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キズは自分にしか分からないこと
三ー4
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□□□
純は廊下を歩いていた。
トレーナーというラフな格好をし、手には別の衣類を持っている。
顔が赤みをおびて火照っているのは、さっきまで風呂に入っていたからだ。今は、その帰りである。
ここは、トイレは各部屋と共用の二種類あるが、風呂場は共用のみとなっている。その代わり、大きめのが二つ備わっている。全生徒が入寮していることと時間に関する規則との関係で、集中する時間というのがだいたい決まっているからだという。かくいう純も、まさにその時間帯に入っていた。
今は一人だが、行く時は良智と景一も一緒だった。それが一人になっているのは、五日経っても大勢と入ることに慣れきっていない純だけが早めに上がってきたからである。
良智と景一は入学当時からいるということもあって慣れたもので、生徒が多い中、のんびりと浸り続けていた。他にも、周りを気にせずのんびりとしていた者や、後から来た者より長くいた者もいたので、やはり、慣れると大勢の中でも自分なりのペースでいられるようだった。
純の行く先に生徒の一団が現れたのは、玄関まで程よく近づき程よく離れたくらいまで来た時である。
玄関から、五人近くの生徒が中へと入ってきた。その全員が制服を着ている。
外は暗く、もう夜だ。こんな時間まで校舎に残っていた生徒がいたらしい。けれど、その思いは変えることになった。
その中に、温室で見た不良、たしか島山という名前だったかを発見したからだ。覚えの悪い純が覚えているのは、要注意人物として認識していたからである。
だが、彼がいたことで、不良の一団と判明することにもなった。しかし、こんな時間までどこに行っていたのか。外出はまだ可能ではあるが、門限は一時間を切っている。まあ、不良である彼らが律儀に守るとは思えることではないが。
まさか、噴水ではあるまいと思ってしまったのは、夕方のことを思い出したからだ。
「横田先輩」
ここに生徒が一人いることに気付いていないのか、後方にいた島山が、純がいる側とは逆側に曲がっていく前に向かって呼びかけた。
「やっぱ、連れてきた方がよかったんじゃないすか?」
振り向いた、先頭にいた生徒に島山は言った。
彼が横田らしい。男らしい顔つきをしているが、言って悪いが、態度が大きそうで、性格も悪そうである。
「自分で戻ってくるって言ったんだ。いつものことだし、大丈夫だろ」
心配いらないというより、心配していない口調で横田は後輩に返した。それに、全員ではないが、他の者達も同意する。
「…………」
運良く、純のことは気付かれなかったようだった。純も立ち止まっており、後に続いていた生徒で隠れていたのだろう。横田も、島山をちゃんと振り返っていたというわけでもなかった。
最後まで生徒がいたことに気付くこともなく、不良たちは食堂に入っていった。
しかし、全員が食堂の中に消えても、純はその場に立ち止まったままでいた。
「…………」
今のは、誰のことを言っていたのか。興のことか。そんな思いが巡らされていた。
夕方、興が林に入っていったこと。噴水は不良が集まる場所であること。そんな不良が今、戻って来たこと。
疑うキーワードとしては揃っている。
その思いもあり、気になった純は外を見た。
「あれ? 純?」
良智が部屋に戻ると、中は無人だった。
先に風呂を上がったはずの純がいるはずなのだが、ベッドを二つも置いてしまえば狭い部屋、どこにも姿が見当たらない。けれど、持っていったはずのパジャマ代わりの服の方がベッドに無造作に置かれていることから、戻ってきたことは確かだ。
「純?」
声を大きめにして呼んでみるが、返事はない。トイレに入っているわけでもないようである。そのことから、どこかへ行ったことが導き出される。
だが、今は八時も過ぎた時間だ。そんな時間にどこに行ったというのか。
「どこ行ったわけ?」
素行の悪い子供を持つとはこういうことかもしれない。むっとした気持ちで、良智は腰に手を当てた。
そんな感情を抱かせた当の純は、林の中にいた。
部屋に戻ったのだが気になってしまい、確かめてみようと思い切って出てきたのだ。
横田は大丈夫と言っていたが、島山が心配を見せていたわけだし。たとえ一人だろうが、他者を気にしないイメージもある不良が懸念にしたということは、興がそういう状態にいる可能性があるということだ。まさしく彼らに目を付けられているわけでもあり、心配が出てきてしまう。
興だと決定づける発言はなかったものの、ここまで来る間に純の中では興だと確定していた。
あのとき以来行っていない噴水へ、記憶を頼りに進んで行く。
そう時間もかからず、純は木々を抜けた。
開けた場所に着き、静かな中、中心にある噴水が水音を響かせている。以前と同じく出ている月明かりに水が反射し、いい雰囲気を醸し出していた。
そして、その前に興を発見した。噴水周りに敷かれている石畳のところに座り、呆けたように宙を眺めている。
しかし、それ以上に純の意識が向けさせられたのは、その格好だった。
制服のシャツだろうを一枚着ているだけで、他は何も身に纏っていないのだ。その代わり、よけられたかのように少し離れたところに衣服が散乱している。
「…………」
純に詳しい知識はない。だが、それが意味していることは理解できた。その相手が誰だったのかも、なんとなく想像できる。
