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純情と非純情のあいまで
一ー2
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くじ引きは、兼田に作らせている間に方法を思い付いた興によって島山も加わることになった。
やり方は、まず純以外のメンバーが場所が書かれたくじを引き、次に、島山が引いたくじ以外から純が引く。そして、純と同じものを引いた者が純と組むというものだ。そうすれば、組む相手も担当場所も一回で決められる。
そうして純が組むことになったのは、佐々木だった。
興でなかったことはがっかりだが、兼田よりはまともそうなのでそれで諦めるとする。
場所は、温室周りと、寮と校舎に行く分かれ道までである。
「まずは、温室と外に置いてある鉢の水かけ。それから草取りに移っから」
皆が担当場所に散っていき、二人だけとなった温室。佐々木は手順を簡単に説明した。温室は入っていなかったのだが、土を確認した興によって水やりが追加されることになった。
「蛇口はそことあそこ。あと、あっちの両側にもあっから」
花壇の手前の両端と向こうの両端を佐々木はそれぞれ指で示した。
「分かった」
了承すると、佐々木はさっそく動きだした。けど、向かったのは蛇口ではなく、作業場の端。そこに置いてあった椅子を花壇近くまで移動させてくると、当たり前のように腰掛ける。
「……やらないのか?」
誰が見ても、それが作業をする姿勢だとは思わないだろう。
「いくら阿部の趣味で諦めてても、する気があるかないかは別だしな」
それはつまり、活動する気がないということなのだが、純を気にかけさせたのは前半の部分だった。
「趣味?」
「俺たちは全員そう思ってる」
聞き返す純に、佐々木はそう言って聞き取った言葉を肯定した。
その全員に興も含まれているかは分からないが、そう取っている理由を続けて語る。
「やりだしたらこだわりが出てきたって言ってるし、あれもこれもって欲求出てるし、もう、好きって言っていいくらいだろ」
この花の多さは、女の代わりだけでなく、そういう背景もあってのことだったらしい。
純は溜め息をつくように相槌を打った。
「部員は、その趣味を手伝ってるって思ってもいいんじゃないか?」
そこまで思わせるほど、この園芸部は顧問の趣味が反映されているのか。不真面目な不良の言葉だからか、なんだか真実みを感じさせもする。
「分かったら、早くやれよ」
「…………」
促してくる佐々木だが、彼もやるよう非難すべきだろうかしないべきだろうか。
「なんだよ」
言いたげなのが目にでも表れていたか、佐々木は聞いてきた。
「不良のくせに出てるから、出る何かがあるのかと思ってた」
「不良らしくサボるのかって思えばいいだろ」
思い切って言うと、佐々木は臆面もなく言ってのけた。
それだけで、言うだけ無駄かもしれないという思いが出る。純は作業に入ることにした。
それで、近場でもある佐々木がいる方の蛇口へ向かったのは、不良ということで嫌さのある彼がいる側を初めに終わらせてしまおうと思ったからだ。でも、それは間違いだった。
「なあ、聞いてもいいか?」
「なに?」
「三浦の股間、ぶっちゃけどうだった?」
「は?」
そんなことを聞かれたのだ。いや、きっと、初めにやる終わりにやるは関係ないのだろう。
というか、彼は早くも条件を忘れてしまっているのではないか。
「顔埋めるだけじゃなく触ってまでいたし、気に入ったとか?」
「…………」
触ったというか触らさったのだが、なぜ彼はそんなことを知っているのか。廊下、もしくは三年に絡まれた時に見ていたのか。
「まさか、全く聞かれないとでも思ってたのか?」
黙ってしまったことで内心が読めたのか、人が悪そうにも見える笑みを佐々木は薄く浮かべた。どうやら、忘れたわけでもなんでもなく、意図して持ち出したものであったらしい。
「兼田はバカだから言うこときくこともあるけど、俺と島山は違うぞ」
「…………」
