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キズは自分にしか分からないこと
三ー2
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放課後になり、純は外を歩いていた。
出向いた写真部が全員外に出払ってしまっており、部員を探して出てきたのだ。どんな部かは想像ついているのだが、どこまで本格的なのか気になるところもあり、見てみようと思ったのである。
(写真部、どこに行ったんだ?)
だけれど、純は見つけられないでいた。
校舎周りにはおらず、校舎から離れた所まできたというのに、らしき生徒すら見当たらない。美術部だろう、カンバスに向かっている生徒はいるのだが、カメラを持っている生徒はいない。
人物を撮っているのかとも思い、少し離れたところにある木々の向こうに発見したテニスコートだろうとその周辺を探ってみるが、そこにもらしき人影は見つけられない。午後の長い時間を利用し、敷地からも出てしまったのだろうか。今日はいつも以上に晴れ渡っているし、可能性はある。
「ああ、ちょっと君」
テニスコートの様子を見ていた丁度その時、逆側から声が聞こえ、純は振り向いた。
「悪いが、ちょっと手伝ってくれないか?」
すると、尻あたりぐらいまでの低い垣根の向こうに、五十代半ばから六十近いくらいだろうの年配の男がいた。土いじりでもしていたのか、手袋をはめ、土でじゃっかん汚れた作業服を着ている。いつの間にいたのかと思ったが、植木で隠れていただけだろう。
「手伝い、ですか?」
「ああ。運ぶのを手伝ってほしいんだ」
聞き返した純に、その年配はどういったことかを述べると腰を屈めた。一旦、背中以外が消える。
「はあ……」
簡単な内容のようではあったが、純は気が進まなかった。彼の着ている作業服が、景一が言っていた種類と同じだったからだ。
そのことから、彼が園芸部の顧問で間違いない。彼が純のことに気付いているかは不明だが――目を付け始めているかもしれないというのだから気付いてはいるだろう――願われるままに手伝えば、入部させられるかもしれない。
「あの……」
重なっている鉢を低木の脇に移動させた彼に歩みよると、純は確認することから始めた。
「園芸部の顧問の先生ですか?」
鉢まであればもう確定したようなものだが、念のためである。
「そうだが」
彼は肯定した。これで間違いなく本人である。
覚えるために彼の顔を意識して見るが、良智と景一が特徴を挙げられなかったのもうなずける教師で、どう説明していいのか難しい容姿をしていた。
「もしかして、私のことを聞いているのかな?」
一方、彼も彼で、尋ねられたことで思わせられることが出たようだった。今度は純が尋ねられる。
「それもありますけど……俺、写真に興味があるんです」
ちょうど探していたということもあり、純は写真部を理由にすることにした。
不良が入部しているからでは言いにくかったのだ。それも正当な理由ではあるだろうが、不良のせいで諦めているという噂も出るくらいだから、それだけ気にしているということでもある。そのことになんだか憚られたのだ。もう少し少なければ考えなくもないのだが、圧倒的に偏りすぎている比率では入る気は微塵も起きてこないというもの。
「そうなのか。仕方がない」
園芸部顧問はあっさりと引いてくれた。しかし、勧誘もしていないのに諦める言い方をするということは、やはり引き入れる気は持っていたということか。
「でも、これを運ぶのは手伝ってほしいんだ」
けれども、引き込む引き込まない関係なしに、人の手は必要としていたらしかった。もう一度頼んでくる。
「手伝うだけならいいですよ」
入れられる心配がないのならばそこまで断る理由はない。写真部も見当たらないし、手を貸すくらいいいだろう。
「助かるよ」
顧問は礼を言うが、部員はどうしたのだろうか。興は真面目に取り組んでいるらしいのでいるはずだが、呼ぶことは考えないのか。でも、純を引き入れることも考えているなら、本人を近場にして部員を呼んだりはしないだろう。
「これを温室に運んでほしいんだ」
言いながら、顧問はもう一つ、重なったプラスチックの長方形のプランターを低木の陰から移動させた。
「温室?」
だが、新しく聞いた場所名に、純は困じさせられることになった。
「あの、温室ってどこですか?」
良智に学校案内をしてもらいはしたが、温室なんてものがあるとは知らなかった。勧めていない部ということもあり、良智も触れなかったのだろうか。
「ああ。この道を真っ直ぐに行くと、左側にハウスが見えてくるから。それが温室だよ」
知らなかったのかと理解を示すと、顧問は敷地の奥の方を指さした。純もそちらを見る。
ここからでは見えなかったが、行けば分かるだろう。
「分かりました」
返事をすると、純は重そうな、丸い鉢が重なっている方を持ち上げた。陶器製なだけあってか、五個だけでも結構な重さがある。
「助かるよ。私は、作業が終わったら残りを持って行くから、それを運んでくれたら後はいいよ」
「分かりました」
それには躊躇いなく返事をすると、純は歩き出した。
言われた通りに進んでいくと、確かに左手にハウスがあった。
あれが温室だろう。左側に曲がった先にあり、けっこう大きめだ。道もそこまでのようで、その先は草地になっている。さらにその向こうにあるのは、学校を囲うようにある山の木々だ。
(外でもいいのかな……)
歩んで行きながら、純は疑問が浮かんだ。温室にということだけで置き場所は言わなかったから、中でも外でもいいということなのかもしれない。が、分かる場所には置いておかなければならないだろう。後から顧問も来るということだったし、温室前辺りに置いていても大丈夫かもしれない。
そう悩みながら進んでいくと、ちょうど頼れる者が現れてくれた。
園芸部の者だ。
