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純情と非純情のあいまで
一-3
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□□□
「横田先輩たちのこと、意外に広まってないんだな」
「平和で何よりってことで、気にしてないんだろ」
純の話しかけに、興はどうでもよさげに返してきた。
純が入部して三日目。謹慎となった横田たちのことは生徒たちに知られていなかった。気付いていないのかなんなのか、登校していないことすら噂になっていない。三年の間でも語られていないのか、一年から三年まで集まる部活なんかでも話題に出ていないようで、良智と景一も知らないようだった。
「……そうなのかな」
「別にいいだろ。その分、誰が関わってるなんてことも知られることもないわけだしな」
学校一の問題児だ。噂になると思っていただけに純には気にさせられることだったのだが、興はむしろいいこととして捉えていたようだった。
「そりゃまあ……ただ、意外だなって」
興の言っていることは純も同感できることだ。ただ、これほどまでに噂がないことも疑問に思うことなのだ。
「それほど気にかけてないってことだろ」
そう言った興は推測も立ててくれた。
「厄介だけど、いなくなれば気にしなくても済むわけだしな。とくに三年はそうなんじゃないか? 知らされていたとしても、またかって感じでもあるだろうし。いないならいないで、意識すらしてなきゃ話題にすらでない。他の学年にも伝わるわけがない」
「……そうか……」
そういうこともあるらしい。学校一の問題児ということだけで、横田たちの脅威というのを純はまだ理解しきっていない。そのため、生徒たちの横田たちに対する心情というのもあまり分かっていないのだ。
「うわっ」
納得した純だったが、それはすぐに驚き声を上げることになった。
土が付いた草が顔面に飛んできたのだ。
「うっせえな。あいつらがいなきゃいないでいいんだから、思い出させるようなこと言うんじゃねえよ」
犯人は前――正確には、興寄りの前にいた島山だった。島山にとっても横田のことは思い出したくないことらしく、不機嫌な顔で非難してくる。
陰ながらも自分も関わったことを持ち出されたくないのかもしれない。
「だからって、土付いたまま投げてくることないだろ」
だが、悪いと思う前に純も非難が出る。視界に入ったのでぎりぎり腕で庇えたが、腕に当たったことで散った土が、結局、顔にまで飛んできたのだ。
純ら、園芸部員は今、温室の横にある畑の草取りをしているところだった。
畑といっても、野菜を植えているわけではない。顧問の趣味が混ぜられている園芸部らしく、花が植えられている。
温室の四分の一の広さで、花壇よりも整然と並んでいる様は売り物用かとも思わせるが、花瓶に挿すための花だという。温室の花は、顧問が花を好きになるきっかけでもあり、気に入っているものも多いため、わざわざ花瓶用の花を育てる場を作ってしまったというのだ。
それを聞いたのが昨日のこと。その時に、園芸部が阿部によって作られたことも知ることになった。温室も、阿部が動き出してから作られたものだという。
活動初日に佐々木が言っていた、趣味の手伝いだと思えばいいという発言は、あながち間違いではないということだ。
「ていうか、先輩で仲間だろ? そんなこと言っていいのかよ」
純は言い返した。いくら日曜のことがあるとしても、そう言うふうに言ってもいいのか。
「俺はあいつらが嫌いなんだよ」
島山は顔をしかめた。それだけ嫌いの度合いが強いということだ。教師に知らせたのも、その嫌悪があったからか。でも、そしたら何故、仲間なんかになっているのか。嫌いなら仲間なんかにならなければいいものを。不良には不良なりの事情があるのだろうか。
「で、お前はいつ辞めんだ?」
それは、純のことも嫌いだから辞めろという意味だろうか。きっとそうだろう。どうしてそうなると思える話の展開だが、嫌い繋がりで振ってきたことは確信できる。
「興が園芸部にいる限りは辞めないけど」
が、いちいち気後れしていられないと、昨日、良智にも言ったばかり。島山なんかにも屈するわけにはいかない。
「ちっ」
島山は隠すことなく舌打ちした。
「俺のことはあからさまだな」
そのあけすけな態度には、純も嫌悪を通り越して困りと怪訝がもたらされることになった。