では、興の言ったことに安心した純も兼田と同じく馬鹿になるのだろうか。
「で? お前、股間、好きになったのか? 三浦、好きになるならまだしも、下半身、好きになるのはさすがに俺もどうかと思うけど」
「勝手に決めるなよ」
触ったことも知っているということだから、最低でも二回は目撃しているということだ。
二回も見ればそう取られてもしまうのかもしれないが、二回だけでそんな判断しないでもらいたいという思いの方が強い。というか、横田たちといい、どうしてそういう絡み方をしてくるのか。いくら想像できていたとしても覚悟していたとしても、それで絡むのはやめてほしい。
「だいたい、触らさったのだってわざとじゃないし」
無意味と分かりながらも純は言い返した。
「知ってる。見てたし」
「なら言うなよ」
無意味と思う反面、抜けきれていない拒絶が愚痴を零させる。
「言わなかったら、せっかく目、付けた意味ないだろ」
「…………」
はっきりと佐々木は言ってしまった。こうもはっきり言われてしまうと、それもそれで嫌悪を認識してしまわずにはいられないことだ。
「俺も押すなりして協力してやろうか?」
「嫌に決まってんだろ!」
純は言葉を強くした。三年と同じことが出るなんて、考えることはみな同じということなのか。
「別に横田たちのようなことまではしないけど」
「…………、は?」
そこに、事実が含まれている気がした。
横田との関わりは廊下でもあったが、〝横田たち〟と複数を示す事となると木立の中でのことしかない。
それを知っているような発言をしたということは、彼が見た〝触れられた〟というのは、廊下ではなく木立の中ということになる。
「もしかして、横田先輩たちのこと、見てたのか?」
見たということは、やり取りも見ていたということになる。
「まあな」
「な……」
予感したとはいえ、恬然とされた肯定には衝撃を受けてしまった。
だったら止めてくれればいいのにと気持ちが過ぎりもしたが、学校一の問題児を、たとえ同じ不良でも止めはしないだろうと思わさる。
それでもその思いは大きかったようで、小さくだが口をついて出てしまう。
「見てたんなら止めろよ」
「教師呼んでやったんだからいいだろ」
愚痴にもなった感情に返されるが、それもそれで疑問が湧いてくることだった。
「え?」
あの時、西町と顧問、後から他の教師も駆けつけてきた。気付いた者が知らせてくれたか、教師が気付いてくれたのかと思っていたが、今の言い方はそのどちらでもない。彼が関わっていたことを告げているものだった。
「佐々木が呼んだのか?」
「呼んだのは島山。俺と兼田は見張ってたんだよ」
「…………」
驚きの事実でもあった。
不良を止めさせようとするのに同じ不良が動いていたなんて。
「まさか、あんなに来るとは思わなかったけど、ちょうどよくはあったのかもな」
「数はな」
不良の数からいけば、確かにちょうどいい人数だった。が、来るのが遅かった。西町らが来た時に一緒に駆けつけていれば、あの場で全員を捕まえることができた。まあ、顔がわれていたので結局、全員が処分を受けたが。
だが、そこで気になることも出てきた。
「でも、なんで島山が?」
グループは違うが、不良としては仲間でもあり、同じく興に目を付けている一人でもある。加わるならまだしも、どうしてその逆の行動へと出たのか。
「知りたいか?」
「まあ」
そりゃあ、気になることだ。
「じゃ、禁止したことを持ち出したって言わなかったら、いずれ教えてやるよ」
だが、佐々木から放たれたのは口止めだった。
「は?」
つい、純は聞き返した。
「交換条件」
そんなことは言われなくても理解できている。分かっていて自分から振ってきたくせに、結局は知られたくないらしいことも分かった。分からないのは、いずれということだ。
「いずれってのは、教えた後に言われたくないから。日にちが経っても言わないってことがちゃんと分かれば、教えてやるよ」
そこのところは佐々木も疑念にされると分かっていたのか、純が振る前に自ら教えてくれた。
「…………」