園芸部だと分かったのは、温室の陰から曲がり出てきたのが、そうだと知っている興だったからである。
「あ」
純が声に出して反応したのと、彼が純に気付いたのはどちらが先だったか。
「なんでいんだ? つか、なに持ってんだよ」
近づいてきながら、興は怪訝そうに尋ねてきた。ブレザーとネクタイは外され、肘辺りまで腕まくりされたワイシャツ一枚になっている。まさに、作業をしていたという格好だ。
「鉢だよ。運ぶの頼まれたんだ」
「はあ?」
誰にとは言わなかったが、持っている物がなんであるか分かれば誰かも分かることだ。純の受け答えに、訝しげと呆れが興に表れた。
「お前な……」
それから呆れ一色になる。まあ、分からなくはない。手伝いも要注意であることを知りながら、しかも本人から頼みを受けたのだ。興にしてみれば、話をちゃんと聞いていたのかと言いたくもなることだ。
「入る気がないことは伝えてるから大丈夫だよ。写真部に興味があるとも言ってるし」
だがその反応は、応酬を知らないからこその反応だ。純は、何かを言おうとした興の言葉を遮り、対処済みであることを伝えた。
それに対し、興は小さな溜め息をついた。
「お前、呑気だな」
そんなことを言われる。
「そうかな」
そんなことを言われるような思考の回し方はしていないつもりだ。会わないための対策などを考えたりと、興が思っているだろう以上に考えを巡らせている。
「俺が園芸部のこと知ってるって知ったら、諦めたし、誘う気もないようだったけど。誘われなかったし、大丈夫だと思うんだけどな」
純は顧問の反応の説明も加えた。
「お前がそう思ったんなら、そうなんだろ」
そこまで言われ、興も純の言い分を認めたようだった。が、そこには紛れもない呆れが含まれている。
「なんでそんなに呆れてるんだよ」
その時の顧問の反応を知りもしないくせして、どうして自分の感情が正しいような態度なのか。崩れぬ興の態度には、さすがに純も不服になった。
「それより。ほら、置きにきたんだろ?」
だが、呆れしか抱いていない興は、純の感情を取り合わなかった。温室の入り口に歩み寄り、パイプとビニールだけでできた戸を開ける。
「そうだけど……」
しかし、それで純の意識も変わるかといえばそうでもない。受け答えはするものの、不服が残りまくっている。
けれど、興に気にすることはなく、中へと入っていってしまう。
「…………」
言いたいことはあったが、もしかしたら顧問は上手なのかもしれないという思いも出てきてしまい、結局、反論の言葉がなくなり、純も中に入ることにした。
中に一歩入っただけで、むっとした、熱が籠もった暑さが純に触れた。天気がいいため、温室の中の温度も上がったらしい。暑さに顔を顰めそうになったが、目に入った温室内の光景に、純の意識はあっさりとそちらへ向くことになった。
感心の吐息が漏れる。
視界に入ったのは、多くの緑だった。
レンガで二列に分けられた花壇の中に、たくさんの植物が緑の盛りを迎えたように植えられていた。近くに行かなくとも、種類や背丈が様々あることが分かる。温室とはいえ時期的にはまだ早いからか、蕾を開かせているものは少ないものの、花が咲けば見応えがあるだろうことが想像できる。
奥には観賞用だろう木まであり、ちょっとした植物園とも取れそうだ。
その木は仕切りでもあるのか、壁のように並んでいるその先は隠れているが、花壇の間と両端の所は空いており、そこからまだ奥にも空間があることが見て取れる。
そんな温室内は、半透明のビニールであることと、区切られた空間ということもあってか、外で日の光を受けるのとは違った明るさにも感じられた。白さのある光に満たされているような、そんな感覚である。
「……こうなってるんだ……」
純は漏らすように呟いた。学生の部活でも、園芸部とはここまで立派な物を造るらしい。
「おい、純」
「えっ?」
それなりに見応えのある空間に魅入っていた純は、鼓膜に入ってきた呼ばれる声にはっとさせられた。
「それ、ここに頼む」
横を向くと、興が端にある棚の前にいた。棚には園芸に関する用具だろうが置いてあり、その周りにも道具類が置いてある。興は、棚の前を指さしていた。
純はそちらへと歩みよった。
二人がいる温室の手前の部分は、花が植えられている区画とは打って変わって地味な場所になっていた。
テーブルというより、作業台のような木の台に、道具を片付けておく棚も木で、購入したというより手作り感の方がある。全体が木や土色で、作業場のような雰囲気が強い。立派な温室を造りながらも、あくまでも園芸部が使う場ということなのだろう。
「お前、平気そうな顔してるけど、それ、ずっと持ってて重くなかったか?」
「重かったけど、辛くはなかったかな。俺、体力もある方だし」
示された場所に鉢を置いた純は、言葉通り、これといって苦にした様子もない声音で答えた。
まだサッカーをしていた頃の部活のトレーニングでは、体力や足だけでなく、腕も鍛えささっていた。今は体を動かすこと自体していないが、体力も脚力も、そして腕力も、そこら辺の生徒よりは劣っていない自信がある。
「ふうん」
聞いたわりには、興は薄い反応だった。
けど、それを気に掛ける以上のことが、興の口から続けて吐き出される。
「転ばなくてよかったな」
「…………あ」
重大なことを思い出させてくれた。プラスチックならばまだしも、陶器では、転んで擦りむいただけでは済まさないことだ。いや、その心配はない。
「あ、でも、今日はもう起きてるし」
事実である。朝食を食べ終え、部屋にいる時に後遺症は出ていた。運良く止まっている時だったので、転びはしなかったが、朝に出たおかげで今日は安心して過ごすことができた。
「でも、二回転ぶこともあるよな」
「…………」
それには純は返せなかった。
実は、この五日間のうち二日分は、一日に二度、転んでいるのだ。必ず一日に一回しか転ばないというわけではなく、二回三回あってもおかしくないことでもあるのだ。なので、後遺症が出ているということも単に理由付けでしかない。けど、そのことも考えれば、鉢を持っている時に現れなくて本当よかったことである。