そんな事後の興に声をかけるのは躊躇われたが、島山が心配していたこともあり、純は歩み寄ることにした。
「興」
「!」
三、四歩分くらい離れた所まで近づいたところで静かに声をかけると、興は目に見えるほど体をびくりと震わせ、反射的にこちらを振り向いた。
「…………」
その驚きの表情が、こちらを認めたことで別の驚きになり、目が瞠られる。
「お前……」
純が現れたことは思いもしなかったのだろう。それも当然か。小さく漏らされた声にも驚きが含まれていた。
「なんでいんだよ」
だが、次に言葉が出てきた時には、興の口調はぶっきらぼうになっていた。その声色には、見られたくないところを見られたものによるだろうものが含まれている。
「横田先輩たちが寮に戻ってくるのを見て。興が林に入ってくのも見てたから、気になって」
純は訳を語った。
興は、なんとも言えないような、複雑そうな表情をしていた。
「言ったらどうだ?」
そんな興に、純は言った。
何をされていたかなどの発言は、遠回しでも言わない。言わなくとも興が一番分かっていることであり、触れられたくないことのようであることが表情にも表れているからだ。
「……言えるかよ」
数秒の間の後、興は面を下げると言った。
「でも」
だが、その選択は納得できるものではない。同意ではない感応をしていて、こんなことが任意なわけがない。
「お前は、」
だが、言おうとした言葉は、先に興が開口したことで言えなかった。
「俺と同じ目に遭って……言いたいと思うか?」
顔は下げたまま、興は投じた。
「同じ男にされて、無理矢理でも感じまってるんだぞ」
それが、興の口を閉ざさせているということか。でも確かに、言い出しにくいことかもしれない。
「……みんなには知られないよう、教師だけには留めてもらうようにすれば……」
けどそれには答えず、純は述べた。そうすれば、知られることに一番懸念しているだろう生徒までには伝わらない。
「知られたくなくて、自分でなんとかできるって言ってる」
「できてないじゃんか」
思わずという感じで純は言葉を強くした。無理矢理と出た時点でもう任意ではないのだ。興一人で手に負えない事態になっている。
「言おう」
純は進めた。
「断る」
しかし、興は一言で断ってしまった。
「興」
「知られたくないんだよ。自分でなんとかできるって言ってて、こんなことされてるなんて」
窘めるように言うが、興も興で訴える声色をしていた。知られることへの恐怖もあるのか、そこには頑なさもある。
「でも……」
だからといって、このままにしていていいわけがない。
「…………」
興は黙ってしまった。下がっていた顔もさらに下がってしまっている。
「…………」
どうにかしたいと思う。でも、興の気持ちもある。そんな興には、純もかけていい言葉が浮かばなかった。
「……体、洗いたいんだ」
それから、何秒、何十秒は経ったのか。興が先に口を開いた。
「戻ってくれないか?」
「…………」
その頼みに、純はすぐには返事ができなかった。このまま残していくのは躊躇われたからだ。
「見られたくないんだ」
「……分かった」
そう言われ、純は聞き入れることにした。
心配しているとはいえ、興の気持ちも無視するわけにもいかないだろう様子を感じ取ったからだ。一人になりたい雰囲気が興を纏ってもいたのである。
純は踵を返した。
しかし、まさかこんな形で興の水浴びの理由を知ることにもなるとは。以前、目撃した時も、これのためだったのだ。あの夜、蹴るという敏感な反応をしていたが、敏感にもなってしまうわけだ。
噴水の中に入ったのだろう、背後から水の音がした。
「くそ……」
小さく吐き出されると、何やら悪態をつく声が聞こえてくる。そこには辛そうな色も混ざっていた。
その声音に、行こうとする足が思い留まろうとする。
だけれど、一人になりたいのに居続けたりしたら、よけい辛くさせるだけかもしれない。
気にかけないよう、声も聞こえなかった振りをし、純は止まりかけた歩を動かし、去って行った。
□□□
「純、どこ行ってたのさ」
廊下を抜け室内に足を踏み入れると、机にいた良智に開口一番、問いただされた。
「あー、ちょっと散歩?」
自分のベッドに歩んで行きながら純は答えた。疑問系になってしまったのは、今し方のことは言えるものではないことに、隠そうとするのに違和感のないものになっているか疑問に思ったからだ。
「散歩?」
ベッドに腰掛ける純に聞き返す良智は、確実に怪しんでいた。
「こんな時間に?」
「んー、まあ」
曖昧に返す。
そんな純に、良智は勘ぐってきた。
「まさか、噴水に行ってきたんじゃないよね?」
「なんでそうなるんだよ」
まさにその通りのことに、純は訝しげに問う反面、必要もない動揺を内心でしてしまう。
「だってさ、興のこと心配してたし」
心配というか気にかけていた。だがそれは、良智の腹の虫が鳴るまでだ。その後は正直、忘れていた。
「確かに気にはしてたけど」
でもこの場合、気にするも心配も似たようなものだろうと思い、そこのところは言葉違いで認める。だが、反駁できるところは反駁しておく。
「八時過ぎてんだぞ。いくら気にしてても、もう戻ってきてるって思うって」
今は、消灯時間まで一時間をとっくに切っている。興が出て行ったのは夕方。作業が残っていたのだとしても、普通ならとうに戻ってきていると思うほどの時間が経過している。良智は不良が帰ってきたところを見ているわけではないが、いくら心配していたとしても、どうしてそう思ったのか。
「じゃあ、どこに行ってたの?」
「あー……」