質が悪い。純はそう思った。佐々木にとっても教師に伝わることは避けたいことだ。それを、回答と黙秘を引き替えにするなど。
得心しにくい顔になっていることは自覚できた。
純自身が自覚できるくらいだから、端から見ればもっと分かるはずだ。
「ほら、分かったら早くやれよ」
だが、佐々木はそんなこと気にもせず、作業開始を進めてくる。
「…………」
なんだか、異を唱えても意味がない気がし、純は言われるまま作業に入ることにした。
蛇口に近づき、ホースを手にしたところでふと、思わされる。
「それ、交換条件になるのか?」
純は振り向いた。佐々木からすればなるかもしれないが、純からしてみたら、わざわざ黙ってまで聞き出すことほどのことではないのではないか。分からないなら分からなくてもいいことだし、島山または教師にでも聞けばいいことだ。何も佐々木から聞く必要はない。
「ならないのか?」
佐々木はそのことに気付いていないらしく、逆に聞き返してきた。が、
「たぶん」
疑問を持ったから聞いたのだ。聞き返されても正誤を返しようがない。そのため、純は可能性としてそう答えておいた。
□□□
意外にかかった作業を終えて部屋に戻ると、先に戻ってきていた良智が食堂にも行かずに待っていた。
「純。部活どうだった?」
「人手が欲しいってのがよく分かった」
純は答えた。
作業内容はそれほど難しくないのだが、場所が多かった。温室だけならまだしも、学校のあちこちだ。移動にだってそれなりに時間を要する。島山たちが頻繁に来ているといっても、週に二、三回程度。興と顧問で動かねばならないようなもので、追いついていないともなれば、顧問でなくとも人手不足を感じてもしまうだろう。
「島山たちは?」
二つ目にして良智はそのことを聞いてきた。園芸部に決めたことを伝えた時も、馬鹿にまでした景一とは違って呆れはしたが、ずっと心配してくれていた。
「――一番、佐々木が性質悪いと思う」
純は感想を口にした。本気で思ってもいるため、まじめ腐った面持ちにもなっていたかもしれない。だが、そうなってしまう程、佐々木への印象は良くないものになっていた。
交換条件を出した後も、気さくな感じで話しかけてきたが、どこかかしこに性質の悪さを感じるところがあった。これが佐々木かと思えるほどで、兼田よりいいではなく、兼田の方がいいかもしれないと思えもした。
でも、そんな佐々木でも、脅し抜きででも知られたくないことがあるらしく、日曜のことに自分たちが関わったことを言ったことは誰にも、島山と兼田にも言うなと願いを入れてきた。いや、嫌な気配を感じたので脅してはいたのかもしれない。
「へえ。一番静かだからそれほどじゃないって思ってたけど、違うんだ」
意外にも、良智はあまり悪い印象は持っていなかった。誰かの仲間という影に隠れ、普段は本性を垣間見せてすらいないのだろう。髪の色を抜かせば、純も初めは一番まともそうに思えたぐらいだ。
「あれ、腹黒なんじゃないかと思う」
「そんなこと言えるくらいのことされたの?」
純の思いを、良智にはそう聞こえたらしかった。
「あー……」
されたと言えばされた。だが、けっして酷いものではなかった。嫌味と思えば嫌味とも取れ――嫌味も確かにあったが――返答に困る発言をされていた。その大半が、笑んでいるという笑い効果と揚げ足を取っての厄介さだ。行動に出ることもなく酷いと言えることもなかった。なんというか、裏を出し切らぬところで表と裏を使い分けている。そんな感じだ。総じて、悪質。質が悪いと純には思えた。
「なんて言えばいいんだろうな?」
こうされたとはっきり言えることはなく、口頭で言いにくいことをどう伝えればいいか浮かばず、純は疑問符を付けた。まあ、それでもあまりよくなく伝わるのは確かだが。
「純、やっぱ違うところにしたら?」
案の定、良智は良くない方で受け取った。
「でも、そしたら興が一人になるしな」
そうならないようにするために入部を決めたのだ。部活を変えたら意味がない。
「今までそれで興もやってきたんだってば」
それもそうか。一人でというのは慣れているか。