「ああ……ところで、写真部知らないか?」
胸中でほっとする一方、早く離れたい話題に、純は己の目的に戻すことにした。
「……そこら辺にいるんじゃないか?」
興なら逸らそうとしたのだと察せただろうが、何も言わずに返答してくれた。まあ、答えるのに数瞬の間があったことから、絶対、気付いているだろうが。
「いなかった。だから、運ぶだけならってことで、手伝うことにしたんだ」
「ふ~ん」
なんとも素っ気ない感応である。ちゃんとした理由があることを言ったというのに。信じていないのだろうか。
「今日の写真部な……」
それでも行方は考えてくれるらしい。
「写真部なら、遠出するって言ってたの聞いたぞ」
そして居場所を教えてくれたのは、第三の声だった。
その声にそちらを見てみれば、三人の生徒が近くまで歩み寄ってきているところだった。
おそらく不良だろう。いや、興以外がそうだというのだから、十中八九そうである。頻繁に出る不良もいるということだったので、彼らがそうだろう。興と同じようにブレザーとネクタイが取られ、腕まくりをしたり、胸元が開け広げられていたりする。
「あー、そうなの」
興の反応は薄かった。でも、だから見当たらなかったわけだ。
「話し声が聞こえたから阿部が戻ってきたのかと思ったのに。違うしよ」
一方、愛想もなく返されたわりには、真ん中にいる不良は特に気分を害した風はなかった。そのかわり、目的の人物がいなかったことに不満も表す。そんな彼は、染めたこともないような黒い髪をしており、一見すれば不良には見えない。ただ、態度がよろしくなさそうな雰囲気がある。
「思い出した」
と、何やら思考している表情になっていた茶髪の不良が、ひらめきが出たとでもいうように声を上げた。
「お前、この前、三浦の股間に顔埋めてた奴だろ」
彼が思い出したのは、純自身も焦ったアクシデントのことだった。顔は一転してにやりとしており、からかいの的にされたとでもいうような嫌な感じしかさせない。
「へえ、こいつが?」
それを聞き、面白いことを聞いたような笑みを浮かべたのは、金髪と、三人の中で一番目立つ髪色をしている不良だ。彼は、知ってはいるが見てはいなかったらしい。だが、不良らしい色合いの髪に反して、微笑んでいる様子は不良らしくなく、ゆえに、性質が悪そうな印象を強く受ける。
「見事に転んでたよな」
対して、黒髪の不良は目撃していたようであった。彼も笑みが浮かんでいたが、こちらは馬鹿にしたような笑みだ。
「あ、あれは……っ」
だが、不良だろうがなんだろうが、あれは思い出したくない一つであり、からかわれたくもないことだ。れっきとした理由があることでもあり、――無論、言うつもりはないが――訴えようとする。
しかし、それを遮ったのは、意外にも興だった。
「言うだけ無駄だからやめとけ」
相手にするなというより、相手にする気がないとでもいうように止める。
「あ?」
そんな興に反応を示したのは、黒髪の不良だ。
「だってそうだろ? なに言ったってからかったり馬鹿にしたりすんなら、なに言ったところで意味ないってことだし、言うだけ無駄ってことだろ」
「――ちぇ」
興の言い分はもっともなものだった。不良にも伝わったらしく、面白くなさそうに茶髪から舌打ちがなされる。
「ホント、可愛げなくなってくよな」
金髪からも嫌みが飛んでくるが、格好いいと言える相手に可愛げとは、どういったことに対しての意味なのか。
「お前らがそうさせたんだろ」
しかし、興も興であっさり投げ返してしまう。相手は不良だというのに。ちょっかいを出されていることで、不良への耐性がついているのだろうか。もしかしたら、さりげなく口調が良くないのもその所為だったりするのかもしれない。
その、全く相手にする気のない興には不愉快になったのだろう。特に金髪が気に入らなさそうな雰囲気を強くする。
「なんだ、そんな所に集まって。何してるんだ?」
新たな声が入ってきたのは、まさにその時だった。
顔を向けてみれば、先ほど会った園芸部の顧問が温室の中に入ってきていた。作業が終わって彼も来たみたいだ。自分で持って行くと言っていたプランターも抱えられている。
「なんでもねえよ」
教師の存在は抑制剤としても働いているが、陰でと効果を発揮しきれていない。しかし言い換えれば、教師の前では効果があるということだ。
それを示すように、顧問が登場したことで不良たちが気まずそうにした。詮索されたくないとでもいうように去って行こうとする。
「ああ、これも持って行ってくれないか?」
顧問は何も言わなかったが、前辺りまで来た彼らに頼み事をした。
それに、彼に近かった茶髪の不良が立ち止まり、プランターを受け取る。
「あと、君が持ってきた鉢はどこかな?」
顧問がこちらを見た。
「ここ」
その尋ねには興が答える。
「じゃあ、それも頼むよ。佐々木」
顧問は、真ん中の通路を使って先に進んでいた二人へと言葉を飛ばした。
応じたのは、金髪の不良だ。彼が佐々木というらしい。嫌がることもなければ返事をすることもなく戻り始める。部活動に参加しているだけあり、指示はちゃんと聞くらしい。
だが、顧問の言葉で動きを変えたのは金髪だけではなかった。黒髪も立ち止まる。
「まさか、また花植えるっていうんじゃねえだろうな」
不穏なことを聞いたようなに振り返る。
「花はいくらあっても足りないだろう」
「十分、足りてるわ!」
黒髪は声を荒げた。
「増やしすぎだっつうの! もうちっと考えろよ!」
言わずにはいられないという感じで叫ぶ。
「島山、邪魔」
そんな黒髪に声をかけながら、茶髪が通り過ぎようとしていくが、叫ぶ勢いのままに彼にまで怒声が飛ぶということはなかった。
「花がない分、花に癒やしを求めたい気持ちを分かってくれてもいいだろうに」
