純情なる恋愛を興ずるには

有乃仙

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キズは自分にしか分からないこと

二  理解:純 

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 純が部屋に戻ってきたのは、良智らと分かれて二十分くらいしてからである。
「おかえりぃ」
 短い廊下を抜け、BGMと分かる曲が聞こえる室内に入ると、ベッドに乗っていた良智が先に声をかけてきた。
 壁に寄りかかり、携帯ゲームをしている。音は、そのゲームのものだ。私服に着替えている良智はよほど汗を掻いていたのか、廊下であった時とは別のタオルが首にはかかっている。
「ただいま」
 返しながら純は机へと歩んでいった。
 それを、ゲームをしていた姿勢のまま、良智の目が気に掛けているとでもいうように追う。
「ねえ、純」
「ん?」
 呼ばれ、椅子に鞄を置いた純は振り返った。
「興、どうだった?」
 感想や様子を聞くというより、意見を聞くというニュアンスがそこには含まれていた。
「……普通」
 少し考え、純はそう答えた。
 どうと言われても、なんだかんだとそれほど接していないので判断しにくいが、まあ、他とさして変わらないのではないか。
「それは分かってるよ」
 が、すでに理解済みであることが返される。
「今はああだけど、一年の初めはもっと話しやすかったんだ。それに、普通ではあるけど、前より冷めてて、今は話しにくいって人もいるし。だから、初めから今の興と話した純はどうなのかなって」
 だから、意見を聞く雰囲気が出ていたのか。
「まあ、確かに言葉口調は淡泊でとっつきにくい感じだけど、呆れたり、他人のことを考えてたりするから、いい奴なんだと思う」
 正直な感想だ。総合して普通とは言ったが、興の特徴としては、冷めたような態度と口調だろう。
 だが接してみれば、感情表現が面に出ているし、ちゃんと話もしてくれる。そういう奴なんだと思えば、嫌な感じはあまりしない。
「へえ、よく見てるんだね」
 純の感想を聞き、良智は感心した。
 けど、そういう反応が出るということは、それだけ前と変わってしまったということでもあるのだろうか。
「そんなに前と違うのか?」
「……うん、まあ……」
 純だけでなく、詳しく知らなければ誰でもするだろう疑問だったが、良智は躊躇いを見せた。きっと、そうなる理由を知っているのだ。それも、他人には言いにくいことを。
「何かあったのか?」
 その問いは好奇心からではなく、仲間を求める心からだった。接しやすかったのが接しにくくなった――つまり、それだけの事があったということだ。
 自分と同じく辛いことがあったかもしれない。
 そういう思いから、知りたいと思ったのだ。
 しかし、純がその心を自覚しているかは別である。
「…………」
 良智は再び躊躇いを見せた。それだけ言いがたい出来事ということなのか。
「……興が三年の不良に目、付けられてるって言ったでしょ?」
 数秒後、良智は言うべきか迷ったまま開口した。
「ああ」
「暴力事件っていうの? そんなことを一年の時に受けてさ。しかも、他にも巻き込まれた生徒がいて……それで、みんなと距離を置き始めたんだ。淡泊っていうのもそれからだよ」
「…………」
 まさか、そんなことがあったなんて。不良に目を付けられていると聞いていたから彼ら辺りが関わっているだろうと思いはしたが、大事おおごとだとは思いもしなかった。
「初めは、またあるかもしれないし、巻き込まれるかもしれないって、みんな避けてた。俺たちも避けちゃってるところあったし……興も距離置いてたから、話さなくもなったんだよね。話しても素っ気なくて、話しかけるなって雰囲気も作っちゃってたから、よけい話す人いなくなって……」
 あの淡泊さはそれの為だったということか。だが、今はそれほどでもないようなことから落ち着いたということでもあるのだろうか。
「でも、今は話しかければ返してくれるし、会話もする。ただ、まだ冷めてたり、距離を置いてる部分があるけど……クラスメイトも変わったわけ知ったから、普通に話しかけるようになったんだ」