島山が純を嫌っているようであることは、昨日ではっきりすることになっている。だが、島山と何かあったわけではない。そもそも、まともに会話すらしていない。なのに、この嫌われぶり。いったい何をしたというのか。
「たりめえだろうが」
あからさまな分だけ島山も堂々としたものだ。横田たちのこともあり、質の悪い絡まれ方をされるだろうとも思っていたが、島山のこれは予想外である。逆にどうしていいか困じさせられてしまう。
「何が当たり前なんだよ」
だが、そう言われても心当たりのない純には分からぬことだ。
「おい。条件のこと忘れるなよ」
そこで、黙って見ていた興が言葉を入れてきた。
「わあってるよ」
すると、文句が飛ぶことも反抗の態度もなく、不愉快そうながらも島山は聞き入れた。興は島山を静まらせる効果があるらしい。
「そんなことよりさ」
さらに今度は別の声が入ってきた。佐々木だ。
島山よりも少し離れた後ろで兼田と並んでいた佐々木がこちらを見ていた。兼田は様子を見守るというような感じで大人しくしている。
「手、動かせよ。草取りはここだけじゃないんだから、早く終わらせようとか思ってほしいんだけど?」
「そりゃ悪かったな」
真面目な言い分ではあったが、謝る島山に悪く思っている様子は微塵もなかった。
「島山はいいんだよ」
けど、仲間なだけあってか、佐々木の対応は優しいものだった。
「俺たちかよ」
「…………」
そこに入っていない興が不満げにする。その傍らで、純は自分の所為になるんだろうなという思いが過ぎっていた。気さくな感じではあるが、佐々木も自分には好感が薄いようだし、そう言いそうである。
が、それは考えすぎだった。
「そりゃあ、部長は率先して真面目にしなきゃいけないだろ」
興の方に批判は向いていた。部長と言ったのはきっと嫌味だろう。興がむっとする。
「人に押しつけておいてよく言う……」
下がった声音と声量で文句を放つと、興は反駁した。
「つうか、俺たちよりお前らの方が進んでないってどうゆうことだよ。お前こそ真面目にやれよ、副部長」
草取りは、畑の両端から、純と興、島山三人組とに分かれ、真ん中に向かっていくやり方をしていた。そんなやり方になったのは、純を嫌う島山のせいである。それでも純と興は順調に進み、落ち合うはずの真ん中を過ぎた所で島山とあった。だが、人数的にあきらかにペースが逆だ。しかも、遅れているのではなく怠けている佐々木に文句を言われたのでは、二人そっちのけで黙々と作業をしていた島山はもちろん、自分たちとて反感しか出てこない。
「俺たちの所は草が多くてなかなか進まないんだよ」
「嘘つけ。平然と言いやがって。数十分くらい真面目にしろよ」
まるで、悪態をついているかのようだった。佐々木と兼田が手を抜いていることは、笑い声が上がっていたことからも皆が知っていることだ。島山も、何も言わないが批判的な目つきになっている。
だが、純を強く意識させたのはその事ではない。
「佐々木が副部長?」
反撃するように言い返した興の最後の単語に向けられていた。
「副部長なんてのもいたんだ」
そんな意外まで抱く。
「お前、園芸部をなんだと思ってたんだ? 部活だと思ってなかったのか?」
佐々木に向けていた感情が嘘のように、興は呆れた声色になった。
「そんなことないけど。興しかまともに活動してないって聞いてたから、部長や副部長なんてできるほどじゃないって思ってたんだ」
だから、部長がいたこと自体が驚きだったのだ。しかも、副部長は腹黒の佐々木だ。三人の中から決めるなら、真面目さが一番ある島山の方がいいのではないか。
「まあ、そうも思えるか」
純の考えに興は納得を示した。考えそのものは島山も思えたことらしく、興と同じ感情が表情に表れている。
「終わったのかい?」
そこへ、この場の誰の者でもない声がかかった。
声のした方を見てみると、つなぎ姿の顧問が畑の脇に立っていた。
「あと、兼田と佐々木がここまでくれば」
興は答えた。
「俺たち!?」
それに兼田は声音を上げたが、他の三人は真面目にやっていたのだから当然の判断といえる。
「そのようだね。それじゃあ、残りは兼田と佐々木にやってもらうとしよう」
「えー!? 佐々木のせいだぞ!」
二人を見た顧問からも同じ判断がされ、兼田が声を荒げた。一緒になって不真面目だったくせに、なに佐々木のせいにしているのかと思えることだが、腹黒と認識してしまっている純には、佐々木が原因なのかと素直に受け入れられることだった。佐々木も何やら言い返していたが、仲間である島山すらそんな彼らなど見向きもしていなかった。
「君たちは花壇に移ろうか」