対して、顧問は嘆くとまではいかないが、理解ない相手に言うように講じた。
そんな掛け合いをしている中、棚の所まで来た金髪が話しかけることもなく、純が運んできた鉢を持って行く。
「限度があんだろうが!」
一方、黒髪は感情が高ぶってしまったらしく、怒鳴る声量が下がらずにいる。
「島山ー、諦めろって」
「そうそう。なに言ったって無理なんだって」
そんな彼に、仲間二人が諦めを促す。先ほど、興が彼らに言っていたことと同じことだ。だが、それでは黒髪の感情が落ち着くまでになるものではなかった。
「管理しきれねえで俺たちにまで回ってきてんだぞ! 増えりゃ増える分だけ俺たちの負担も増えんだよ!」
さらに声を荒げ、被る影響というものを告げる。
「あー、それ困る」
「面倒なんだよ。ホント」
自分たちが受ける被害というのを教えられ、彼らも問題を理解したらしかった。しかしながら、諦めの方が勝っているのか、理解は示すが同調は低い。黒髪も、本当に分かってんのかとかみついているが、仲間の反応はやはり低いようである。そしてその反応もまた、先ほどの興と同じものだ。
そしてその興は、純の脇で、呆れたような納得しているような目つきになっている。黒髪の言い分は、真面目にやっている者でも同意できてしまうことらしい。
「花がないってどういうこと?」
けど、関係のない自分には分かりきるものではない。顧問の発言で意味が分からない部分について、純は質問した。
「女がいない分、花に癒やしを求めるってことだよ」
「ああ、そういうこと」
純は大いに納得できた。だからそれで、男子校にしては学校のあちこちに花があるわけだ。
温室もあり、さらにそこへ増やされることは、真面目な部分を見せながらも不良である者の言い分に一般生徒が納得を示すくらい多いということでもある。
怒鳴っていた黒髪も最終的には諦めたらしく、しかし、ぶつぶつと文句を言いながら、壁を作っている木の向こうに消えていった。
「ところで、君」
不良全員がいなくなると、今度はこちらへ顧問の声がかかった。
「写真部はいいのかい?」
「遠出したらしくて。今、学校にいないらしいんです」
動揺することでもなんでもないことだが、避けようとしていることもあり、内心どきりとした純だったが、なんとかおくびにも出さずに答えた。
「そうだったのか」
教師でも、部が違えば行動は分からないことらしい。顧問も今、知ったような反応をした。
「じゃあ、今日はここの部でも見学していくかい?」
「……見学だけなら」
写真部がいないのであれば訪ねようもない。提案されたことに、純は限定付きで聞き入れることにした。
「なら、彼に案内してもらうといい。同じクラスだし、気も楽だろう。私は、さっきの彼らに付かなければならないからね」
「分かりました」
同じクラスだからというより、不良と顧問でなければ誰でもいいというのが心境だ。不良では転んだ時のことを持ち出されそうだし、顧問ではボロを出したら困る。
「なんだったら、入部してもいいからね」
「写真部が気になってるので、そっちからやってみて考えます」
その気がないと知っても誘うことはするらしい。勘通り、諦めていないということだ。純も再度、遠回しに断りを入れる。
「まあ、強制はしないが――掛け持ちも大丈夫だからね」
「はあ……」
強制はしないと言いながらも諦めの悪さを見せる顧問は、もう完全に目を付けていると思っていい。それだけ、ちゃんとやってくれる生徒がほしいということだろう。でも、今し方の三人組では駄目なのだろうか。一人は反発していたが、最後には従うことにしたようだし。頻繁にも出ているというならいいのではないか。それとも、興のように毎日こないことや、不良の区分に入っているのが良くないのだろうか。そして、隣から視線を感じるが、これはどんな意味が含まれているのだろうか。
「それじゃあ、ゆっくりしていって」
「はい……」
顧問は踵を返した。
真ん中の通路に入っていくのを見届け、ずっと視線を感じる隣を見る。
すると、興が顔ごとこちらを向いていた。
「なに?」
呆れているというわけではないようだが、読み取りにくい表情であることに何かかしらの意味はあるのだろうと思い、純は問いかけた。
「いや、お前の言った通りだなって思って」
顧問直々の頼みを聞いた訳のことだ。顧問が発言した強制しないということに、純の言っていたことは正しかったと認めたのだ。
けれども、興の反応も正しいことであった。
「でも、しっかり誘われたけどな」
しかも、二度も立て続けに誘いをかけられた。見学が理由に。掛け持ちも可能であることに。理由がつけられそうなことにはそちらへと持っていかれた。頼み事をしてきた時にはあっさりと引いたというのに、温室にいたことが、期待を持たせてしまったのだろうか。
「でも、そんなにしつこくなかったし、諦めてはいるんだろ」
ということは、無駄なあがきといった感じで誘いをかけていたということだろうか。園芸部のことを知っていたのは、効果的だったようだ。
「だったらいいんだけど」
入る気はないので誘われ続けても迷惑なだけだ。諦めてくれるんだったらありがたい。
「というか、案内すんのはいいんだけど、他の部の見学はもう終わったのか?」
「え? ……あ……!」
そうであった。見学を開始して最初の部が写真部で、部活見学そのものはまだ終わっていない。入る気のない部の見学をするのもいいが、まずは部活決めのための見学を優先させねばならない。
そんな、思い出したという声を聞けば、誰だって忘れていたのだと分かることだ。
ただ、彼のは少し大袈裟だっただろう。
興は、肩を落として溜め息をついた。
放課後になり、純は外を歩いていた。
出向いた写真部が全員外に出払ってしまっており、部員を探して出てきたのだ。どんな部かは想像ついているのだが、どこまで本格的なのか気になるところもあり、見てみようと思ったのである。
(写真部、どこに行ったんだ?)