切り返され、純は言葉に困ってしまった。一週間経ったとはいえ、ここだとすぐに思いつくほどまだ慣れているわけではなく、納得させられるような場所がどこも浮かばなかったのだ。
外出したことは、疑うほどそんなに気にさせられることなのか。それとも、ただ単なる疑問なのか。でも、それにしては、目と声音には疑いが含められている。疑うと、少しでも繋がりがあると、疑ってしまうのだろうか。
「やっぱ、噴水じゃん」
考え倦んでいると、行き場所が判断される。
「ああー……はい……」
誤魔化そうとするだけ無意味かもしれない。そう思った純は認めることにした。
「興はいた?」
認めたからかなんなのか、隠そうとしたことに対して良智は何も言わなかった。興の存在を確認してくる。
「あー……いや……」
たとえ、居る居ないだろうが言うのはやめておいた方がいいだろう。
が、初めに言葉を選ぶように曖昧さを入れてしまったからか、またしても、良智を訝しませることになった。
「なに、その曖昧さ。もしかしていたんじゃないの?」
そう推測をつけさせまでする。
「あー……まあ……」
それでも、純は口を濁した。
「そう」
だが、さりげなく食い下がったくせに、曖昧ながらも肯定すると、良智の反応はそれだけで終わってしまった。素っ気なくさえ思えるほどだ。
居たのか居なかったのかだけを知りたかったのだろうか。何をしていたかなんてことは気にする様子もない。
そのことに、以前にも反応がなかったことを純は思い出すことになった。
興と接触したことを話した時のことだ。夜の噴水に興がいたことを、知っていたかのように良智も景一も反応を示さなかった。
今も、人の行動を怪しんでおいて、興がいたと知ると反応が薄くなった。
知っているのだ。だから、そこのところで反応が低くなるのだ。
「……なあ、良智」
純は聞くことにした。
「なに?」
「興が水浴びしてる……」
「知らないよ」
良智の返答は、純が言い切るよりも早かった。けどそれが、知っているという考えが正しいことを強める。
「本当に?」
今度は純が疑いを見せた。
「なんで疑うんだよ」
良智は不服そうにするが、それはさっきの良智に言いたい自分の台詞である。
そう言い返したくなった純だったが、知ることを優先することにした。
「だって、外で、しかも夜に水浴びなんて変だろ。なのに、全然気にしてないし。それって、知ってるからだろ?」
「ああ、なるほどね」
説明すると、良智は得心した。
「で?」
純は促した。
「……残念だけど、俺は知らないよ」
指摘されても迷いを数秒作ると、良智はそう答えた。
「水浴びしてるのを見たことはあるけど、聞いてないから知らない。興も言いたくなさそうにしてたし、聞けなかったからね」
嘘ではないだろう。知られたくない興は、教師にも言うのを躊躇っていたのだ。もっと知られたくない生徒には、なおさら言わないはずだ。
「純もそうじゃなかった? 噴水で二度も会ってるでしょ?」
「……そうだな」
純の場合、純が察したから事実を告げられたが、知られたくないという雰囲気は強くあった。
「でしょ? だから、気になっても聞かないことにしたんだ。知ってるのは、水浴びをしてる時があった。純も見たから、時がある、かな。それだけだから」
一部訂正を施し、良智は改めて自分が持つ情報がどれだけかを開示した。
これだと、景一も同じだろう。
「そっか……分かった」
事情を知らないからだが、二人して言わないとなると、自分も言わない方がいいのかもしれない。
そんな考えが過ぎった純は、己も言わないでおくことにした。
時刻はもう少しで二十時五十分を回ろうとしていた。
部屋にいた和也は落ち着かずにいた。
興から連絡も来ず、針だけが進んでいくことに心配だけが増していく。気を紛らわすための読書も、今では集中できなくなっている。
その時、ドアの開く音がし、和也は敏感に反応すると顔を上げ向けた。
壁で陰になっている短い廊下から、同室者の姿が現れる。
「興!」
咄嗟のような勢いで椅子から立ち上がると、和也は駆け寄った。
「帰ってこれた」
心配していた。まさにそんな態度の和也に興が言ったのは、そんな言葉だった。
「俺は心配してた」
言い返すように和也も心境を口にする。
「この前よりははるかに早い」
しかし、当の興は、こちらの心配が伝わっていないんじゃないかと思うくらい、普段と大差ない態度をしていた。いや、態度そのものは変わらないが、沈んだ空気の他にある暗さが今までとは違っていた。
この前とは、最近めっきり減った平日の呼び出しのことだ。しかも、夕食後しばらくしてからの呼び出しで、夜遅くまでずれこんだ日であり、体を洗っていたところを転校生に見られたという日でもある。
「何かあったのか?」
この前と比べることではないが、その暗さが気になり、和也は聞いた。
「……純に見られた」
少し俯くと、興は言った。
「はあ?」
が、それは、和也には意表を突かれたのと同じだった。
なに、二度も見られることになっているのか。いや、というか、何故また彼が出てくるのか。
だが、転校生が出てきたということは、いつもと違う所に呼び出されたということでもあるのか。
「噴水に呼び出されたんじゃないのか?」
和也は怪訝にした。
興が呼び出されるのは決まって噴水である。横田達が集まる場所として他の生徒が近づかなくなっているため、そこが最適な場所として使われているのだ。呼び出された時間も夕方後半で、夕食が取れる時間でもあり、純ら三人も食堂にいたのを和也は見ている。
あの日は、転校してきて幾日も経っていないので噴水に行っても仕方がないとしても、今日で六日目だ。さすがに友人から噴水のことを聞いているはずだ。
