純情なる恋愛を興ずるには

有乃仙

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キズは自分にしか分からないこと

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 校庭にストップをかける笛の音が響いた。
「大丈夫か?」
 身を起こす一人の生徒に、駆け寄った二人の教師のうち一人が声をかける。
「あ、はい……」
「保健室に行こう。今日は先生も来てるからな」
「だ、大丈夫です」
「一応、行ってみてもらってこい」
 断るその生徒を支え立ち上がらせながら、顧問でもある教師は行くことを進めた。
「一応聞くが、誰かがぶつかったわけじゃないよな?」
「はい」
 もう一人の教師が確認を取るのに、生徒は迷いなく答えた。
 少し距離を置いた周りでは、一体なにがあったのか不思議がる囁き声や、迷惑そうにする囁き声が上がっている。中には動揺を見せる生徒もいる。
 今まで、ここではサッカーの練習試合が行われていた。得点は接戦というところで、皆が本戦さながらに白熱していた。そんなおり、一人が突然、転倒した。
 それが、今の生徒だ。生徒が肯定したように、誰かがぶつかったわけではない。だからこそ、他校生が不思議がったり、もっとも彼に近かった者らが動揺したり、転倒した理由を知っている同校の生徒らは迷惑そうにしたのだ。
「試合は一旦、中断した方がいいですかね」
「ああ、それは続けてもらって構いません。一人、代わりを出させますので」
 対戦校の顧問の判断に、その生徒の教師でもある顧問は問題ないことを返した。
「いいな、橋川」
「はい……」
 教師の判断を聞き入れるものの、生徒は声音からして沈み気味だった。
「それじゃあ、後はお願いします。彼は俺が連れていきますので」
「分かりました」
 教師の間でも行動を決めると、この高校の教師でもある顧問が補欠の生徒を呼んで指示を出すと、生徒と教師は移動し始めた。対戦校の教師がさらに指示を出し、試合再開の位置につかせる。
 その声と動き出す音を背後に聞きながら、その生徒は軽く俯いていた。


 彼が戻ってきたのは、練習試合が終わり、対戦校も帰った後だった。
「試合中になっても迷惑だなよな」
「ああ。練習試合だったからまだいいけどよ」
 その会話を聞いたのは、校庭の脇に建てられている部室に入ろうとしてのことだった。
「これが本戦だったら負けてたよな」
「いくらやりたいっていっても、もっと考えろってんだよな」
「あれじゃあ、足引っ張ってるだけじゃん」
「…………」
 チームメイトの言葉はどれも冷たく、事実でもあった。だからこそ、今の彼には痛撃でしかなかった。
 しかしそれが、彼らの本音なのだ。普段、口では気遣う言葉をかけてくれるが、その実、疎ましく思っていたのだ。
 だが、一番悔しく歯がゆい思いをしているのは他の誰でもない、本人自身である。
 彼は俯いたまま、拳を強く握りしめ、唇を噛みしめた。


                   □□□


 水の出ているホースが草の上に落ちて跳ねた。
「離せ!」
 地面に押さえつけられた一人の生徒が悲鳴を上げる。
 だが、数人によって押さえ込まれていては抵抗は意味のないものでしかない。
「ちくしょう!」
 それでも、撥ねのけられないことに、こうなったことに、悔しさが口から出る。
「生意気なお前が悪いんだぜ」
 それに返したのは、上から押さえつけている生徒だ。
 そしてそのことが、この状況を作り出すことにもなった原因であった。先輩と後輩という関係もあり、それがなおさら実行へと移させたのだ。
「暴れんじゃねえよ!」
 脱しようと生徒が抵抗を続けていることに、別の一人が声を荒げた。
 それでも、生徒ーー暗い茶髪をした生徒はあらがうことをやめない。この後に何が待っているのか、知ってしまっているからだ。だが、人数の差で、一人の抵抗では逃げ出すことができない。
「なにしてんだ!」
 それでも必死に抵抗していると、木々の間から駆けつけてくる者がいた。
 押さえつけていた者らが顔を上げた時には、彼は近くまで迫っていた。
 しかし、素早く立ち上がった者らのうち一人に突き飛ばされてしまう。
「この!」
 だが、尻餅を突いた彼は痛がる表情もなく睨み上げると、勇敢にも迫る。
 も、一番近い者に掴みかかったところで別の者に殴られてしまう。
「邪魔すんじゃねえよ!」
 またしても転倒した彼に、今度は蹴りが入れられる。囲んだ三人によって立て続けに蹴られるものの、乱入してくるだけの勇気があってか、彼に怯んだ様子はいっさい表れなかった。
 一人の足を掴み倒させると、なんとか包囲から抜けながら立ち上がる。
 それが彼らの気に食わなさを増させた。しかし、彼も黙ってはいない。殴り掛かってくるのを躱し、彼も反撃に出る。
 そのまま、一対三の乱闘になる。
「いつまでも抵抗してんじゃねえよ」
 一方、半分が減ったことで、茶髪を押さえていた方も苦戦しはじめていた。だけれど、抵抗している側にしてみれば、逃げるチャンスでもある。乱入者が出たことで意欲を増させてもいた茶髪の抵抗も力を増す。
 日の光を反射させている噴水の近く、周囲を木々で囲まれた場所で、二組の攻防がしばらく行われた。
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指圧のことは、有乃にとっても何でその情報を得たのか、聞いたことがある気がするなあ……というくらいおぼろげな記憶です
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