胸に宿るは蜘蛛の糸

itti(イッチ)

文字の大きさ
上 下
94 / 114

我慢できない

しおりを挟む

 漸くバイトの時間が終わると、店の方に入りトンちゃんと並んでカウンター席に座る。
「おつかれさま」と云われて、なんだか照れくさくなって、ちょっとはにかんで笑ったら、トンちゃんが嬉しそうに見つめてくるからまいった。

「そんなに見んなよ」
「だって、ハルキの働いてるとこ初めて見たから嬉しくて。姉さんにもちゃんと報告しておくよ」
 そう云うと、目の前のグラスを持ち上げて酒を飲み干した。

「そろそろ帰る?俺、荷物持ってやる」
「ああ、そうだね、さすがに今日は疲れた。荷物持ち、よろしく頼む」
「うん」

「それじゃあ、又来ます」
 中条さんに云うと、お会計をしてくれて、ちょっとだけサービスしてくれた様で、俺とトンちゃんは店を後にした。
肩に食い込む鞄は重かったが、足元がふらつくトンちゃんの腕をつかみながら、俺は幸せに浸って歩いている。
出張帰りに来てくれた事が凄く嬉しくて、ちゃんと俺の事を大事に思ってくれてると、そう感じたから。

「ちょっと飲み過ぎちゃった?」と訊ねると「全然、、、と云いたいけど、やっぱり飲み過ぎたかな。ハルキがちゃんと大人になってるって感じて嬉しかった」と云う。
そんな当たり前の事を云われて照れる。俺はもう、とっくに大人だと思ってんのに、トンちゃんにとってはずっと子供のままだったなんて。 

  トンちゃんのマンションまで行くと、そのまま荷物を抱えて部屋に上がった。
「片付けてないから、あんまり見ないでくれ」
  そう云うと、鞄を受け取って部屋の隅に置く。それからジャケットを脱いでハンガーに掛けると、ネクタイを外した。

「トンちゃんは明日会社に行くの?」
「いや、代休貰ってるから明日は休み」
「じゃあ、俺、泊まってもいい?」
「ハルキ、大学は?」
「明日の講義は無しになったから、俺も休みだよ」

  ここまで来たら泊まりたい。俺は嘘をついたが、トンちゃんは「そうか、ならいいよ」と言ってくれた。少し酔っているせいか、なんだか気分も良さそうだ。

「シャワー浴びられそう?酔ってる時って風呂入らない方がいいよな」
  Yシャツを脱ぐトンちゃんにそう云うと「シャワーは浴びるよ。頭洗いたいし、さっぱりしたい。ハルキが心配する程酔ってないから大丈夫。ハルキもシャワーするだろ?出張用に買った下着、新しいのあるから使って。Tシャツはオレのでいいよな」と笑う。

「うん、じゃあ先に入って。俺は後から入るから」
「じゃあ、そうする。あ、喉渇いたら冷蔵庫に飲み物入ってるし、適当に飲んで」
「うん、ありがとう」


  浴室に入ったトンちゃんが、全裸になってシャワーを浴びる姿を想像するだけで、何となく落ち着かない俺。 
ハンガーに掛けられたジャケットに近寄ると、そっと腕を回して包み込んだ。襟元から微かにトンちゃんの香水の匂いがすると、俺の頭はクラクラした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

もう遅いなんて言わせない

木葉茶々
BL
受けのことを蔑ろにしすぎて受けに出ていかれてから存在の大きさに気づき攻めが奮闘する話

恋愛対象

すずかけあおい
BL
俺は周助が好き。でも周助が好きなのは俺じゃない。 攻めに片想いする受けの話です。ハッピーエンドです。 〔攻め〕周助(しゅうすけ) 〔受け〕理津(りつ)

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

先生と俺

春夏
BL
【完結しました】 ある夏の朝に出会った2人の想いの行方は。 二度と会えないと諦めていた2人が再会して…。 Rには※つけます(7章)。

シロツメクサの指輪

川崎葵
BL
「おおきくなったら、ぼくとけっこんしてくれる?」 男も女も意識したことないぐらいの幼い頃の約束。 大きくなるにつれその約束を忘れ、俺たちは疎遠になった。 しかし、大人になり、ある時偶然再会を果たす。 止まっていた俺たちの時間が動き出した。

恋人が出て行った

すずかけあおい
BL
同棲している恋人が書き置きを残して出て行った?話です。 ハッピーエンドです。 〔攻め〕素史(もとし)25歳 〔受け〕千温(ちはる)24歳

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。 1日2話ずつ投稿します。

処理中です...