だけれど、純は見つけられないでいた。
校舎周りにはおらず、校舎から離れた所まできたというのに、らしき生徒すら見当たらない。美術部だろう、カンバスに向かっている生徒はいるのだが、カメラを持っている生徒はいない。
人物を撮っているのかとも思い、少し離れたところにある木々の向こうに発見したテニスコートだろうとその周辺を探ってみるが、そこにもらしき人影は見つけられない。午後の長い時間を利用し、敷地からも出てしまったのだろうか。今日はいつも以上に晴れ渡っているし、可能性はある。
「ああ、ちょっと君」
テニスコートの様子を見ていた丁度その時、逆側から声が聞こえ、純は振り向いた。
「悪いが、ちょっと手伝ってくれないか?」
すると、尻あたりぐらいまでの低い垣根の向こうに、五十代半ばから六十近いくらいだろうの年配の男がいた。土いじりでもしていたのか、手袋をはめ、土でじゃっかん汚れた作業服を着ている。いつの間にいたのかと思ったが、植木で隠れていただけだろう。
「手伝い、ですか?」
「ああ。運ぶのを手伝ってほしいんだ」
聞き返した純に、その年配はどういったことかを述べると腰を屈めた。一旦、背中以外が消える。
「はあ……」
簡単な内容のようではあったが、純は気が進まなかった。彼の着ている作業服が、景一が言っていた種類と同じだったからだ。
そのことから、彼が園芸部の顧問で間違いない。彼が純のことに気付いているかは不明だが――目を付け始めているかもしれないというのだから気付いてはいるだろう――願われるままに手伝えば、入部させられるかもしれない。
「あの……」
重なっている鉢を低木の脇に移動させた彼に歩みよると、純は確認することから始めた。
「園芸部の顧問の先生ですか?」
鉢まであればもう確定したようなものだが、念のためである。
「そうだが」
彼は肯定した。これで間違いなく本人である。
覚えるために彼の顔を意識して見るが、良智と景一が特徴を挙げられなかったのもうなずける教師で、どう説明していいのか難しい容姿をしていた。
「もしかして、私のことを聞いているのかな?」
一方、彼も彼で、尋ねられたことで思わせられることが出たようだった。今度は純が尋ねられる。
「それもありますけど……俺、写真に興味があるんです」
ちょうど探していたということもあり、純は写真部を理由にすることにした。
不良が入部しているからでは言いにくかったのだ。それも正当な理由ではあるだろうが、不良のせいで諦めているという噂も出るくらいだから、それだけ気にしているということでもある。そのことになんだか憚られたのだ。もう少し少なければ考えなくもないのだが、圧倒的に偏りすぎている比率では入る気は微塵も起きてこないというもの。
「そうなのか。仕方がない」
園芸部顧問はあっさりと引いてくれた。しかし、勧誘もしていないのに諦める言い方をするということは、やはり引き入れる気は持っていたということか。
「でも、これを運ぶのは手伝ってほしいんだ」
けれども、引き込む引き込まない関係なしに、人の手は必要としていたらしかった。もう一度頼んでくる。
「手伝うだけならいいですよ」
入れられる心配がないのならばそこまで断る理由はない。写真部も見当たらないし、手を貸すくらいいいだろう。
「助かるよ」
顧問は礼を言うが、部員はどうしたのだろうか。興は真面目に取り組んでいるらしいのでいるはずだが、呼ぶことは考えないのか。でも、純を引き入れることも考えているなら、本人を近場にして部員を呼んだりはしないだろう。
「これを温室に運んでほしいんだ」
言いながら、顧問はもう一つ、重なったプラスチックの長方形のプランターを低木の陰から移動させた。
「温室?」
だが、新しく聞いた場所名に、純は困じさせられることになった。
「あの、温室ってどこですか?」
良智に学校案内をしてもらいはしたが、温室なんてものがあるとは知らなかった。勧めていない部ということもあり、良智も触れなかったのだろうか。
「ああ。この道を真っ直ぐに行くと、左側にハウスが見えてくるから。それが温室だよ」
知らなかったのかと理解を示すと、顧問は敷地の奥の方を指さした。純もそちらを見る。
ここからでは見えなかったが、行けば分かるだろう。
「分かりました」
返事をすると、純は重そうな、丸い鉢が重なっている方を持ち上げた。陶器製なだけあってか、五個だけでも結構な重さがある。
「助かるよ。私は、作業が終わったら残りを持って行くから、それを運んでくれたら後はいいよ」
「分かりました」
それには躊躇いなく返事をすると、純は歩き出した。
言われた通りに進んでいくと、確かに左手にハウスがあった。
あれが温室だろう。左側に曲がった先にあり、けっこう大きめだ。道もそこまでのようで、その先は草地になっている。さらにその向こうにあるのは、学校を囲うようにある山の木々だ。
(外でもいいのかな……)
歩んで行きながら、純は疑問が浮かんだ。温室にということだけで置き場所は言わなかったから、中でも外でもいいということなのかもしれない。が、分かる場所には置いておかなければならないだろう。後から顧問も来るということだったし、温室前辺りに置いていても大丈夫かもしれない。
そう悩みながら進んでいくと、ちょうど頼れる者が現れてくれた。
園芸部の者だ。
園芸部だと分かったのは、温室の陰から曲がり出てきたのが、そうだと知っている興だったからである。
「あ」
純が声に出して反応したのと、彼が純に気付いたのはどちらが先だったか。
「なんでいんだ? つか、なに持ってんだよ」
近づいてきながら、興は怪訝そうに尋ねてきた。ブレザーとネクタイは外され、肘辺りまで腕まくりされたワイシャツ一枚になっている。まさに、作業をしていたという格好だ。
「鉢だよ。運ぶの頼まれたんだ」
「はあ?」