それから考えれば、彼が噴水に行くことはない。当然、見られるはずもない。なのに見られたとなると、どこで――どこに呼び出されたのか。
「噴水。あいつらが帰った後に来たんだ」
だが、横田たちの行動が変わったわけではなかった。転校生の方が、生徒がしない行動を取ってのことだった。そのことから、噴水のことは聞いていなかったのかとさえ思わせる。それとも、夜だから不良もいないと思ったのか。
「なんでだよ」
しかし、彼の行動は、怪訝にすることであり、和也には納得いかないことだ。けれど、その答えも興は聞いていた。
「横田たちが寮に戻ってくるのを見たみたいなんだ。俺が林に入ってくのも見たらしくて、気になってきたんだってよ」
「消極的な感じのくせに、行動力あるな」
興の前だからこその本音だ。
女子に好感を持たれそうないい外見なのだが、こう、ぱっとしないというか、冴えなさそうな奴に和也は感じていた。だからといって内向的な性格というわけでもないようであり、馴染みきっていないからそうなっているのだろうとも取れるが、どうも、見た目の良さに反し、積極性がないような雰囲気が感じ取れる。
「それで、なんか言われたか?」
けど、今は転校生について談議している時ではない。噴水でのことを進める。
「何されてたか想像できたみたいで、教師に言おうって言われた」
「そりゃ、そうなるよな」
まだ一週間しか経っていなくとも、情報があれば推理ぐらいできる。知ったばかりの者の判断には、和也は得心以上に同感した。
この学校では、こういった事に関して、他よりも取り組んでいる姿勢を見せている。
親たちの、将来への心配というものに応じてのことだ。
といっても、子供の将来のことというより、己の体裁のための方が強い。中には案じての親もいるかもしれないが、おおかたは前者だろう。
子の不祥事は、たとえ隠しても何かがあれば明るみに出る可能性もあり、その事実を隠蔽していたとなれば、自分たちの立場も危うくする問題へと発展しかねない。そういう不祥事を抱えることにならないようにするためにも、教師にその監視役がきているのだ。
それでも、介入の限度、目の行き届かないところはあり、そういったところで何かかしらが起きるものだ。学校一の問題児も、ばれなければいいと思って、教師の目をかいくぐって動いているのだ。
「やぱっり、言うべきなんだよ」
同意見が出たことで、和也はその事を再び持ち出した。
前にも促してはいたのだ。そうすれば、解決すると。
しかし、知られたくない思いを強く持っている興は、それをはねのけてしまった。
「……それで、またお前に何かあったらどうすんだよ」
「…………」
そう切り返され、和也は、そのことを興が未だ引きずっていることを理解することにもなった。
暴力事件として生徒にも知られている出来事は、実は強姦未遂である。
気に食わなさが彼らの中でどう捻れたのか、興を襲った時、その意思を明確に持っていた。
未遂で終わることができたのも、和也が乱入したことで不良たちの行為が遅れることになり、じゃっかん大きくなっていた騒ぎを聞きつけた生徒から報告を受けた教師たちが駆けつけたからだ。目撃者の生徒は争っているところだけを見ただけだったので、実体というのは分かっていない。そのお陰で、偽った暴力事件も通ることになったのだ。
だが、未遂とはいえ、男が同じ男にそういう目に遭ったというのはさすがに知られたくないと、生徒たちには目撃通りでもある、暴力事件として伝えることになった。和也のことも、巻き込まれたという部分だけになった。
しかし、復学した横田たちは改心しておらず、それほど期間を置かずして再び絡んでくるようになった。
和也はその状況から脱し、今では絡まれなくなっている。絡まれることももうないと思っている。そうなるよう行動してきたのだ。
けど、こちらを心配している興はそうではない。口で言う反面、本当に安全になったとは見ていない。それは前々から察していたことではあったが、強く興を縛ってしまっているまでになっていたとは知らなかった。
「だから言わない。あと今年、我慢すればいいだけだし」
興が言わないのも、実態が違うというのも大きいが、和也のことも抜け切れていなかったからだったのだ。
だが、〝だけ〟と言うも、まだ一学期も終わっていない。残り短いような言い方ができる短さではない。
「…………」
だけれど、和也は言い返さなかった。
言いたいことは喉元まで上がってきているが、言っても聞き入れないだろうことは、これまでのやり取りから分かりきっている。
「じゃ。俺、もう寝るな」
答えないことを了承と取ったのか、興はそう言って応酬を終わらせると、自分のベッドに向き直った。とりあえず着ているという感じの制服のブレザーを脱ぎ、布団の中に入る。
「おにぎりあるけど、どうする?」
返答は分かっていたが、一応、和也は声をかけた。食堂に行った時、作ってもらっていたのだ。今はラップを掛け、興の机に置いてある。
「いらない。明日食べる」
「分かった」
予想通りの返答に了承すると、興は頭まで布団を被った。距離を取りたい表れでもある。
「――――」
こちらの気も知らないで。
髪だけを覗かせている興に和也は内心思った。
だが、言ったところで意味のないこと。抵抗なく絡まれているが、それを甘んじて受け入れているからでも、意思が弱いからでもないのだ。
内心、溜め息を吐くことで諦めきれない気持ちを半減させると、和也は廊下と接する壁へと歩んで行った。
自分も寝るため、室内の電気を消した。
純は廊下を歩いていた。