 いや、以前より良くなっていても、まだそういった態度が残っているということは、影響は取り払われ切れていないということだ。
「でも、横田先輩に目、付けられてることも変わりないから、必要以上話しかけてないけど」
 きっと、その現状も影響を長引かせているのだろう。というか、その人が一番の原因なのか。その人も、事件を起こして起きながらよく目を付け続けているものだ。
 それほど気にくわないのだとしても、もう少し考えたらどうだろうか。そんなことを思ってしまうのは不良相手ではおかしいかもしれないが。
「それでね。勘違いしないでほしいんだけど、横田先輩に喧嘩売ったから目、付けられてるわけじゃないから。というか、喧嘩できないから」
「うん。大丈夫。いい奴っていう認識は変わってないから」
 むしろ、被害者としての認識が強くなった。もし、今のを聞いてマイナスのイメージを持つ者がいたら心狭い者だろう。
「よかった」
 純の返答を聞き、良智は安堵したように息をついた。
「でも、他人のことで安心するなんて、良智も案外いい奴なんだな」
 事件後には話さなくなったとはいえ、興のことを誤解がないようにしようとした。それまで仲がよかった間柄もあり、友人思いは持ち続けているのかもしれない。
「あー……だって……」
 けど、良智は言いにくそうにした。
「俺のせいで誤解されたくないじゃん……?」
 理由はそれだった。まあ、それは誰だってあることだ。それでも、一番の理由がそうであっても、相手のことを考えているわけでもある。気にしない者は、自分のせいで誤解させてしまうことになっても気に留めもしないものだ。そういう者と比べれば、まだいい奴といえる部類に入る。
「でね。横田先輩の他に、島山っていう二年の不良がいるんだけど、その島山と、島山と一緒に行動してる二年が、一番、興にちょっかい出してるみたいなんだ」
「横田って先輩は?」
「前より手、出さなくなったけど、時々あるみたい。で、この不良たちを気にしないで興と話せる時があるんだ。クラスのみんなも気軽に話してるよ」
 なるほどと純は思った。不良の目に留まりたくないから皆、興と接点をあまり持とうとしないのであって、その心配がなければ気兼ねなくするらしい。まあ、それも当たり前か。
「へえ、いつ?」
 その疑問は、誰であってもごく自然に出るだろう。
「教室にいる時と、体育かな」
「体育……?」
 その単語を聞いた瞬間、純は気分が急降下するのを感じた。
「うん。ラッキーなことに、うちのクラスには不良が一人もいないんだ。まあ、それでも教室ではほとんど話さないけど……体育は教室から離れるし、教師の目もあるから……」
「体育……」
 良智が説明している一方、純はそこの部分だけが巡らされていた。暗い海の底に沈んだように気分が重くなっている。
「純?」
 呟いた純に異変でも感じ取ったのか、良智は怪しげに見てきた。
「もしかして、体育も駄目なの?」
「うん」
 足のことだと良智も察したのだろう。純は素直に頷いた。
 今は回避できるようにもなってきたが、まだまだ転んでしまう方が多い。運動などしていれば、なおさら転びやすくなってしまう。
 しかし、世の中は無情なものだ。
「でも、明日あるよ」
 嫌だと示したそうそう、組み込まれた予定が迫っていることが知らされる。
「…………」
 親切に教えてくれるのはいいが、逆に教えないでくれた方がよかったかもしれない。
「うん?」
「あるよ、明日」
 聞き間違いかとあえて聞き返してみるが、しっかり肯定される。
「まじで?」
「うん」
「ホントに?」
「うん。てか、そんなにやなの?」
 何度も確認する純に良智も反問してきた。
 だが、そうである。何度も確認してしまいたくなるほど嫌なのである。
「うん」
 今度は、それまで良智が口にしていた単語を使って、純は頷いた。

                  □□□

 翌日。
 三校時目直前にして、純は体育館に来ていた。
 といっても教師はまだ来ておらず、皆が各々に談笑したり遊んでいたりする。
 純は、良智といる。
「そうだ。純」
 と、良智が何かを思いついたというように声を出した。