「はあ? 花壇までやんのかよ」
顧問の次なる指示に、面倒臭げにしていた。
島山たちは、頻繁にくるというわりには面倒臭そうに作業をしていることが多い。この三日間も、顧問が居ようが居まいが真面目に欠けた態度がほとんどだった。島山は二人より長く真面目でいるが、作業の変わり目や後半になっていけばいくほど嫌そうにしている。それで、怠けが出るだけで帰るわけでもないのだから、彼らは何しに来ているのか不思議なところがある。
「今のうちに頑張れば、週末辺りから休みにできるよ」
「何も出てこなければな」
意欲を掻き立てられそうな顧問の発言だったが、島山は喜色が過ぎるどころか期待すらしていないようであった。
純に声をかけながら移動を開始する興にも何の感情も含まれていない。期待できることではない経験があるのだろう。
「ほら、島山」
顧問に促され、島山は嫌々ながらもという感じで立ち上がった。兼田と佐々木は草取りに戻っているが、雑談も再開されている。
「三浦」
「ん?」
歩き出しながらの島山の呼びかけに、畑を出た興は振り返った。
「お前ら、校舎の周りな」
「なんでだよ」
歩んでくる島山の場所指定に、淡泊ゆえに非難がましそうに聞こえる口調で興は問いた。
「あっちまで戻るのメンドー」
理由は、実に大したことのないものだった。
「どこやろうが最後にはここに戻ってくんだから、変わんないだろうが」
「気分の問題」
島山も臆面なく言った。一方的だが、普段からそうなのか、許容範囲内なのか、顧問は何も言わない。
「ったく」
興も文句がましくそれだけを口にしただけである。当の島山は、これで決まったとばかりに興の脇を抜けていく。
「ああ。三浦」
「はい」
仕方がないというように興も歩き出すが、今度は思い出したという声を出した顧問に再び足を止めることになった。
「体育館横の物置に届いた道具類があるから、ついでに持ってきてくれないか?」
「分かりました」
頼みごとに返事をすると、興は歩き出した。今度は誰にも止められることなく、温室の陰に消えた。
校舎へは、一輪車一台と草取りに必要な道具を持って行った。帰りには、届いたらしい道具を一輪車に乗せていくという。
「なんか、ボランティア活動してる気分になってきた」
純は呟いた。
畑で言った通り園芸部という認識はあるのだが、その園芸部が顧問によって立ち上げられたもので、趣味にまでなっているようであるというのだ。さらに、佐々木が言っていた〝趣味の手伝い〟というのも合わさって、純の中で活動への見方が変わってきていた。
「学校でやるから部活になってるけど、場所が変わればそうもなるだろうな」
隣の興もそう言って共感した。けど、一年から入っている興は、それよりも違うところに気持ちがあった。
「ま。どっちでもいいけど、もう少し人手がほしいな。やることが少なくなればのんびりできるし、休みも増えるからな」
「やっぱ、人数の問題か」
他の部のように大会があるわけでなく、それに向けて気を張るということもない。花の管理や作業が終わってしまえばそれでその日は終わりだ。人数がいればそれを早く終わらせることができるわけだから、楽することを考えたとしても、そうするには現状問題と同じ活動人数の問題点が出るのだ。
そんな話をしながら向かった二人が着いたのは、校舎の一角、三年に絡まれた木立の近くである。
「校舎周りってのは、言葉のまんま校舎の周りのことと、体育館の周りのことを言うんだ」
「校舎の周辺ってことだな」
「そうだな」
佐々木と作業した場所より狭く感じるが、そういう範囲で区切っているということは、それなりの量があるということだ。
「んで、ここは意外なとこにあったりするから、まずは覚えるためにも見て回ってこいよ」
「興が案内してくれた方が早いと思うんだけど」
そんな意外なところにもあるというなら、探して回るより教えてくれた方が分かりやすいと思う。
「なるべく早く終わらせたいし。純が見て回ってる間に、俺が草取りしてれば早く終わると思ってな」
「ああ。なるほど」
覚える早さよりも、作業の終了を優先させてのことだったらしい。
「じゃあ、見て回ってくる」
納得する反面、それも作業しながらでもいいような気がしたが、興には興なりの考えがあるのだろうと思い、純は従うことにした。
「あと、物置の鍵が開いてるか確認してきてくれ」
「分かった。それじゃ行ってくる」
純は歩き出した。
「おう」
興もそれに返し、手袋をはめると作業に入った。
「横田先輩たちのこと、意外に広まってないんだな」