トレーナーというラフな格好をし、手には別の衣類を持っている。
顔が赤みをおびて火照っているのは、さっきまで風呂に入っていたからだ。今は、その帰りである。
ここは、トイレは各部屋と共用の二種類あるが、風呂場は共用のみとなっている。その代わり、大きめのが二つ備わっている。全生徒が入寮していることと時間に関する規則との関係で、集中する時間というのがだいたい決まっているからだという。かくいう純も、まさにその時間帯に入っていた。
今は一人だが、行く時は良智と景一も一緒だった。それが一人になっているのは、五日経っても大勢と入ることに慣れきっていない純だけが早めに上がってきたからである。
良智と景一は入学当時からいるということもあって慣れたもので、生徒が多い中、のんびりと浸り続けていた。他にも、周りを気にせずのんびりとしていた者や、後から来た者より長くいた者もいたので、やはり、慣れると大勢の中でも自分なりのペースでいられるようだった。
純の行く先に生徒の一団が現れたのは、玄関まで程よく近づき程よく離れたくらいまで来た時である。
玄関から、五人近くの生徒が中へと入ってきた。その全員が制服を着ている。
外は暗く、もう夜だ。こんな時間まで校舎に残っていた生徒がいたらしい。けれど、その思いは変えることになった。
その中に、温室で見た不良、たしか島山という名前だったかを発見したからだ。覚えの悪い純が覚えているのは、要注意人物として認識していたからである。
だが、彼がいたことで、不良の一団と判明することにもなった。しかし、こんな時間までどこに行っていたのか。外出はまだ可能ではあるが、門限は一時間を切っている。まあ、不良である彼らが律儀に守るとは思えることではないが。
まさか、噴水ではあるまいと思ってしまったのは、夕方のことを思い出したからだ。
「横田先輩」
ここに生徒が一人いることに気付いていないのか、後方にいた島山が、純がいる側とは逆側に曲がっていく前に向かって呼びかけた。
「やっぱ、連れてきた方がよかったんじゃないすか?」
振り向いた、先頭にいた生徒に島山は言った。
彼が横田らしい。男らしい顔つきをしているが、言って悪いが、態度が大きそうで、性格も悪そうである。
「自分で戻ってくるって言ったんだ。いつものことだし、大丈夫だろ」
心配いらないというより、心配していない口調で横田は後輩に返した。それに、全員ではないが、他の者達も同意する。
「…………」
運良く、純のことは気付かれなかったようだった。純も立ち止まっており、後に続いていた生徒で隠れていたのだろう。横田も、島山をちゃんと振り返っていたというわけでもなかった。
最後まで生徒がいたことに気付くこともなく、不良たちは食堂に入っていった。
しかし、全員が食堂の中に消えても、純はその場に立ち止まったままでいた。
「…………」
今のは、誰のことを言っていたのか。興のことか。そんな思いが巡らされていた。
夕方、興が林に入っていったこと。噴水は不良が集まる場所であること。そんな不良が今、戻って来たこと。
疑うキーワードとしては揃っている。
その思いもあり、気になった純は外を見た。
「あれ? 純?」
良智が部屋に戻ると、中は無人だった。
先に風呂を上がったはずの純がいるはずなのだが、ベッドを二つも置いてしまえば狭い部屋、どこにも姿が見当たらない。けれど、持っていったはずのパジャマ代わりの服の方がベッドに無造作に置かれていることから、戻ってきたことは確かだ。
「純?」
声を大きめにして呼んでみるが、返事はない。トイレに入っているわけでもないようである。そのことから、どこかへ行ったことが導き出される。
だが、今は八時も過ぎた時間だ。そんな時間にどこに行ったというのか。
「どこ行ったわけ?」
素行の悪い子供を持つとはこういうことかもしれない。むっとした気持ちで、良智は腰に手を当てた。
そんな感情を抱かせた当の純は、林の中にいた。
部屋に戻ったのだが気になってしまい、確かめてみようと思い切って出てきたのだ。
横田は大丈夫と言っていたが、島山が心配を見せていたわけだし。たとえ一人だろうが、他者を気にしないイメージもある不良が懸念にしたということは、興がそういう状態にいる可能性があるということだ。まさしく彼らに目を付けられているわけでもあり、心配が出てきてしまう。
興だと決定づける発言はなかったものの、ここまで来る間に純の中では興だと確定していた。
あのとき以来行っていない噴水へ、記憶を頼りに進んで行く。
そう時間もかからず、純は木々を抜けた。
開けた場所に着き、静かな中、中心にある噴水が水音を響かせている。以前と同じく出ている月明かりに水が反射し、いい雰囲気を醸し出していた。
そして、その前に興を発見した。噴水周りに敷かれている石畳のところに座り、呆けたように宙を眺めている。
しかし、それ以上に純の意識が向けさせられたのは、その格好だった。
制服のシャツだろうを一枚着ているだけで、他は何も身に纏っていないのだ。その代わり、よけられたかのように少し離れたところに衣服が散乱している。
「…………」
純に詳しい知識はない。だが、それが意味していることは理解できた。その相手が誰だったのかも、なんとなく想像できる。
そんな事後の興に声をかけるのは躊躇われたが、島山が心配していたこともあり、純は歩み寄ることにした。
「興」
「!」
三、四歩分くらい離れた所まで近づいたところで静かに声をかけると、興は目に見えるほど体をびくりと震わせ、反射的にこちらを振り向いた。
「…………」
その驚きの表情が、こちらを認めたことで別の驚きになり、目が瞠られる。
