純情なる恋愛を興ずるには

有乃仙

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キズは自分にしか分からないこと

始  接触

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 橋川はしかわじゅんは迷っていた。
 夜。なかなか眠れず外へと繰り出したのだが、すっかり迷うことになってしまったのだ。しかも、林の中。道というのもないうえ、入っていた寮どころか校舎も見えない。携帯電話も置いてきてしまっているため、同室者にも連絡ができないときた。
「はあ」
 純はため息をついた。
 純は転校生である。昨日、転校してきたばかりで、学校にも生徒にも、まだ何にも慣れていない状態の時だ。そんな時に、軽い考えで林に入ってきたのだ。
 こんなことになるなら、寮の前が林になっていたからといって、夜の散歩場所に選ぶのではなかった。
 そんな後悔の念が過ぎっている時だった。どこからか水音が聞こえてきた。
 水場でもあるのか、小さなものが何度も跳ねているような、水面に当たっているような音がする。
 すぐ近くから聞こえてくることから、純はそちらへ顔を巡らせた。
 すると、木々の向こうに明るさを発見した。今日は月が明るい夜だが、木々の葉で遮られ、差し込む光量が少ない林の中は暗い。その中で、遮られずに月明かりが届く所があるらしい。それも、枝の間から差し込んでいるのではなく、それなりに広さがある所のようである。
 音は、それから数秒で消えてしまったが、そこからしていたようでもあった。
 誰かがいるのか、それとも動物か。明るさの範囲から、林から出られるかもという期待も生まれる。
 何かは分からないが、迷子から抜け出せることを祈りながら、純はそこへと足を向けることにした。
 着くと、そこは林の中のひらけた場所だった。中心には噴水があり、湧き出ている水が月光に反射して光っている。
 そこに、人がいた。
 一糸纏わぬ姿で、噴水の中に座っている。水浴びをしていたのだろう。水音も、それによるものだったに違いない。
 それを見た瞬間、純の中に水浴びをする女性像が浮かんだが、見間違いようなく男であったことと、ここが男子校であることに、がっかりする間もなく女性像は一瞬にして消え去ってしまっている。
 だがそんなことより、人がいたということに、純は嬉しさが沸き上がっていた。
 これで、寮に帰れる。
「あの」
 歩み寄って行きながら、純は声をかけた。
 赤の他人にかけるものと全く一緒になっているのは、同じ学生のようであるとはいえ、知らぬ者だからだ。
 その声に、彼は肩が小さくだが震えるほどハッとすると、反射的にこちらを向いた。
 そして、こちらを認めるなり、警戒の色を見せる。
 噴水の縁に置いてある衣類に手を伸ばしながら、逃げの態勢を取ろうとする。
 だが、逃げられては純も困る。
「俺、ここ初めてで迷っちゃったんだけど」
 警戒したということから、まず、ここにいる理由を語ることから切り出す。
「寮の帰りかたぁ……!?」
 それから本題に入った時だった。純の足に異変が起きた。
 片足が動かなくなったのだ。もう片足を前に出して転ぶのを防ごうとするも、噴水周りに敷かれていた石畳が濡れていたらしく、立て続けにそれに足を滑らせてしまう。
 時間にすればわずか数秒のことで、純はそれ以上なにもできずに転んでしまった。しかも、噴水間近ということもあって、上半身は縁を越えてしまう。腕が水を叩く。
「ごめん!」
 その一瞬後、純は慌てて顔を上げながら身を起こした。噴水に入っただけでなく、彼の上にまで倒れてしまったからだ。
 けど、彼は座った体勢のままだった。手が後ろに突かれてはいるが、転倒した影響はあまりなかったようだった。
 けれど、である。その目が半眼になっているのは何故なのか。呆れではない。だが、今のことで何かかしらはそうなる事があったということだ。
「…………」
 純は下を見た。何かを察したわけではない。理由を探ろうとする気持ちに、自然と下に向かさっただけである。けど、その行為が純にもしやという思いを持たせることにもなった。
「もしかして……」
 純は確認しようとした。
「……ああ、そうだよっ」
「……う……!」
 みなまで言わずとも伝わっていた。顔を上げる純に肯定が返ってくる。しかもそれだけではなく、最後には腹に重みが襲いかかってきたではないか。下から蹴られたのだ。
「くそ」
 そう察した時には、彼は純の下から足を抜き、衣類を掴んでいる。着ることもなく腕の中に抱えながら駆けだして、この場から去って行ってしまう。
「いって……不可抗力じゃん……」
 一方、純は腹を押さえたまま、非難を口にした。
 純の予想は当たっていた。転んだ時、純は彼の足の付け根の間に顔を埋めてしまっていたのだ。彼の上に転んだという意識だけがあった純はそこまで気が回っていなかったが、彼は今のハプニングの中でも結構、意識できていたらしい。しかし、こちらにしてみれば、完全なる事故。悪気はない。でも、思い返してみれば、顔に当たっていた気もする。
 けど、そのことにさらに文句を並べ立てることはなかった。それよりも先に、ある問題が浮上する方が早かったからだ。
「あ、帰り道……」
 そう、せかっく帰れると思ったのに、道案内になるはずの者がいなくなってしまった。
 純は溜め息を吐いた。
 自力で帰り道を探すしかない。
 落ち込みつつ立ち上がろうとした純は、石畳の上に小さいノートが落ちているのを見つけた。衣類があった辺りの縁の下であることから、彼の物だろう。
 拾うと、それは生徒手帳だった。無くなって困るようなことはないだろうが、返さないといけないだろう。
 開き、誰かを確認すると、〝三浦みうらきょう〟と名前が記されていた。学年の欄には自分と同じ、二年とある。
「三浦……興」
 制服姿の写真は、夜だからか、先ほどの格好と違うからか、印象がだいぶ違うく感じられた。男前ではあるがどこか無愛想にも見える。
 けどこれで名前は分かった。これを返しに行った時、先ほどのことを謝ろう。不可抗力であったこともきちんと伝えて。
 そのためにはまず、無事に寮に帰還することだ。
 しかし、ここが林のどの辺りにあるのかも純には分からない。
「で、寮にはどう行けばいいわけ?」
 手帳をポケットにしまいながら林を見ると、純は再び困苦と向き合うことになった。
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指圧のことは、有乃にとっても何でその情報を得たのか、聞いたことがある気がするなあ……というくらいおぼろげな記憶です
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