「平和で何よりってことで、気にしてないんだろ」
純の話しかけに、興はどうでもよさげに返してきた。
純が入部して三日目。謹慎となった横田たちのことは生徒たちに知られていなかった。気付いていないのかなんなのか、登校していないことすら噂になっていない。三年の間でも語られていないのか、一年から三年まで集まる部活なんかでも話題に出ていないようで、良智と景一も知らないようだった。
「……そうなのかな」
「別にいいだろ。その分、誰が関わってるなんてことも知られることもないわけだしな」
学校一の問題児だ。噂になると思っていただけに純には気にさせられることだったのだが、興はむしろいいこととして捉えていたようだった。
「そりゃまあ……ただ、意外だなって」
興の言っていることは純も同感できることだ。ただ、これほどまでに噂がないことも疑問に思うことなのだ。
「それほど気にかけてないってことだろ」
そう言った興は推測も立ててくれた。
「厄介だけど、いなくなれば気にしなくても済むわけだしな。とくに三年はそうなんじゃないか? 知らされていたとしても、またかって感じでもあるだろうし。いないならいないで、意識すらしてなきゃ話題にすらでない。他の学年にも伝わるわけがない」
「……そうか……」
そういうこともあるらしい。学校一の問題児ということだけで、横田たちの脅威というのを純はまだ理解しきっていない。そのため、生徒たちの横田たちに対する心情というのもあまり分かっていないのだ。
「うわっ」
納得した純だったが、それはすぐに驚き声を上げることになった。
土が付いた草が顔面に飛んできたのだ。
「うっせえな。あいつらがいなきゃいないでいいんだから、思い出させるようなこと言うんじゃねえよ」
犯人は前――正確には、興寄りの前にいた島山だった。島山にとっても横田のことは思い出したくないことらしく、不機嫌な顔で非難してくる。
陰ながらも自分も関わったことを持ち出されたくないのかもしれない。
「だからって、土付いたまま投げてくることないだろ」
だが、悪いと思う前に純も非難が出る。視界に入ったのでぎりぎり腕で庇えたが、腕に当たったことで散った土が、結局、顔にまで飛んできたのだ。
純ら、園芸部員は今、温室の横にある畑の草取りをしているところだった。
畑といっても、野菜を植えているわけではない。顧問の趣味が混ぜられている園芸部らしく、花が植えられている。
温室の四分の一の広さで、花壇よりも整然と並んでいる様は売り物用かとも思わせるが、花瓶に挿すための花だという。温室の花は、顧問が花を好きになるきっかけでもあり、気に入っているものも多いため、わざわざ花瓶用の花を育てる場を作ってしまったというのだ。
それを聞いたのが昨日のこと。その時に、園芸部が阿部によって作られたことも知ることになった。温室も、阿部が動き出してから作られたものだという。
活動初日に佐々木が言っていた、趣味の手伝いだと思えばいいという発言は、あながち間違いではないということだ。
「ていうか、先輩で仲間だろ? そんなこと言っていいのかよ」
純は言い返した。いくら日曜のことがあるとしても、そう言うふうに言ってもいいのか。
「俺はあいつらが嫌いなんだよ」
島山は顔をしかめた。それだけ嫌いの度合いが強いということだ。教師に知らせたのも、その嫌悪があったからか。でも、そしたら何故、仲間なんかになっているのか。嫌いなら仲間なんかにならなければいいものを。不良には不良なりの事情があるのだろうか。
「で、お前はいつ辞めんだ?」
それは、純のことも嫌いだから辞めろという意味だろうか。きっとそうだろう。どうしてそうなると思える話の展開だが、嫌い繋がりで振ってきたことは確信できる。
「興が園芸部にいる限りは辞めないけど」
が、いちいち気後れしていられないと、昨日、良智にも言ったばかり。島山なんかにも屈するわけにはいかない。
「ちっ」
島山は隠すことなく舌打ちした。
「俺のことはあからさまだな」
そのあけすけな態度には、純も嫌悪を通り越して困りと怪訝がもたらされることになった。
島山が純を嫌っているようであることは、昨日ではっきりすることになっている。だが、島山と何かあったわけではない。そもそも、まともに会話すらしていない。なのに、この嫌われぶり。いったい何をしたというのか。
「たりめえだろうが」
あからさまな分だけ島山も堂々としたものだ。横田たちのこともあり、質の悪い絡まれ方をされるだろうとも思っていたが、島山のこれは予想外である。逆にどうしていいか困じさせられてしまう。