「お前……」
純が現れたことは思いもしなかったのだろう。それも当然か。小さく漏らされた声にも驚きが含まれていた。
「なんでいんだよ」
だが、次に言葉が出てきた時には、興の口調はぶっきらぼうになっていた。その声色には、見られたくないところを見られたものによるだろうものが含まれている。
「横田先輩たちが寮に戻ってくるのを見て。興が林に入ってくのも見てたから、気になって」
純は訳を語った。
興は、なんとも言えないような、複雑そうな表情をしていた。
「言ったらどうだ?」
そんな興に、純は言った。
何をされていたかなどの発言は、遠回しでも言わない。言わなくとも興が一番分かっていることであり、触れられたくないことのようであることが表情にも表れているからだ。
「……言えるかよ」
数秒の間の後、興は面を下げると言った。
「でも」
だが、その選択は納得できるものではない。同意ではない感応をしていて、こんなことが任意なわけがない。
「お前は、」
だが、言おうとした言葉は、先に興が開口したことで言えなかった。
「俺と同じ目に遭って……言いたいと思うか?」
顔は下げたまま、興は投じた。
「同じ男にされて、無理矢理でも感じまってるんだぞ」
それが、興の口を閉ざさせているということか。でも確かに、言い出しにくいことかもしれない。
「……みんなには知られないよう、教師だけには留めてもらうようにすれば……」
けどそれには答えず、純は述べた。そうすれば、知られることに一番懸念しているだろう生徒までには伝わらない。
「知られたくなくて、自分でなんとかできるって言ってる」
「できてないじゃんか」
思わずという感じで純は言葉を強くした。無理矢理と出た時点でもう任意ではないのだ。興一人で手に負えない事態になっている。
「言おう」
純は進めた。
「断る」
しかし、興は一言で断ってしまった。
「興」
「知られたくないんだよ。自分でなんとかできるって言ってて、こんなことされてるなんて」
窘めるように言うが、興も興で訴える声色をしていた。知られることへの恐怖もあるのか、そこには頑なさもある。
「でも……」
だからといって、このままにしていていいわけがない。
「…………」
興は黙ってしまった。下がっていた顔もさらに下がってしまっている。
「…………」
どうにかしたいと思う。でも、興の気持ちもある。そんな興には、純もかけていい言葉が浮かばなかった。
「……体、洗いたいんだ」
それから、何秒、何十秒は経ったのか。興が先に口を開いた。
「戻ってくれないか?」
「…………」
その頼みに、純はすぐには返事ができなかった。このまま残していくのは躊躇われたからだ。
「見られたくないんだ」
「……分かった」
そう言われ、純は聞き入れることにした。
心配しているとはいえ、興の気持ちも無視するわけにもいかないだろう様子を感じ取ったからだ。一人になりたい雰囲気が興を纏ってもいたのである。
純は踵を返した。
しかし、まさかこんな形で興の水浴びの理由を知ることにもなるとは。以前、目撃した時も、これのためだったのだ。あの夜、蹴るという敏感な反応をしていたが、敏感にもなってしまうわけだ。
噴水の中に入ったのだろう、背後から水の音がした。
「くそ……」
小さく吐き出されると、何やら悪態をつく声が聞こえてくる。そこには辛そうな色も混ざっていた。
その声音に、行こうとする足が思い留まろうとする。
だけれど、一人になりたいのに居続けたりしたら、よけい辛くさせるだけかもしれない。
気にかけないよう、声も聞こえなかった振りをし、純は止まりかけた歩を動かし、去って行った。
□□□
「純、どこ行ってたのさ」
廊下を抜け室内に足を踏み入れると、机にいた良智に開口一番、問いただされた。
「あー、ちょっと散歩?」
自分のベッドに歩んで行きながら純は答えた。疑問系になってしまったのは、今し方のことは言えるものではないことに、隠そうとするのに違和感のないものになっているか疑問に思ったからだ。
「散歩?」
ベッドに腰掛ける純に聞き返す良智は、確実に怪しんでいた。
「こんな時間に?」
「んー、まあ」
曖昧に返す。
そんな純に、良智は勘ぐってきた。
「まさか、噴水に行ってきたんじゃないよね?」
「なんでそうなるんだよ」
まさにその通りのことに、純は訝しげに問う反面、必要もない動揺を内心でしてしまう。
「だってさ、興のこと心配してたし」
心配というか気にかけていた。だがそれは、良智の腹の虫が鳴るまでだ。その後は正直、忘れていた。
「確かに気にはしてたけど」
でもこの場合、気にするも心配も似たようなものだろうと思い、そこのところは言葉違いで認める。だが、反駁できるところは反駁しておく。
「八時過ぎてんだぞ。いくら気にしてても、もう戻ってきてるって思うって」
今は、消灯時間まで一時間をとっくに切っている。興が出て行ったのは夕方。作業が残っていたのだとしても、普通ならとうに戻ってきていると思うほどの時間が経過している。良智は不良が帰ってきたところを見ているわけではないが、いくら心配していたとしても、どうしてそう思ったのか。
「じゃあ、どこに行ってたの?」
「あー……」
切り返され、純は言葉に困ってしまった。一週間経ったとはいえ、ここだとすぐに思いつくほどまだ慣れているわけではなく、納得させられるような場所がどこも浮かばなかったのだ。
外出したことは、疑うほどそんなに気にさせられることなのか。それとも、ただ単なる疑問なのか。でも、それにしては、目と声音には疑いが含められている。疑うと、少しでも繋がりがあると、疑ってしまうのだろうか。
