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祭壇と子供
しおりを挟む水野が持ち上げたのは、テディベアのぬいぐるみで、大きさは30センチぐらい。薄茶色の毛に黒くて丸い目が可愛らしい。薄汚れてはいるが、首に巻かれたピンクのリボンの生地が良くて安物ではない気がした。足裏に水野が言った刺繍が見えて、近寄ってみると右足にSA左足にはORIという黒い刺繍糸で文字が入っている。子供の名前か?と、祐二は押入れに置かれた別のぬいぐるみにも目を向けた。
「これにも同じ文字が入ってますね」
大きさは小さい物から大きな物まで、5体ぐらいのテディベア。色もベージュや濃い茶色、白っぽい物など色々だがあった。
「SAORIって、さおりちゃんって子供の名前だよね、心中で一人助かったっていう。ぬいぐるみ、持って行けなかったのかな」
少し悲しそうな声で水野は言った。周りに居た佐伯や山里、美乃利や祐二も表情が曇る。口には出さなかったが、助かった子供がその後どうなったのか、皆頭の中で想像していた。
病院から出て親戚に預けられたのか、それとも…….
「そういえば、岬さんが持って行ったぬいぐるみってコレと同じ物でしょ?この小さい物なら20センチぐらいだしバッグに入りそう」
美乃利は山里の顔を見ると言った。
「そうですね、多分。他には人形とか無さそうですもんね。岬さんの部屋に置いてあるかも」
山里が言ったが、先日寮の部屋を訪れた時には見かけなくて、バッグに入れたままなのかもしれない、と祐二は思った。
「あっ」と、佐伯の驚く声がして、一斉に声のする方に顔を向けると、押入れの中にあるランドセルに手を掛ける佐伯が見えた。
「何してるんですか?」と水野が声を掛けると、佐伯は赤いランドセルの蓋をめくってそこを指差す。
懐中電灯で照らされた所には、子供が緊急連絡の為に書かれた紙がビニールの袋に閉じられて貼り付いていた。
「そういえば、小学校の時にランドセルに入ってたような。名前や住所や血液型とか、名札も学校の外ではランドセルに仕舞ってたな。防犯の意味で、自分の名前とか知らない人には教えちゃダメって言われたっけ」
美乃利は懐かしむ様にソレを見ると言った。
「住所はここだね。名前は…スガヌマ サオリ。A型で、親の名前が書いてあるけど….、お母さんの名前だけ?」
佐伯が読み上げると、それに反応する様に祐二たちが「え、父親も居たよね」と言う。それぞれに不思議そうな顔をして見合った。
確か親子3人の一家心中だったはず。子供はなんとか死なずに済んだが、どうして父親の名前が記されていないのか。
「あの窓のない祭壇の部屋といい、この子供といい、この家はちょっと変わってる気がしますね。岬さんが調べたくなる気持ちが分かる」
「なんとなくだけど、…..これは踏み込んだら大変な事になるかもしれない」
「…..オレもそんな気がします。でも、この先が岬さんを知る手立てになるのなら。ここはもうオレたちで見つけるしかないのかも」
祐二と佐伯、山里はそれぞれに渋い表情のまま言う。水野は黙り込み、その後ろで美乃利はギュッと手を握り締めたまま立ちすくんでいた。
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