「笑いを誘うように転んだら?」
「…………」
 何かと思えば、なんという提案だ。
「却下」
 受け付けませんという思いを言葉に乗せて、純は一言で拒んだ。
「その方が気まずくならなくていいと思ったんだけどなあ」
 良智なりに気遣ってくれたらしいが、その提案は、場が気まずくなるならない関係なく、純自身が受け入れがたい。それに、
「ていうか、それ以前に転びたくないし」
 好き好んで転んでいるわけではないのだ。それで辛い思いをしているわけでもあり、純としてはもう少し真面目さがほしいところだ。そもそも、転ぶ前提で提案しないでほしい。
「そっかあ」
 思いついた企画を上司に提出し不採用になり、残念そうにぼやく部下のような良智を、純は取り合う気がないことを横を向いて態度で示した。
 それによって、純はそれを見ることになった。
 興である。
 数人のクラスメイトと話をしている。一見、興はただそこにいるという感じだったが、気兼ねなく興にも振られており、彼もしっかりそこに嵌まっているのだと知ることができる。昨日、良智が言っていた通りだ。
「ね、言ったでしょ」
 純が見ていたものに良智も気づいたらしく、昨日の話を今していたような言い方で言葉をかけてくる。
「ああ」
 彼らに瞳を置いたまま、純は相槌を打った。
 距離があることと、周りも賑やかなことで彼らの会話はよく聞き取れないが、興にも笑みが浮かぶことがある。こうして見ていると、不良の影響を受けているとは思えない日常的光景だ。
「…………」
 彼らを見ていると、教師が体育館に入ってきた。次いで、授業開始の鐘が鳴る。
 集合がかかり、ばらけていた生徒らが集まってくる。
 いつも集まる場所だという場にすでにいる純らと他の残りの生徒たちは、自分たちの前に立った教師を向いた。

 そして、言い渡された体育の内容は、よりにもよってバスケだった。
(なんで……)
 内心ながらもそう思わずにはいられない。
「純……」
 昨日の今日のようなものだ。良智も複雑そうである。
 サッカーではないが、バスケも走り回るもの。純が一番心配していることが起こりうる可能性が高いものだ。
 体育なのでそれなりに動くものだとは思っていたが、これではあまり力を抜けないではないか。いや、体育だからこそ抜けられるとも考えられる。こういったものの場合、その部に入っている生徒や積極的な生徒が率先して動くことが多い。自分は、苦手とでもいうようにして加わらなければいいのだ。入っていた部は秘密にしてあるが、運動部関係には入っていなかったことにしているし、怪しまれることはないはずだ。
 一方、純の内面など知りもしない教師は、どう進めていくかを説明し始めている。
 体育でやることなので本格的なものではなく、人数を四等分し、四チームの勝ち抜き戦でやるというものだった。
 その後も、得点のことやチーム分けのことを説明していたが、純の頭には入ってきていなかった。
 大袈裟だと思うかもしれないが、部活でのことは、そのまま運動に関する全部と転ぶことに反応してしまうようになっているのだ。なので、色々巡らしてはいるが、根本的に関わりを避けたい純にしてみれば、傷口に触れるようなものなのだ。
 そんな、口にも出していない純の心情が聞こえるはずがないが、離れた位置にいた興の視線が純へと向けられた。
 その視線は、暫しそのまま置かれ続けた。

 それから五分後。
「…………」
 もう、純は言葉もなかった。
 なにせ、純が立つことになっているのは、一試合目のメンバーが準備につく場所だからだ。
(ああ……)
 言葉にならない憂鬱が内心で漏れる。その憂鬱な気分はそのまま溜め息として口から吐き出されていく
「なに? お前、バスケ苦手なの?」
「大丈夫だって。体育だぞ。ルールなんて甘いって」
 純の溜め息を聞いた左右から声がかかってくる。残念ながら、二人の名前は顔ともどもまだ覚えていない。何より、今はそんなことはどうでもいいことだ。
「……足、引っ張るかも……」
「もしかして、バスケ、ちょーへたくそとか?」
 気を落ち込ませたままの純に、右側のクラスメイトが外れた推測をする。