「やっぱ、噴水じゃん」
考え倦んでいると、行き場所が判断される。
「ああー……はい……」
誤魔化そうとするだけ無意味かもしれない。そう思った純は認めることにした。
「興はいた?」
認めたからかなんなのか、隠そうとしたことに対して良智は何も言わなかった。興の存在を確認してくる。
「あー……いや……」
たとえ、居る居ないだろうが言うのはやめておいた方がいいだろう。
が、初めに言葉を選ぶように曖昧さを入れてしまったからか、またしても、良智を訝しませることになった。
「なに、その曖昧さ。もしかしていたんじゃないの?」
そう推測をつけさせまでする。
「あー……まあ……」
それでも、純は口を濁した。
「そう」
だが、さりげなく食い下がったくせに、曖昧ながらも肯定すると、良智の反応はそれだけで終わってしまった。素っ気なくさえ思えるほどだ。
居たのか居なかったのかだけを知りたかったのだろうか。何をしていたかなんてことは気にする様子もない。
そのことに、以前にも反応がなかったことを純は思い出すことになった。
興と接触したことを話した時のことだ。夜の噴水に興がいたことを、知っていたかのように良智も景一も反応を示さなかった。
今も、人の行動を怪しんでおいて、興がいたと知ると反応が薄くなった。
知っているのだ。だから、そこのところで反応が低くなるのだ。
「……なあ、良智」
純は聞くことにした。
「なに?」
「興が水浴びしてる……」
「知らないよ」
良智の返答は、純が言い切るよりも早かった。けどそれが、知っているという考えが正しいことを強める。
「本当に?」
今度は純が疑いを見せた。
「なんで疑うんだよ」
良智は不服そうにするが、それはさっきの良智に言いたい自分の台詞である。
そう言い返したくなった純だったが、知ることを優先することにした。
「だって、外で、しかも夜に水浴びなんて変だろ。なのに、全然気にしてないし。それって、知ってるからだろ?」
「ああ、なるほどね」
説明すると、良智は得心した。
「で?」
純は促した。
「……残念だけど、俺は知らないよ」
指摘されても迷いを数秒作ると、良智はそう答えた。
「水浴びしてるのを見たことはあるけど、聞いてないから知らない。興も言いたくなさそうにしてたし、聞けなかったからね」
嘘ではないだろう。知られたくない興は、教師にも言うのを躊躇っていたのだ。もっと知られたくない生徒には、なおさら言わないはずだ。
「純もそうじゃなかった? 噴水で二度も会ってるでしょ?」
「……そうだな」
純の場合、純が察したから事実を告げられたが、知られたくないという雰囲気は強くあった。
「でしょ? だから、気になっても聞かないことにしたんだ。知ってるのは、水浴びをしてる時があった。純も見たから、時がある、かな。それだけだから」
一部訂正を施し、良智は改めて自分が持つ情報がどれだけかを開示した。
これだと、景一も同じだろう。
「そっか……分かった」
事情を知らないからだが、二人して言わないとなると、自分も言わない方がいいのかもしれない。
そんな考えが過ぎった純は、己も言わないでおくことにした。
時刻はもう少しで二十時五十分を回ろうとしていた。
部屋にいた和也は落ち着かずにいた。
興から連絡も来ず、針だけが進んでいくことに心配だけが増していく。気を紛らわすための読書も、今では集中できなくなっている。
その時、ドアの開く音がし、和也は敏感に反応すると顔を上げ向けた。
壁で陰になっている短い廊下から、同室者の姿が現れる。
「興!」
咄嗟のような勢いで椅子から立ち上がると、和也は駆け寄った。
「帰ってこれた」
心配していた。まさにそんな態度の和也に興が言ったのは、そんな言葉だった。
「俺は心配してた」
言い返すように和也も心境を口にする。
「この前よりははるかに早い」
しかし、当の興は、こちらの心配が伝わっていないんじゃないかと思うくらい、普段と大差ない態度をしていた。いや、態度そのものは変わらないが、沈んだ空気の他にある暗さが今までとは違っていた。
この前とは、最近めっきり減った平日の呼び出しのことだ。しかも、夕食後しばらくしてからの呼び出しで、夜遅くまでずれこんだ日であり、体を洗っていたところを転校生に見られたという日でもある。
「何かあったのか?」
この前と比べることではないが、その暗さが気になり、和也は聞いた。
「……純に見られた」
少し俯くと、興は言った。
「はあ?」
が、それは、和也には意表を突かれたのと同じだった。
なに、二度も見られることになっているのか。いや、というか、何故また彼が出てくるのか。
だが、転校生が出てきたということは、いつもと違う所に呼び出されたということでもあるのか。
「噴水に呼び出されたんじゃないのか?」
和也は怪訝にした。
興が呼び出されるのは決まって噴水である。横田達が集まる場所として他の生徒が近づかなくなっているため、そこが最適な場所として使われているのだ。呼び出された時間も夕方後半で、夕食が取れる時間でもあり、純ら三人も食堂にいたのを和也は見ている。
あの日は、転校してきて幾日も経っていないので噴水に行っても仕方がないとしても、今日で六日目だ。さすがに友人から噴水のことを聞いているはずだ。
それから考えれば、彼が噴水に行くことはない。当然、見られるはずもない。なのに見られたとなると、どこで――どこに呼び出されたのか。
「噴水。あいつらが帰った後に来たんだ」