誰にとは言わなかったが、持っている物がなんであるか分かれば誰かも分かることだ。純の受け答えに、訝しげと呆れが興に表れた。
「お前な……」
それから呆れ一色になる。まあ、分からなくはない。手伝いも要注意であることを知りながら、しかも本人から頼みを受けたのだ。興にしてみれば、話をちゃんと聞いていたのかと言いたくもなることだ。
「入る気がないことは伝えてるから大丈夫だよ。写真部に興味があるとも言ってるし」
だがその反応は、応酬を知らないからこその反応だ。純は、何かを言おうとした興の言葉を遮り、対処済みであることを伝えた。
それに対し、興は小さな溜め息をついた。
「お前、呑気だな」
そんなことを言われる。
「そうかな」
そんなことを言われるような思考の回し方はしていないつもりだ。会わないための対策などを考えたりと、興が思っているだろう以上に考えを巡らせている。
「俺が園芸部のこと知ってるって知ったら、諦めたし、誘う気もないようだったけど。誘われなかったし、大丈夫だと思うんだけどな」
純は顧問の反応の説明も加えた。
「お前がそう思ったんなら、そうなんだろ」
そこまで言われ、興も純の言い分を認めたようだった。が、そこには紛れもない呆れが含まれている。
「なんでそんなに呆れてるんだよ」
その時の顧問の反応を知りもしないくせして、どうして自分の感情が正しいような態度なのか。崩れぬ興の態度には、さすがに純も不服になった。
「それより。ほら、置きにきたんだろ?」
だが、呆れしか抱いていない興は、純の感情を取り合わなかった。温室の入り口に歩み寄り、パイプとビニールだけでできた戸を開ける。
「そうだけど……」
しかし、それで純の意識も変わるかといえばそうでもない。受け答えはするものの、不服が残りまくっている。
けれど、興に気にすることはなく、中へと入っていってしまう。
「…………」
言いたいことはあったが、もしかしたら顧問は上手なのかもしれないという思いも出てきてしまい、結局、反論の言葉がなくなり、純も中に入ることにした。
中に一歩入っただけで、むっとした、熱が籠もった暑さが純に触れた。天気がいいため、温室の中の温度も上がったらしい。暑さに顔を顰めそうになったが、目に入った温室内の光景に、純の意識はあっさりとそちらへ向くことになった。
感心の吐息が漏れる。
視界に入ったのは、多くの緑だった。
レンガで二列に分けられた花壇の中に、たくさんの植物が緑の盛りを迎えたように植えられていた。近くに行かなくとも、種類や背丈が様々あることが分かる。温室とはいえ時期的にはまだ早いからか、蕾を開かせているものは少ないものの、花が咲けば見応えがあるだろうことが想像できる。
奥には観賞用だろう木まであり、ちょっとした植物園とも取れそうだ。
その木は仕切りでもあるのか、壁のように並んでいるその先は隠れているが、花壇の間と両端の所は空いており、そこからまだ奥にも空間があることが見て取れる。
そんな温室内は、半透明のビニールであることと、区切られた空間ということもあってか、外で日の光を受けるのとは違った明るさにも感じられた。白さのある光に満たされているような、そんな感覚である。
「……こうなってるんだ……」
純は漏らすように呟いた。学生の部活でも、園芸部とはここまで立派な物を造るらしい。
「おい、純」
「えっ?」
それなりに見応えのある空間に魅入っていた純は、鼓膜に入ってきた呼ばれる声にはっとさせられた。
「それ、ここに頼む」
横を向くと、興が端にある棚の前にいた。棚には園芸に関する用具だろうが置いてあり、その周りにも道具類が置いてある。興は、棚の前を指さしていた。
純はそちらへと歩みよった。
二人がいる温室の手前の部分は、花が植えられている区画とは打って変わって地味な場所になっていた。
テーブルというより、作業台のような木の台に、道具を片付けておく棚も木で、購入したというより手作り感の方がある。全体が木や土色で、作業場のような雰囲気が強い。立派な温室を造りながらも、あくまでも園芸部が使う場ということなのだろう。
「お前、平気そうな顔してるけど、それ、ずっと持ってて重くなかったか?」
「重かったけど、辛くはなかったかな。俺、体力もある方だし」
示された場所に鉢を置いた純は、言葉通り、これといって苦にした様子もない声音で答えた。
まだサッカーをしていた頃の部活のトレーニングでは、体力や足だけでなく、腕も鍛えささっていた。今は体を動かすこと自体していないが、体力も脚力も、そして腕力も、そこら辺の生徒よりは劣っていない自信がある。
「ふうん」
聞いたわりには、興は薄い反応だった。
けど、それを気に掛ける以上のことが、興の口から続けて吐き出される。
「転ばなくてよかったな」
「…………あ」
重大なことを思い出させてくれた。プラスチックならばまだしも、陶器では、転んで擦りむいただけでは済まさないことだ。いや、その心配はない。
「あ、でも、今日はもう起きてるし」
事実である。朝食を食べ終え、部屋にいる時に後遺症は出ていた。運良く止まっている時だったので、転びはしなかったが、朝に出たおかげで今日は安心して過ごすことができた。
「でも、二回転ぶこともあるよな」
「…………」
それには純は返せなかった。
実は、この五日間のうち二日分は、一日に二度、転んでいるのだ。必ず一日に一回しか転ばないというわけではなく、二回三回あってもおかしくないことでもあるのだ。なので、後遺症が出ているということも単に理由付けでしかない。けど、そのことも考えれば、鉢を持っている時に現れなくて本当よかったことである。
「ああ……ところで、写真部知らないか?」
胸中でほっとする一方、早く離れたい話題に、純は己の目的に戻すことにした。
「……そこら辺にいるんじゃないか?」