「それはそうだけどさ」
だが、まだ横田たちが卒業していない以上、これからは一人でいる状況はなくさないといけない。自分についた条件というのもあるし、なんとか出来るはずだ。むろん、会わないことが何よりなことだが。
「いいようには聞こえないんだけど」
「そりゃ、いいこと言ってないし」
その逆の悪いことも言っていないが。佐々木は、悪いことというより感想である。
「俺はやめた方がいいと思うんだけどなあ」
昨日からずっとぼやかれていたことだ。
「横田先輩たちもまれに出てるっていうし」
「――――」
それは意外だ。島山たち以外は完璧な幽霊部員だと思っていたが、そうでもなかったらしい。
それからとんでもないことを聞いたという思いに変わったのは、数秒後のことだ。
「――え? 良智、今なんて言った?」
「だから、横田先輩たちもまれに出てるんだって」
「…………」
もう一度発言を求めると、同じことを良智は言った。
そんなことは、顧問からも興からも聞いていない。それを知ったうえで決めたと思ったのだろうか。でも、ということはだ。横田たちとも作業するかもしれないということだ。興が絡まれ続けていたことが教師に明るみになったこともあり、生徒たちだけになるということはないだろうが、とんでもない情報である。
そしてそれには、嫌悪以外を抱くことにもなった。
瞼がゆっくりと下がり、半眼になる。
「良智。良智の情報、中途半端だな」
純は言った。
不良のことは、興のことを尋ねた日から聞いている。けれど、その時に一度に教えられたわけではない。後から教えられたこともある。そりゃあ、良智とて一度に言えるほど覚えているわけではないだろうが、重要だろうと言えることは後にしてはいけないだろう。今もまた、入部前に言っておくべきだろうことが口にされた。
「え? あー……」
聞き返す良智だったが、すぐに気まずげになった。自覚できたらしい。
「ごめん……」
言い訳もなく謝るということは、言い返せる理由もないということだ。
「あ、でも、ほら、部活の変更はできるから」
つまり、何かあったら変えればいいということだ。
「知ってる」
その意味には返さず、言葉にされたことだけに純は返した。
けれどもだ。純が入部を決意したのは、その横田たちに絡まれたからである。それに、彼らは部員だろうがなかろうが注意しなければならない対象であり、出ることがあるからといって怖じ気づくわけにはいかないことでもあるのだ。
すっかり忘れ去ってしまっていた横田たちのことと決意を思い出した純は、内心、心持ちを持ち直した。
「純。やっぱり変えたら?」
一方の良智は変更を進めてきた。自分の発言で、いっそう良くなく取らさったのだろう。
だが、嫌悪を引くと共に取り戻した心の引き締めは、純を強気にさせている。半眼も、この時にはすでに戻ってもいる。
「園芸部でいいよ。いちいち気後れしてたら切りないし」
純は言った。
「純って、意外に前向きっていうか……積極的っていうか……怖い物知らずなんだね」
最後、意味合いが一転した。それが良智の本音ということか。
「……相手は不良だし。強気でいかないととは思ってるけど」
言って返したくなったが、純はあえて無視することにした。
「……でも、それでもさ……」
「まずはやってみるよ。良智と景一にも迷惑かけないようにするから、心配しなくていいよ」
まだ気が進まぬげな良智に、純はそう言って言葉を返した。
不良に目を付けられると、周りは自分にまで影響が来ないよう距離を置く。それは良智も同じで、相手が純であろうと心配してしまわずにはいられないことなのだ。
「いや……まあ、それもあるけど……」
否定した良智だったが、漏らすような小声で認めた。
「まあ、条件もあるっていうし、大丈夫だとは思うけど……あんま、目、付けられるようなことはしないでよ?」
「分かってる」
日曜の一件は、良智たちには話していないので不良とのことは知らない。無論、言うつもりもない。
なので、もっともな心配をしている良智に、純は理解していることをしっかりと返した。