だが、横田たちの行動が変わったわけではなかった。転校生の方が、生徒がしない行動を取ってのことだった。そのことから、噴水のことは聞いていなかったのかとさえ思わせる。それとも、夜だから不良もいないと思ったのか。
「なんでだよ」
しかし、彼の行動は、怪訝にすることであり、和也には納得いかないことだ。けれど、その答えも興は聞いていた。
「横田たちが寮に戻ってくるのを見たみたいなんだ。俺が林に入ってくのも見たらしくて、気になってきたんだってよ」
「消極的な感じのくせに、行動力あるな」
興の前だからこその本音だ。
女子に好感を持たれそうないい外見なのだが、こう、ぱっとしないというか、冴えなさそうな奴に和也は感じていた。だからといって内向的な性格というわけでもないようであり、馴染みきっていないからそうなっているのだろうとも取れるが、どうも、見た目の良さに反し、積極性がないような雰囲気が感じ取れる。
「それで、なんか言われたか?」
けど、今は転校生について談議している時ではない。噴水でのことを進める。
「何されてたか想像できたみたいで、教師に言おうって言われた」
「そりゃ、そうなるよな」
まだ一週間しか経っていなくとも、情報があれば推理ぐらいできる。知ったばかりの者の判断には、和也は得心以上に同感した。
この学校では、こういった事に関して、他よりも取り組んでいる姿勢を見せている。
親たちの、将来への心配というものに応じてのことだ。
といっても、子供の将来のことというより、己の体裁のための方が強い。中には案じての親もいるかもしれないが、おおかたは前者だろう。
子の不祥事は、たとえ隠しても何かがあれば明るみに出る可能性もあり、その事実を隠蔽していたとなれば、自分たちの立場も危うくする問題へと発展しかねない。そういう不祥事を抱えることにならないようにするためにも、教師にその監視役がきているのだ。
それでも、介入の限度、目の行き届かないところはあり、そういったところで何かかしらが起きるものだ。学校一の問題児も、ばれなければいいと思って、教師の目をかいくぐって動いているのだ。
「やぱっり、言うべきなんだよ」
同意見が出たことで、和也はその事を再び持ち出した。
前にも促してはいたのだ。そうすれば、解決すると。
しかし、知られたくない思いを強く持っている興は、それをはねのけてしまった。
「……それで、またお前に何かあったらどうすんだよ」
「…………」
そう切り返され、和也は、そのことを興が未だ引きずっていることを理解することにもなった。
暴力事件として生徒にも知られている出来事は、実は強姦未遂である。
気に食わなさが彼らの中でどう捻れたのか、興を襲った時、その意思を明確に持っていた。
未遂で終わることができたのも、和也が乱入したことで不良たちの行為が遅れることになり、じゃっかん大きくなっていた騒ぎを聞きつけた生徒から報告を受けた教師たちが駆けつけたからだ。目撃者の生徒は争っているところだけを見ただけだったので、実体というのは分かっていない。そのお陰で、偽った暴力事件も通ることになったのだ。
だが、未遂とはいえ、男が同じ男にそういう目に遭ったというのはさすがに知られたくないと、生徒たちには目撃通りでもある、暴力事件として伝えることになった。和也のことも、巻き込まれたという部分だけになった。
しかし、復学した横田たちは改心しておらず、それほど期間を置かずして再び絡んでくるようになった。
和也はその状況から脱し、今では絡まれなくなっている。絡まれることももうないと思っている。そうなるよう行動してきたのだ。
けど、こちらを心配している興はそうではない。口で言う反面、本当に安全になったとは見ていない。それは前々から察していたことではあったが、強く興を縛ってしまっているまでになっていたとは知らなかった。
「だから言わない。あと今年、我慢すればいいだけだし」
興が言わないのも、実態が違うというのも大きいが、和也のことも抜け切れていなかったからだったのだ。
だが、〝だけ〟と言うも、まだ一学期も終わっていない。残り短いような言い方ができる短さではない。
「…………」
だけれど、和也は言い返さなかった。
言いたいことは喉元まで上がってきているが、言っても聞き入れないだろうことは、これまでのやり取りから分かりきっている。
「じゃ。俺、もう寝るな」
答えないことを了承と取ったのか、興はそう言って応酬を終わらせると、自分のベッドに向き直った。とりあえず着ているという感じの制服のブレザーを脱ぎ、布団の中に入る。
「おにぎりあるけど、どうする?」
返答は分かっていたが、一応、和也は声をかけた。食堂に行った時、作ってもらっていたのだ。今はラップを掛け、興の机に置いてある。
「いらない。明日食べる」
「分かった」
予想通りの返答に了承すると、興は頭まで布団を被った。距離を取りたい表れでもある。
「――――」
こちらの気も知らないで。
髪だけを覗かせている興に和也は内心思った。
だが、言ったところで意味のないこと。抵抗なく絡まれているが、それを甘んじて受け入れているからでも、意思が弱いからでもないのだ。
内心、溜め息を吐くことで諦めきれない気持ちを半減させると、和也は廊下と接する壁へと歩んで行った。
自分も寝るため、室内の電気を消した。
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指圧のことは、有乃にとっても何でその情報を得たのか、聞いたことがある気がするなあ……というくらいおぼろげな記憶です
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