興なら逸らそうとしたのだと察せただろうが、何も言わずに返答してくれた。まあ、答えるのに数瞬の間があったことから、絶対、気付いているだろうが。
「いなかった。だから、運ぶだけならってことで、手伝うことにしたんだ」
「ふ~ん」
なんとも素っ気ない感応である。ちゃんとした理由があることを言ったというのに。信じていないのだろうか。
「今日の写真部な……」
それでも行方は考えてくれるらしい。
「写真部なら、遠出するって言ってたの聞いたぞ」
そして居場所を教えてくれたのは、第三の声だった。
その声にそちらを見てみれば、三人の生徒が近くまで歩み寄ってきているところだった。
おそらく不良だろう。いや、興以外がそうだというのだから、十中八九そうである。頻繁に出る不良もいるということだったので、彼らがそうだろう。興と同じようにブレザーとネクタイが取られ、腕まくりをしたり、胸元が開け広げられていたりする。
「あー、そうなの」
興の反応は薄かった。でも、だから見当たらなかったわけだ。
「話し声が聞こえたから阿部が戻ってきたのかと思ったのに。違うしよ」
一方、愛想もなく返されたわりには、真ん中にいる不良は特に気分を害した風はなかった。そのかわり、目的の人物がいなかったことに不満も表す。そんな彼は、染めたこともないような黒い髪をしており、一見すれば不良には見えない。ただ、態度がよろしくなさそうな雰囲気がある。
「思い出した」
と、何やら思考している表情になっていた茶髪の不良が、ひらめきが出たとでもいうように声を上げた。
「お前、この前、三浦の股間に顔埋めてた奴だろ」
彼が思い出したのは、純自身も焦ったアクシデントのことだった。顔は一転してにやりとしており、からかいの的にされたとでもいうような嫌な感じしかさせない。
「へえ、こいつが?」
それを聞き、面白いことを聞いたような笑みを浮かべたのは、金髪と、三人の中で一番目立つ髪色をしている不良だ。彼は、知ってはいるが見てはいなかったらしい。だが、不良らしい色合いの髪に反して、微笑んでいる様子は不良らしくなく、ゆえに、性質が悪そうな印象を強く受ける。
「見事に転んでたよな」
対して、黒髪の不良は目撃していたようであった。彼も笑みが浮かんでいたが、こちらは馬鹿にしたような笑みだ。
「あ、あれは……っ」
だが、不良だろうがなんだろうが、あれは思い出したくない一つであり、からかわれたくもないことだ。れっきとした理由があることでもあり、――無論、言うつもりはないが――訴えようとする。
しかし、それを遮ったのは、意外にも興だった。
「言うだけ無駄だからやめとけ」
相手にするなというより、相手にする気がないとでもいうように止める。
「あ?」
そんな興に反応を示したのは、黒髪の不良だ。
「だってそうだろ? なに言ったってからかったり馬鹿にしたりすんなら、なに言ったところで意味ないってことだし、言うだけ無駄ってことだろ」
「――ちぇ」
興の言い分はもっともなものだった。不良にも伝わったらしく、面白くなさそうに茶髪から舌打ちがなされる。
「ホント、可愛げなくなってくよな」
金髪からも嫌みが飛んでくるが、格好いいと言える相手に可愛げとは、どういったことに対しての意味なのか。
「お前らがそうさせたんだろ」
しかし、興も興であっさり投げ返してしまう。相手は不良だというのに。ちょっかいを出されていることで、不良への耐性がついているのだろうか。もしかしたら、さりげなく口調が良くないのもその所為だったりするのかもしれない。
その、全く相手にする気のない興には不愉快になったのだろう。特に金髪が気に入らなさそうな雰囲気を強くする。
「なんだ、そんな所に集まって。何してるんだ?」
新たな声が入ってきたのは、まさにその時だった。
顔を向けてみれば、先ほど会った園芸部の顧問が温室の中に入ってきていた。作業が終わって彼も来たみたいだ。自分で持って行くと言っていたプランターも抱えられている。
「なんでもねえよ」
教師の存在は抑制剤としても働いているが、陰でと効果を発揮しきれていない。しかし言い換えれば、教師の前では効果があるということだ。
それを示すように、顧問が登場したことで不良たちが気まずそうにした。詮索されたくないとでもいうように去って行こうとする。
「ああ、これも持って行ってくれないか?」
顧問は何も言わなかったが、前辺りまで来た彼らに頼み事をした。
それに、彼に近かった茶髪の不良が立ち止まり、プランターを受け取る。
「あと、君が持ってきた鉢はどこかな?」
顧問がこちらを見た。
「ここ」
その尋ねには興が答える。
「じゃあ、それも頼むよ。佐々木」
顧問は、真ん中の通路を使って先に進んでいた二人へと言葉を飛ばした。
応じたのは、金髪の不良だ。彼が佐々木というらしい。嫌がることもなければ返事をすることもなく戻り始める。部活動に参加しているだけあり、指示はちゃんと聞くらしい。
だが、顧問の言葉で動きを変えたのは金髪だけではなかった。黒髪も立ち止まる。
「まさか、また花植えるっていうんじゃねえだろうな」
不穏なことを聞いたようなに振り返る。
「花はいくらあっても足りないだろう」
「十分、足りてるわ!」
黒髪は声を荒げた。
「増やしすぎだっつうの! もうちっと考えろよ!」
言わずにはいられないという感じで叫ぶ。
「島山、邪魔」
そんな黒髪に声をかけながら、茶髪が通り過ぎようとしていくが、叫ぶ勢いのままに彼にまで怒声が飛ぶということはなかった。
「花がない分、花に癒やしを求めたい気持ちを分かってくれてもいいだろうに」
対して、顧問は嘆くとまではいかないが、理解ない相手に言うように講じた。
そんな掛け合いをしている中、棚の所まで来た金髪が話しかけることもなく、純が運んできた鉢を持って行く。