やり方は、まず純以外のメンバーが場所が書かれたくじを引き、次に、島山が引いたくじ以外から純が引く。そして、純と同じものを引いた者が純と組むというものだ。そうすれば、組む相手も担当場所も一回で決められる。
そうして純が組むことになったのは、佐々木だった。
興でなかったことはがっかりだが、兼田よりはまともそうなのでそれで諦めるとする。
場所は、温室周りと、寮と校舎に行く分かれ道までである。
「まずは、温室と外に置いてある鉢の水かけ。それから草取りに移っから」
皆が担当場所に散っていき、二人だけとなった温室。佐々木は手順を簡単に説明した。温室は入っていなかったのだが、土を確認した興によって水やりが追加されることになった。
「蛇口はそことあそこ。あと、あっちの両側にもあっから」
花壇の手前の両端と向こうの両端を佐々木はそれぞれ指で示した。
「分かった」
了承すると、佐々木はさっそく動きだした。けど、向かったのは蛇口ではなく、作業場の端。そこに置いてあった椅子を花壇近くまで移動させてくると、当たり前のように腰掛ける。
「……やらないのか?」
誰が見ても、それが作業をする姿勢だとは思わないだろう。
「いくら阿部の趣味で諦めてても、する気があるかないかは別だしな」
それはつまり、活動する気がないということなのだが、純を気にかけさせたのは前半の部分だった。
「趣味?」
「俺たちは全員そう思ってる」
聞き返す純に、佐々木はそう言って聞き取った言葉を肯定した。
その全員に興も含まれているかは分からないが、そう取っている理由を続けて語る。
「やりだしたらこだわりが出てきたって言ってるし、あれもこれもって欲求出てるし、もう、好きって言っていいくらいだろ」
この花の多さは、女の代わりだけでなく、そういう背景もあってのことだったらしい。
純は溜め息をつくように相槌を打った。
「部員は、その趣味を手伝ってるって思ってもいいんじゃないか?」
そこまで思わせるほど、この園芸部は顧問の趣味が反映されているのか。不真面目な不良の言葉だからか、なんだか真実みを感じさせもする。
「分かったら、早くやれよ」
「…………」
促してくる佐々木だが、彼もやるよう非難すべきだろうかしないべきだろうか。
「なんだよ」
言いたげなのが目にでも表れていたか、佐々木は聞いてきた。
「不良のくせに出てるから、出る何かがあるのかと思ってた」
「不良らしくサボるのかって思えばいいだろ」
思い切って言うと、佐々木は臆面もなく言ってのけた。
それだけで、言うだけ無駄かもしれないという思いが出る。純は作業に入ることにした。
それで、近場でもある佐々木がいる方の蛇口へ向かったのは、不良ということで嫌さのある彼がいる側を初めに終わらせてしまおうと思ったからだ。でも、それは間違いだった。
「なあ、聞いてもいいか?」
「なに?」
「三浦の股間、ぶっちゃけどうだった?」
「は?」
そんなことを聞かれたのだ。いや、きっと、初めにやる終わりにやるは関係ないのだろう。
というか、彼は早くも条件を忘れてしまっているのではないか。
「顔埋めるだけじゃなく触ってまでいたし、気に入ったとか?」
「…………」
触ったというか触らさったのだが、なぜ彼はそんなことを知っているのか。廊下、もしくは三年に絡まれた時に見ていたのか。
「まさか、全く聞かれないとでも思ってたのか?」
黙ってしまったことで内心が読めたのか、人が悪そうにも見える笑みを佐々木は薄く浮かべた。どうやら、忘れたわけでもなんでもなく、意図して持ち出したものであったらしい。
「兼田はバカだから言うこときくこともあるけど、俺と島山は違うぞ」
「…………」
では、興の言ったことに安心した純も兼田と同じく馬鹿になるのだろうか。
「で? お前、股間、好きになったのか? 三浦、好きになるならまだしも、下半身、好きになるのはさすがに俺もどうかと思うけど」
「勝手に決めるなよ」
触ったことも知っているということだから、最低でも二回は目撃しているということだ。