「何が当たり前なんだよ」
だが、そう言われても心当たりのない純には分からぬことだ。
「おい。条件のこと忘れるなよ」
そこで、黙って見ていた興が言葉を入れてきた。
「わあってるよ」
すると、文句が飛ぶことも反抗の態度もなく、不愉快そうながらも島山は聞き入れた。興は島山を静まらせる効果があるらしい。
「そんなことよりさ」
さらに今度は別の声が入ってきた。佐々木だ。
島山よりも少し離れた後ろで兼田と並んでいた佐々木がこちらを見ていた。兼田は様子を見守るというような感じで大人しくしている。
「手、動かせよ。草取りはここだけじゃないんだから、早く終わらせようとか思ってほしいんだけど?」
「そりゃ悪かったな」
真面目な言い分ではあったが、謝る島山に悪く思っている様子は微塵もなかった。
「島山はいいんだよ」
けど、仲間なだけあってか、佐々木の対応は優しいものだった。
「俺たちかよ」
「…………」
そこに入っていない興が不満げにする。その傍らで、純は自分の所為になるんだろうなという思いが過ぎっていた。気さくな感じではあるが、佐々木も自分には好感が薄いようだし、そう言いそうである。
が、それは考えすぎだった。
「そりゃあ、部長は率先して真面目にしなきゃいけないだろ」
興の方に批判は向いていた。部長と言ったのはきっと嫌味だろう。興がむっとする。
「人に押しつけておいてよく言う……」
下がった声音と声量で文句を放つと、興は反駁した。
「つうか、俺たちよりお前らの方が進んでないってどうゆうことだよ。お前こそ真面目にやれよ、副部長」
草取りは、畑の両端から、純と興、島山三人組とに分かれ、真ん中に向かっていくやり方をしていた。そんなやり方になったのは、純を嫌う島山のせいである。それでも純と興は順調に進み、落ち合うはずの真ん中を過ぎた所で島山とあった。だが、人数的にあきらかにペースが逆だ。しかも、遅れているのではなく怠けている佐々木に文句を言われたのでは、二人そっちのけで黙々と作業をしていた島山はもちろん、自分たちとて反感しか出てこない。
「俺たちの所は草が多くてなかなか進まないんだよ」
「嘘つけ。平然と言いやがって。数十分くらい真面目にしろよ」
まるで、悪態をついているかのようだった。佐々木と兼田が手を抜いていることは、笑い声が上がっていたことからも皆が知っていることだ。島山も、何も言わないが批判的な目つきになっている。
だが、純を強く意識させたのはその事ではない。
「佐々木が副部長?」
反撃するように言い返した興の最後の単語に向けられていた。
「副部長なんてのもいたんだ」
そんな意外まで抱く。
「お前、園芸部をなんだと思ってたんだ? 部活だと思ってなかったのか?」
佐々木に向けていた感情が嘘のように、興は呆れた声色になった。
「そんなことないけど。興しかまともに活動してないって聞いてたから、部長や副部長なんてできるほどじゃないって思ってたんだ」
だから、部長がいたこと自体が驚きだったのだ。しかも、副部長は腹黒の佐々木だ。三人の中から決めるなら、真面目さが一番ある島山の方がいいのではないか。
「まあ、そうも思えるか」
純の考えに興は納得を示した。考えそのものは島山も思えたことらしく、興と同じ感情が表情に表れている。
「終わったのかい?」
そこへ、この場の誰の者でもない声がかかった。
声のした方を見てみると、つなぎ姿の顧問が畑の脇に立っていた。
「あと、兼田と佐々木がここまでくれば」
興は答えた。
「俺たち!?」
それに兼田は声音を上げたが、他の三人は真面目にやっていたのだから当然の判断といえる。
「そのようだね。それじゃあ、残りは兼田と佐々木にやってもらうとしよう」
「えー!? 佐々木のせいだぞ!」
二人を見た顧問からも同じ判断がされ、兼田が声を荒げた。一緒になって不真面目だったくせに、なに佐々木のせいにしているのかと思えることだが、腹黒と認識してしまっている純には、佐々木が原因なのかと素直に受け入れられることだった。佐々木も何やら言い返していたが、仲間である島山すらそんな彼らなど見向きもしていなかった。
「君たちは花壇に移ろうか」
「はあ? 花壇までやんのかよ」
顧問の次なる指示に、面倒臭げにしていた。
島山たちは、頻繁にくるというわりには面倒臭そうに作業をしていることが多い。この三日間も、顧問が居ようが居まいが真面目に欠けた態度がほとんどだった。島山は二人より長く真面目でいるが、作業の変わり目や後半になっていけばいくほど嫌そうにしている。それで、怠けが出るだけで帰るわけでもないのだから、彼らは何しに来ているのか不思議なところがある。
