智の反論も楽しげな彼らには流されてしまうことだった。それでいて、笑いを提供したのが純だと確定される。
 だがしかし、それを受け入れきれないのが当の純である。
 やらかしたことは認めるが、訳あってのこと。その訳をすっ飛ばして笑いのネタにはされたくない。
「俺だけなのか!?」
「やらかしたのはお前だろ」
「だってあれは……!」
「言い訳はいいからいいから」
 訳を言おうとするが、肩に腕を回されながら遮られたうえに、言い訳とまでされてしまう。
「言い訳じゃなくて!」
 言い返そうと純もするが、それに応じたのは可笑しくて笑う声だ。
「ホント、お前、やってくれるよなあ」
「ほんとほんと」
 肩に腕を回し、さりげなくそこに拘束しているそいつに皆が同意した。というか、「ホント」とは何か。皆の前で転んだことは何度かあるが、「ホント」とか「やってくれる」とかまで言われるようなことをした覚えはない。
 その中で動きがあったのは、そこでだ。
 鞄を手に立ち上がった良智が席を離れようとしている。
「あ。良智、逃げんのかよ」
「俺は部活なの!」
 声を上げるが、それ以上に強く返してくると、良智は駆けて教室を出ていってしまった。
 間違いなく逃げたのだ。じゃなきゃ走ったりしない。
 が、良智がいなくなってしまうと、ただでさえ対象にされているのがさらに濃さを増してしまう。このクラスで一番、悪ノリする連中でもあり、簡単には逃げられない。
「ああ、もう! いい加減離せよ。お前らも部活行け!」
「まあまあ」
「お前の方が大事だから」
 これ以上絡んでくるのを避けようとするが、笑顔で優先順位を言ってくる。
「何が大事だ!」
 ただ自分で遊びたいだけだろう。
「橋川―!」
 その時、違う所から加わってくる声があった。
「宮原止めなくていいのか? 絶対、部活でネタにされるぞ」
 そう伝えてきたのは、壁際の席、興の後ろの席の生徒だった。机に肘を突き、壁に寄りかかってこちらを見ている興は呆れた顔をしている。
「あ!」
 純が反応したのは、良智がすることではなく、ネタにされるという言葉にだ。
 慌てて立ち上がろう――として、腰が少し浮いただけで肩に腕を回していた奴にさまたげられてしまった。
「何すんだよ!」
「無駄だからやめとけって」
 怒鳴る純を明るい声で止める。
「そうそう。俺たちもちゃんと話してやるからさ」
 その発言で、純は気付いた。
「お前ら、サッカー部かよ」
「あれ? 知らなかったのか?」
「爆笑できるように話してやるからな」
「なんで爆笑なんだよ!」
 笑いを誘うようにならまだしも――それも嫌だが――、何故それを上回る笑いなのか。
「お前ら、もう、質悪い!」
 困りも含めて非難の声を上げる。
 しかし、悪ノリする彼らが聞き入れるはずがなく、困りもろとも笑ってあしらわれてしまっただけだった。

 そんなじゃれ合うクラスメイトたちを見ていた興は、呆れてしまっていた。
 不良でなくとも悪ふざけをしたり羽目を外したりする輩はいる。純の周りにいる者らもそうで、彼らにとって純はかっこうの的になっている。
「いや~、あいつが来てから、うちのクラスも笑い・・が増えたよなあ」
「…………」
 後ろの席の感想に、興は鼻から溜め息を吐いた。
「そんで、お前は呆れること多くなったよな」
 前後の席とは比較的会話があり、興の変化もいち早くに気付いている。
 だいたい、呆れずにはいられないことだ。純自身、遊ばれていることは分かっているようだが、的にされていることには気付いていないのだ。自らその原因を作っていることすらもだ。
 まだクラスメイトの性格を把握していないから仕方がないという思いはとっくに超えてしまっている。
「ああ、もう! いい加減にしろ!」
 今一度、興が鼻で溜め息をついたのと同時に、純の限界だというような叫びが上がった。