二回も見ればそう取られてもしまうのかもしれないが、二回だけでそんな判断しないでもらいたいという思いの方が強い。というか、横田たちといい、どうしてそういう絡み方をしてくるのか。いくら想像できていたとしても覚悟していたとしても、それで絡むのはやめてほしい。
「だいたい、触らさったのだってわざとじゃないし」
無意味と分かりながらも純は言い返した。
「知ってる。見てたし」
「なら言うなよ」
無意味と思う反面、抜けきれていない拒絶が愚痴を零させる。
「言わなかったら、せっかく目、付けた意味ないだろ」
「…………」
はっきりと佐々木は言ってしまった。こうもはっきり言われてしまうと、それもそれで嫌悪を認識してしまわずにはいられないことだ。
「俺も押すなりして協力してやろうか?」
「嫌に決まってんだろ!」
純は言葉を強くした。三年と同じことが出るなんて、考えることはみな同じということなのか。
「別に横田たちのようなことまではしないけど」
「…………、は?」
そこに、事実が含まれている気がした。
横田との関わりは廊下でもあったが、〝横田たち〟と複数を示す事となると木立の中でのことしかない。
それを知っているような発言をしたということは、彼が見た〝触れられた〟というのは、廊下ではなく木立の中ということになる。
「もしかして、横田先輩たちのこと、見てたのか?」
見たということは、やり取りも見ていたということになる。
「まあな」
「な……」
予感したとはいえ、恬然とされた肯定には衝撃を受けてしまった。
だったら止めてくれればいいのにと気持ちが過ぎりもしたが、学校一の問題児を、たとえ同じ不良でも止めはしないだろうと思わさる。
それでもその思いは大きかったようで、小さくだが口をついて出てしまう。
「見てたんなら止めろよ」
「教師呼んでやったんだからいいだろ」
愚痴にもなった感情に返されるが、それもそれで疑問が湧いてくることだった。
「え?」
あの時、西町と顧問、後から他の教師も駆けつけてきた。気付いた者が知らせてくれたか、教師が気付いてくれたのかと思っていたが、今の言い方はそのどちらでもない。彼が関わっていたことを告げているものだった。
「佐々木が呼んだのか?」
「呼んだのは島山。俺と兼田は見張ってたんだよ」
「…………」
驚きの事実でもあった。
不良を止めさせようとするのに同じ不良が動いていたなんて。
「まさか、あんなに来るとは思わなかったけど、ちょうどよくはあったのかもな」
「数はな」
不良の数からいけば、確かにちょうどいい人数だった。が、来るのが遅かった。西町らが来た時に一緒に駆けつけていれば、あの場で全員を捕まえることができた。まあ、顔がわれていたので結局、全員が処分を受けたが。
だが、そこで気になることも出てきた。
「でも、なんで島山が?」
グループは違うが、不良としては仲間でもあり、同じく興に目を付けている一人でもある。加わるならまだしも、どうしてその逆の行動へと出たのか。
「知りたいか?」
「まあ」
そりゃあ、気になることだ。
「じゃ、禁止したことを持ち出したって言わなかったら、いずれ教えてやるよ」
だが、佐々木から放たれたのは口止めだった。
「は?」
つい、純は聞き返した。
「交換条件」
そんなことは言われなくても理解できている。分かっていて自分から振ってきたくせに、結局は知られたくないらしいことも分かった。分からないのは、いずれということだ。
「いずれってのは、教えた後に言われたくないから。日にちが経っても言わないってことがちゃんと分かれば、教えてやるよ」
そこのところは佐々木も疑念にされると分かっていたのか、純が振る前に自ら教えてくれた。
「…………」
質が悪い。純はそう思った。佐々木にとっても教師に伝わることは避けたいことだ。それを、回答と黙秘を引き替えにするなど。
得心しにくい顔になっていることは自覚できた。
純自身が自覚できるくらいだから、端から見ればもっと分かるはずだ。
「ほら、分かったら早くやれよ」
だが、佐々木はそんなこと気にもせず、作業開始を進めてくる。
「…………」