「今のうちに頑張れば、週末辺りから休みにできるよ」
「何も出てこなければな」
意欲を掻き立てられそうな顧問の発言だったが、島山は喜色が過ぎるどころか期待すらしていないようであった。
純に声をかけながら移動を開始する興にも何の感情も含まれていない。期待できることではない経験があるのだろう。
「ほら、島山」
顧問に促され、島山は嫌々ながらもという感じで立ち上がった。兼田と佐々木は草取りに戻っているが、雑談も再開されている。
「三浦」
「ん?」
歩き出しながらの島山の呼びかけに、畑を出た興は振り返った。
「お前ら、校舎の周りな」
「なんでだよ」
歩んでくる島山の場所指定に、淡泊ゆえに非難がましそうに聞こえる口調で興は問いた。
「あっちまで戻るのメンドー」
理由は、実に大したことのないものだった。
「どこやろうが最後にはここに戻ってくんだから、変わんないだろうが」
「気分の問題」
島山も臆面なく言った。一方的だが、普段からそうなのか、許容範囲内なのか、顧問は何も言わない。
「ったく」
興も文句がましくそれだけを口にしただけである。当の島山は、これで決まったとばかりに興の脇を抜けていく。
「ああ。三浦」
「はい」
仕方がないというように興も歩き出すが、今度は思い出したという声を出した顧問に再び足を止めることになった。
「体育館横の物置に届いた道具類があるから、ついでに持ってきてくれないか?」
「分かりました」
頼みごとに返事をすると、興は歩き出した。今度は誰にも止められることなく、温室の陰に消えた。
校舎へは、一輪車一台と草取りに必要な道具を持って行った。帰りには、届いたらしい道具を一輪車に乗せていくという。
「なんか、ボランティア活動してる気分になってきた」
純は呟いた。
畑で言った通り園芸部という認識はあるのだが、その園芸部が顧問によって立ち上げられたもので、趣味にまでなっているようであるというのだ。さらに、佐々木が言っていた〝趣味の手伝い〟というのも合わさって、純の中で活動への見方が変わってきていた。
「学校でやるから部活になってるけど、場所が変わればそうもなるだろうな」
隣の興もそう言って共感した。けど、一年から入っている興は、それよりも違うところに気持ちがあった。
「ま。どっちでもいいけど、もう少し人手がほしいな。やることが少なくなればのんびりできるし、休みも増えるからな」
「やっぱ、人数の問題か」
他の部のように大会があるわけでなく、それに向けて気を張るということもない。花の管理や作業が終わってしまえばそれでその日は終わりだ。人数がいればそれを早く終わらせることができるわけだから、楽することを考えたとしても、そうするには現状問題と同じ活動人数の問題点が出るのだ。
そんな話をしながら向かった二人が着いたのは、校舎の一角、三年に絡まれた木立の近くである。
「校舎周りってのは、言葉のまんま校舎の周りのことと、体育館の周りのことを言うんだ」
「校舎の周辺ってことだな」
「そうだな」
佐々木と作業した場所より狭く感じるが、そういう範囲で区切っているということは、それなりの量があるということだ。
「んで、ここは意外なとこにあったりするから、まずは覚えるためにも見て回ってこいよ」
「興が案内してくれた方が早いと思うんだけど」
そんな意外なところにもあるというなら、探して回るより教えてくれた方が分かりやすいと思う。
「なるべく早く終わらせたいし。純が見て回ってる間に、俺が草取りしてれば早く終わると思ってな」
「ああ。なるほど」
覚える早さよりも、作業の終了を優先させてのことだったらしい。
「じゃあ、見て回ってくる」
納得する反面、それも作業しながらでもいいような気がしたが、興には興なりの考えがあるのだろうと思い、純は従うことにした。
「あと、物置の鍵が開いてるか確認してきてくれ」
「分かった。それじゃ行ってくる」
純は歩き出した。
「おう」
興もそれに返し、手袋をはめると作業に入った。
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指圧のことは、有乃にとっても何でその情報を得たのか、聞いたことがある気がするなあ……というくらいおぼろげな記憶です
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