「限度があんだろうが!」
一方、黒髪は感情が高ぶってしまったらしく、怒鳴る声量が下がらずにいる。
「島山ー、諦めろって」
「そうそう。なに言ったって無理なんだって」
そんな彼に、仲間二人が諦めを促す。先ほど、興が彼らに言っていたことと同じことだ。だが、それでは黒髪の感情が落ち着くまでになるものではなかった。
「管理しきれねえで俺たちにまで回ってきてんだぞ! 増えりゃ増える分だけ俺たちの負担も増えんだよ!」
さらに声を荒げ、被る影響というものを告げる。
「あー、それ困る」
「面倒なんだよ。ホント」
自分たちが受ける被害というのを教えられ、彼らも問題を理解したらしかった。しかしながら、諦めの方が勝っているのか、理解は示すが同調は低い。黒髪も、本当に分かってんのかとかみついているが、仲間の反応はやはり低いようである。そしてその反応もまた、先ほどの興と同じものだ。
そしてその興は、純の脇で、呆れたような納得しているような目つきになっている。黒髪の言い分は、真面目にやっている者でも同意できてしまうことらしい。
「花がないってどういうこと?」
けど、関係のない自分には分かりきるものではない。顧問の発言で意味が分からない部分について、純は質問した。
「女がいない分、花に癒やしを求めるってことだよ」
「ああ、そういうこと」
純は大いに納得できた。だからそれで、男子校にしては学校のあちこちに花があるわけだ。
温室もあり、さらにそこへ増やされることは、真面目な部分を見せながらも不良である者の言い分に一般生徒が納得を示すくらい多いということでもある。
怒鳴っていた黒髪も最終的には諦めたらしく、しかし、ぶつぶつと文句を言いながら、壁を作っている木の向こうに消えていった。
「ところで、君」
不良全員がいなくなると、今度はこちらへ顧問の声がかかった。
「写真部はいいのかい?」
「遠出したらしくて。今、学校にいないらしいんです」
動揺することでもなんでもないことだが、避けようとしていることもあり、内心どきりとした純だったが、なんとかおくびにも出さずに答えた。
「そうだったのか」
教師でも、部が違えば行動は分からないことらしい。顧問も今、知ったような反応をした。
「じゃあ、今日はここの部でも見学していくかい?」
「……見学だけなら」
写真部がいないのであれば訪ねようもない。提案されたことに、純は限定付きで聞き入れることにした。
「なら、彼に案内してもらうといい。同じクラスだし、気も楽だろう。私は、さっきの彼らに付かなければならないからね」
「分かりました」
同じクラスだからというより、不良と顧問でなければ誰でもいいというのが心境だ。不良では転んだ時のことを持ち出されそうだし、顧問ではボロを出したら困る。
「なんだったら、入部してもいいからね」
「写真部が気になってるので、そっちからやってみて考えます」
その気がないと知っても誘うことはするらしい。勘通り、諦めていないということだ。純も再度、遠回しに断りを入れる。
「まあ、強制はしないが――掛け持ちも大丈夫だからね」
「はあ……」
強制はしないと言いながらも諦めの悪さを見せる顧問は、もう完全に目を付けていると思っていい。それだけ、ちゃんとやってくれる生徒がほしいということだろう。でも、今し方の三人組では駄目なのだろうか。一人は反発していたが、最後には従うことにしたようだし。頻繁にも出ているというならいいのではないか。それとも、興のように毎日こないことや、不良の区分に入っているのが良くないのだろうか。そして、隣から視線を感じるが、これはどんな意味が含まれているのだろうか。
「それじゃあ、ゆっくりしていって」
「はい……」
顧問は踵を返した。
真ん中の通路に入っていくのを見届け、ずっと視線を感じる隣を見る。
すると、興が顔ごとこちらを向いていた。
「なに?」
呆れているというわけではないようだが、読み取りにくい表情であることに何かかしらの意味はあるのだろうと思い、純は問いかけた。
「いや、お前の言った通りだなって思って」
顧問直々の頼みを聞いた訳のことだ。顧問が発言した強制しないということに、純の言っていたことは正しかったと認めたのだ。
けれども、興の反応も正しいことであった。
「でも、しっかり誘われたけどな」
しかも、二度も立て続けに誘いをかけられた。見学が理由に。掛け持ちも可能であることに。理由がつけられそうなことにはそちらへと持っていかれた。頼み事をしてきた時にはあっさりと引いたというのに、温室にいたことが、期待を持たせてしまったのだろうか。
「でも、そんなにしつこくなかったし、諦めてはいるんだろ」
ということは、無駄なあがきといった感じで誘いをかけていたということだろうか。園芸部のことを知っていたのは、効果的だったようだ。
「だったらいいんだけど」
入る気はないので誘われ続けても迷惑なだけだ。諦めてくれるんだったらありがたい。
「というか、案内すんのはいいんだけど、他の部の見学はもう終わったのか?」
「え? ……あ……!」
そうであった。見学を開始して最初の部が写真部で、部活見学そのものはまだ終わっていない。入る気のない部の見学をするのもいいが、まずは部活決めのための見学を優先させねばならない。
そんな、思い出したという声を聞けば、誰だって忘れていたのだと分かることだ。
ただ、彼のは少し大袈裟だっただろう。
興は、肩を落として溜め息をついた。
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指圧のことは、有乃にとっても何でその情報を得たのか、聞いたことがある気がするなあ……というくらいおぼろげな記憶です
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