「どうせ、運動してたんだろ? やり始めればすぐ出来るって」
 逆側のクラスメイトが外れていないことを口にするが、その推測はどうやって導き出したのか。
「…………」
 はっきり言ってしまえば、純はバスケも出来る。一番好きなのはサッカーであるが、バスケ部以外の者がプレイするよりまさっていると自負できるくらい出来る。ここ暫くはやっていないが、左側が言ったように、始まれば感覚を思い出しもするだろう。しかし、後遺症が純の積極性を削ぎ落としてしまっている。
 両側の発言に純は何も返せなかったが、それについて追求されることはなかった。審判役でもある教師がコートの中心に呼んだからだ。
 一試合目のメンバーが、教師の立っている中心に集合する。
 そこで、純は対戦相手の中に興がいることに初めて気付いた。
 けど、彼に意識が向いたのは僅かのこと。早々に試合が開始される。
 皆が動き出し、とりあえず純も走り出した。
 なるべくスピードを出さず、急激な動きがないようにする。興は歩いていたが、自分のことだけで脳内が満たされていた純は気付いていないことだ。
 行き来しながら主に動いているメンバーを把握すると、純は、その彼らから離れており、自分にパスがこないだろう中途半端な位置でとどまることにした。ここならば、ゴール付近で待機している者からもそれなりに離れている。それなりなのでそれなりに近くもあり、自分に回すよりはゴール付近にいる方へ回した方がいいと思える位置でもある。自分はスルーされるはずだ。
 現に、自分を通り過ぎ、予想通りの相手へパスが回される。
 だが、その考えは外れてもいた。
 せっかくゴール間近まで迫ったというのにボールを奪われ、攻め返されるがゴール近場で取り返して戻ってくる。その動きが、純のいる近くで止まったのだ。
 敵に囲まれ苦戦することになった仲間が周囲を素早く見回す。その目と、視線が合ってしまった――のかは不明だが、純に気付いたことは確かだ。
 純めがけ、ボールが飛ばされる。しっかり名前を叫ばれて。
 反射的に、純はボールを受け取ると走り出した。何をやっているのかと内心で思わずにはいわれない。
 それでも激しく動かないようにという気持ちは働いていたからか、他より遅い速度で走り出した純はすぐに追いつかれてしまう。が、バスケが出来るということもあってか、体は自然と動いていた。
 立ちはだかる者、奪おうとしてくる者を瞬発的に躱して進んで行く。
 それに、足がついてくる。
(動く……!)
 その、何事もなく動く足に、純は感動させられるほどだった。
 スムーズな動き、自分の意思でできる速度調節。そのかん、感覚がなくなるということもなければ、当然、倒れるということもない。
 それだけ動けば、短時間ながらも純から恐怖を取り除かせた。
「んだよ! お前できるじゃん!」
 始まる前に声をかけてきた左側が喜色を浮かべる。
「おっしゃ、そのままゴールだ!」
 もう一人も声を上げる。
 その言葉に従い、純は突き進んだ。
 防ごうとする者らをよけ、さらにゴールに接近する。
 純はボールを持ち上げながら飛び上がった。最後の最後まで阻止しようとしてくる周りの手も追ってくるが、僅かの差で純が早く、そして高い。
 指先から離れたボールは、枠を乗り越えるようにゴールの中に入った。
 瞬間、チームメイトから、あまり大きくはないが歓声が上がった。授業のことだとはいえ、それなりに真剣になっていたのだ。
 だが、誰より、何より嬉しさで溢れていたのは、純である。
 つまずくことさえもなく、後遺症が現れることもなかったのだ。着地した瞬間も、よろめきもしない。
 勝つことよりも、ゴールを決めたことよりも、そのことが純を嬉しさで満たしていた。
 ――この瞬間だけは。
 二戦目を行うため、早早はやばやとそれぞれが動き出す中のことだった。同じく純も動き出した時、後遺症が姿を現した。
 片足の感覚がなくなり、バランス感覚もなくなってしまう。
 身を振り返らせながら歩き出した瞬間のことで、重心が傾いていたこともあり、咄嗟の支えもできずに純は転倒してしまった。
 突然の転ぶ音に、純の近くにいた誰もが驚いた。
 遅れて、さらに周囲にいた者らも気付く。