なんだか、異を唱えても意味がない気がし、純は言われるまま作業に入ることにした。
蛇口に近づき、ホースを手にしたところでふと、思わされる。
「それ、交換条件になるのか?」
純は振り向いた。佐々木からすればなるかもしれないが、純からしてみたら、わざわざ黙ってまで聞き出すことほどのことではないのではないか。分からないなら分からなくてもいいことだし、島山または教師にでも聞けばいいことだ。何も佐々木から聞く必要はない。
「ならないのか?」
佐々木はそのことに気付いていないらしく、逆に聞き返してきた。が、
「たぶん」
疑問を持ったから聞いたのだ。聞き返されても正誤を返しようがない。そのため、純は可能性としてそう答えておいた。
□□□
意外にかかった作業を終えて部屋に戻ると、先に戻ってきていた良智が食堂にも行かずに待っていた。
「純。部活どうだった?」
「人手が欲しいってのがよく分かった」
純は答えた。
作業内容はそれほど難しくないのだが、場所が多かった。温室だけならまだしも、学校のあちこちだ。移動にだってそれなりに時間を要する。島山たちが頻繁に来ているといっても、週に二、三回程度。興と顧問で動かねばならないようなもので、追いついていないともなれば、顧問でなくとも人手不足を感じてもしまうだろう。
「島山たちは?」
二つ目にして良智はそのことを聞いてきた。園芸部に決めたことを伝えた時も、馬鹿にまでした景一とは違って呆れはしたが、ずっと心配してくれていた。
「――一番、佐々木が性質悪いと思う」
純は感想を口にした。本気で思ってもいるため、まじめ腐った面持ちにもなっていたかもしれない。だが、そうなってしまう程、佐々木への印象は良くないものになっていた。
交換条件を出した後も、気さくな感じで話しかけてきたが、どこかかしこに性質の悪さを感じるところがあった。これが佐々木かと思えるほどで、兼田よりいいではなく、兼田の方がいいかもしれないと思えもした。
でも、そんな佐々木でも、脅し抜きででも知られたくないことがあるらしく、日曜のことに自分たちが関わったことを言ったことは誰にも、島山と兼田にも言うなと願いを入れてきた。いや、嫌な気配を感じたので脅してはいたのかもしれない。
「へえ。一番静かだからそれほどじゃないって思ってたけど、違うんだ」
意外にも、良智はあまり悪い印象は持っていなかった。誰かの仲間という影に隠れ、普段は本性を垣間見せてすらいないのだろう。髪の色を抜かせば、純も初めは一番まともそうに思えたぐらいだ。
「あれ、腹黒なんじゃないかと思う」
「そんなこと言えるくらいのことされたの?」
純の思いを、良智にはそう聞こえたらしかった。
「あー……」
されたと言えばされた。だが、けっして酷いものではなかった。嫌味と思えば嫌味とも取れ――嫌味も確かにあったが――返答に困る発言をされていた。その大半が、笑んでいるという笑い効果と揚げ足を取っての厄介さだ。行動に出ることもなく酷いと言えることもなかった。なんというか、裏を出し切らぬところで表と裏を使い分けている。そんな感じだ。総じて、悪質。質が悪いと純には思えた。
「なんて言えばいいんだろうな?」
こうされたとはっきり言えることはなく、口頭で言いにくいことをどう伝えればいいか浮かばず、純は疑問符を付けた。まあ、それでもあまりよくなく伝わるのは確かだが。
「純、やっぱ違うところにしたら?」
案の定、良智は良くない方で受け取った。
「でも、そしたら興が一人になるしな」
そうならないようにするために入部を決めたのだ。部活を変えたら意味がない。
「今までそれで興もやってきたんだってば」
それもそうか。一人でというのは慣れているか。
「それはそうだけどさ」
だが、まだ横田たちが卒業していない以上、これからは一人でいる状況はなくさないといけない。自分についた条件というのもあるし、なんとか出来るはずだ。むろん、会わないことが何よりなことだが。
「いいようには聞こえないんだけど」
「そりゃ、いいこと言ってないし」
その逆の悪いことも言っていないが。佐々木は、悪いことというより感想である。