              □□□

 純と興は温室に向かっていた。
 だが、純は落ち込み気味だった。
 呆れきった興が入ってきてくれたことでクラスメイトから解放されたのだが、彼らから笑顔が抜けることがなかったうえに、遊ばれる原因が自身にあることを興から聞かされることにもなったからだ。
 純は溜め息をついた。
「なんだ、そんなにショックか?」
「まあ、それなりに……」
 ショックというより凹むという方がしっくりくるのだが、訂正する気力が沸かず、純は肯定しておいた。
「お前が気、引き締めてないからだろ」
「それなりには引き締めてるんだけど」
 全く引き締めていないわけではないが、きっちり引き締めているというわけでもない。ようは程々にだ。でもそれは、大体の者がそうなはずである。
「それなりにだろ」
 だが、興はそれを原因としているようだった。
「…………」
 そんな四六時中、気を引き締めていたら疲れてしまうだろうとも思ったのだが、自分の場合、そこまでする必要があるほどなのかという疑問も出てくることになり、反論が出てこなかった。しようとする気力も沸いてこない。
「ところで、興」
 この話題からも離れたくなり、純は内容を変えることにした。
「ん?」
「良智と景一のこと、どう思ってる?」
 聞いたのは、頼まれていたことだ。
「またずいぶんと話が飛んだな」
「まあ、ちょっと……実は、良智に自分たちのことどう思ってるか聞いてほしいって言われてて」
 ぼかそうと思ったが、訳を言った方が早いと思い直し、純は理由を説明した。
「別に、なんとも」
 相槌を打つと、興は答えた。
「偏見とかは?」
「ないな。好きなら好きで勝手にすればいいし、付き合いたいんなら付き合えばいいって思ってるからな」
「ふ~ん」
 あの時の素っ気ない反応は、憶測済みだからだけではなく、その思いもあったからなのだろう。
「お前も、あの後も一緒にいたけど、なんとも思ってないようだな」
 純の視線に気付く前に、興は自分たちがいたテーブルの横を通っている。その時、興は変なものを見る目をして通り過ぎていった。
「ああ、思ってない。けど、一緒にいたのは、知られたくない良智の強引もあって一緒にいたんだ。俺としては離れたかったんだけどさ」
 興があんな目をするほど何を思っていたのかは知らないが、知りながら一緒にいたからだということは察している。
 自分から一緒にいるわけではないことを伝えるためにも、純は理由を付け加えた。
「ああ、良智か」
 興の納得はそこだった。しかも声色にも、それでは仕方がないとでもいうような雰囲気まである。興にそんな感応をさせてしまうなんて、良智もなかなかの性格である。
 そんな一方で、純は興はどうなのかという思いが浮かんだ。
「……興はさ、誰か好きな奴とかいるのか?」
 純は聞いてみた。
「全然」
 また話を大きく変えすぎたかと思ったが、興は何も言わずに答えてくれた。
「そうなんだ」
 それを聞き、微かだが胸が上下した。
(って、なにほっとしてんだ俺……!)
 瞬後、安心したことに気付き、純は焦った。
 今の安心はどこから来たのか。
「お前は? 誰か好きな奴いんの?」
 そんな純の心の内など気付いた様子もなく、興は質問を返してきた。
「……俺は……」
 逆に聞き返され、純が浮かんだのは、『興』だった。
 隣にいて見ているのだから浮かんだというのも変だが、これを表すなら、興という名前が浮かんだと言えばいいだろうか。
 しかしである。興の名前が浮かんだということは、言われて意識するくらいには気持ちがあるということになるのではないか。
「……俺もいないかな。今までサッカーしか頭になかったし」
 とりあえず興の質問には答えなければならないと思い、純は答えた。言っていることは事実でもある。
 だがそれ以上に、思わぬ人物が出たことで動揺の方が出てしまい、まともに見れなくもなった純は、言いながら前を見る素振りで視線を逸らした。
(なんで興が……)
 彼は男だ。そうゆう趣味があるなしに関わらず、こんな短期間で恋心を抱くほどの関わりは持っていない。
「そうか」
「…………」
 納得する興を、純は横目で見た。
 なんだか動悸がする。
 きっと、良智と景一のキスや、日曜の一件を思い出したせいだ。
 興はいい奴だし、好感も持っている。けど、恋愛感情を抱くほどのことは起きていない。この動悸も動揺によるものだ。それを、恋愛によるものと勘違いしているだけである。
「…………」
 鼓動が高い自分に、純はそう言い聞かせた。
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指圧のことは、有乃にとっても何でその情報を得たのか、聞いたことがある気がするなあ……というくらいおぼろげな記憶です
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