 その中で、いち早く動いたのは興だった。
「…………」
 観戦者の中にいた、原因を予測できる良智が心配げに様子を窺う。それだけで彼の下に行こうとしないのは、転んだだけで行くのも大袈裟だと思ってのことだ。
「大丈夫かー? 橋川」
 足のことを知らない教師も、その場から安否を尋ねる。
「おい、大丈夫かよ」
 身を起こす純に驚いた声音で声をかけたのは、近くにいたクラスメイトである。
「あ、うん」
 尻をついて座りながら頷くものの、純は平気ではなかった。一転した状況は、落ち込ませる以外のなにものでもなかったのだ。
「足、大丈夫か?」
 脇にしゃがんだ興がそう尋ねてくる。
 それは、転んだことでの単なる心配だったのだろうが、不覚にも純はどきりとしてしまった。
「……ああ、うん。大丈夫……」
 内心を気取られないよう、なんとか返す。
「いきなり転ぶからびっくりしたぜ」
 言ったのは、試合前に声をかけてきた一人だ。その声は比較的軽い。
「ごめん」
「別に謝んなくてもいいけどよ」
 言葉通り、彼に気に留めている様子はなかった。むしろ、謝られても困る。そんな様子が含まれていた。転んだことは些細なことでしかないということだ。
 もちろん、転んだことだけだったならば、純にとっても軽いことだ。
 けれども、浮き上がった心が沈んでしまっていた純にとっては、すぐに気を持ち直しきれるものではなかった。
 再び俯いてしまう。学校は違うし、純のことも知らない者達ばかりだとはいえ、この場から去りたい気分になる。
「もしかして、足捻ったのか?」
 そう聞いてきたのは、窺うような面持ちでいた興である。足首辺りに触れていたことがそう思わせたのかもしれない。
「あー……」
 純はどう言っていいか迷ってしまった。
 しかし、それがまた、興の予測を肯定させるものとして捉えさせることにもなった。
「もしそうなら保健室行ってこい」
 なかなか立たないことに不審にでも思ったのだろう。歩み寄ってきた教師が促してくる。
 純はそういうことにしておこうと思った。自分の一方的な感情だとはいえ、居づらくなってしまったここにいるよりはいいと思ったのだ。
「俺、連れて行きます」
 だけど、脇にいた興がそう申し出てきたことで、純は内心焦ることになった。
 捻った足では歩きにくいと思ってのことだということは察せられるが、ついてこられてはなんともないことがばれてしまう。
「そうしてくれ」
「俺、一人で行きます」
 教師も承諾したため、純は断りを入れた。
「興は……」
 続きをしていていい。そう言おうと横を向いた純だったが、言葉は切れることになった。
 真っ直ぐに、興が見据えてきていたからだ。探るというわけではないが、無表情めいた顔つきは真面目な面持ちに見え、目を合わせていると心の内を読み取られてしまいそうなほど真っ直ぐな瞳であることに、言葉を無くさせてしまったのだ。
「――行くぞ」
 数秒後、興は立ち上がった。表情が表情だからか、断るにも断りにくさがある。
「ほら」
 手を差し伸べられ、仕方がなくその手を取って立ち上がる。
「ええー! 俺との対決は!?」
 その時、訴える声が上がった。訴えたのは、体育が始まる前に興と談笑していた一人である。
「んな約束してねえよ」
 相手にする気がないとでもいうように、興は切り捨てた。
 どうやらその生徒の勘違いだったようで、同じく談笑していた者らには呆れられている。
 ずいぶんとした勘違いだ。どういう応酬がなされていれば、そんな行き違いが起きるのか。
 興は相手にする気がない態度をしていただけあり、そんな彼らのやり取りすら見向きもせず、純の腕を掴んで出入り口に進んでいる。
 もっとも、興の感情を全く刺激しなかったわけではなく、小さく、ふざけんなと呟かれた気がした。
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指圧のことは、有乃にとっても何でその情報を得たのか、聞いたことがある気がするなあ……というくらいおぼろげな記憶です
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