「俺はやめた方がいいと思うんだけどなあ」
昨日からずっとぼやかれていたことだ。
「横田先輩たちもまれに出てるっていうし」
「――――」
それは意外だ。島山たち以外は完璧な幽霊部員だと思っていたが、そうでもなかったらしい。
それからとんでもないことを聞いたという思いに変わったのは、数秒後のことだ。
「――え? 良智、今なんて言った?」
「だから、横田先輩たちもまれに出てるんだって」
「…………」
もう一度発言を求めると、同じことを良智は言った。
そんなことは、顧問からも興からも聞いていない。それを知ったうえで決めたと思ったのだろうか。でも、ということはだ。横田たちとも作業するかもしれないということだ。興が絡まれ続けていたことが教師に明るみになったこともあり、生徒たちだけになるということはないだろうが、とんでもない情報である。
そしてそれには、嫌悪以外を抱くことにもなった。
瞼がゆっくりと下がり、半眼になる。
「良智。良智の情報、中途半端だな」
純は言った。
不良のことは、興のことを尋ねた日から聞いている。けれど、その時に一度に教えられたわけではない。後から教えられたこともある。そりゃあ、良智とて一度に言えるほど覚えているわけではないだろうが、重要だろうと言えることは後にしてはいけないだろう。今もまた、入部前に言っておくべきだろうことが口にされた。
「え? あー……」
聞き返す良智だったが、すぐに気まずげになった。自覚できたらしい。
「ごめん……」
言い訳もなく謝るということは、言い返せる理由もないということだ。
「あ、でも、ほら、部活の変更はできるから」
つまり、何かあったら変えればいいということだ。
「知ってる」
その意味には返さず、言葉にされたことだけに純は返した。
けれどもだ。純が入部を決意したのは、その横田たちに絡まれたからである。それに、彼らは部員だろうがなかろうが注意しなければならない対象であり、出ることがあるからといって怖じ気づくわけにはいかないことでもあるのだ。
すっかり忘れ去ってしまっていた横田たちのことと決意を思い出した純は、内心、心持ちを持ち直した。
「純。やっぱり変えたら?」
一方の良智は変更を進めてきた。自分の発言で、いっそう良くなく取らさったのだろう。
だが、嫌悪を引くと共に取り戻した心の引き締めは、純を強気にさせている。半眼も、この時にはすでに戻ってもいる。
「園芸部でいいよ。いちいち気後れしてたら切りないし」
純は言った。
「純って、意外に前向きっていうか……積極的っていうか……怖い物知らずなんだね」
最後、意味合いが一転した。それが良智の本音ということか。
「……相手は不良だし。強気でいかないととは思ってるけど」
言って返したくなったが、純はあえて無視することにした。
「……でも、それでもさ……」
「まずはやってみるよ。良智と景一にも迷惑かけないようにするから、心配しなくていいよ」
まだ気が進まぬげな良智に、純はそう言って言葉を返した。
不良に目を付けられると、周りは自分にまで影響が来ないよう距離を置く。それは良智も同じで、相手が純であろうと心配してしまわずにはいられないことなのだ。
「いや……まあ、それもあるけど……」
否定した良智だったが、漏らすような小声で認めた。
「まあ、条件もあるっていうし、大丈夫だとは思うけど……あんま、目、付けられるようなことはしないでよ?」
「分かってる」
日曜の一件は、良智たちには話していないので不良とのことは知らない。無論、言うつもりもない。
なので、もっともな心配をしている良智に、純は理解していることをしっかりと返した。
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指圧のことは、有乃にとっても何でその情報を得たのか、聞いたことがある気がするなあ……というくらいおぼろげな記憶です
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