91 / 98
なんでもない日
しおりを挟む
授業の途中、不意に横の席にいた吉村に声を掛けられてハッとした。
「本宮くん、どうかした?」
「え、あ、……何が?」と、咄嗟に返したが、吉村は覗き込んで俺の顔を見ると「遠くの一点をジーッと見てるから」と云った。
「ああ、いや、なんでも無い。ちょっと寝不足でぼーっとしてただけ」
俺は、そういうと笑みを浮かべてもう一度正面に顔を向けた。教壇では講師が難しい社会情勢の話しをしている。
正直、トンちゃんと父親の事が気になって、昨夜はよく眠れなかった。何度も寝返りを打っては、もう二人の関係は終わったのだと言い聞かせた。なのに、すぐさま不安は押し寄せる。
「そうだ、明日の夜空いてる?」
吉村は小声で訊いてくる。平日の夜はバーのバイトがあるから「あー、バイト」と云ったら、そうか、と諦めの表情をした。
直感で、前に云っていた合コンの誘いだと思った。こういう時、友達を作る機会でもある合コンに出るのもいいが、残念ながら女子の相手は苦手だし、男友達が増えて特別いい事なんかあるのかと思ってしまう。
「本宮くんのバイトが無い日、今度教えてよ。一緒に遊びに行きたいから」
「…….あ、うん、わかった」
吉村にそう返事をすると、真面目に授業を聞き始める。
授業のノートを取りつつ、俺は勉強にイマイチ身が入っていない事を実感していた。
トンちゃんの近くに居る、ただそれだけの為に選んだ大学。これという将来の夢もないまま、とにかく留年だけはするまいと心に誓う。
バイトの時間になると、いつもの様に厨房に居て中条さんが指示した料理を作る。
明日はトンちゃんが寄ってくれるというので、内心浮かれていたのかもしれない。授業中はあんなに不安な感情が押し寄せていたのに、ゲンキンなものだ。
「これ、美味いな。ハルくんのオリジナル?」
「あ、はい。山芋があったので、前にうちのおふくろが作ったの思い出して」
酒のつまみになると思って作ったのは、短冊状に切った山芋に明太子をまぶして少しの醤油を垂らした上に鰹節を掛けただけの簡単なもの。酒を飲まなくても、俺はこれをご飯に乗せて食べていた。山芋のシャキシャキ感が好きだった。
「ええやん、コレ。ハルくんてお母さんの事好きなんや?」
そう聞かれるとなんだか照れてしまうが、「まあ、嫌いではないです。ちょっと口うるさいけど」と云った。
「ええなあ、オカンの事好きな男は優しいと思うで。ハルくんも優しそうやもんな」
「はは、どうでしょうか」
俺は料理を大きめのタッパーに入れると冷蔵庫にしまう。俺を褒める中条さんが、小鉢に残った料理を眺めながら、ほんの少し悲しそうな顔をしたのが気になる。が、客が入り出すとまた慌ただしい仕事に戻り、あっという間に夜は更けていった。
「本宮くん、どうかした?」
「え、あ、……何が?」と、咄嗟に返したが、吉村は覗き込んで俺の顔を見ると「遠くの一点をジーッと見てるから」と云った。
「ああ、いや、なんでも無い。ちょっと寝不足でぼーっとしてただけ」
俺は、そういうと笑みを浮かべてもう一度正面に顔を向けた。教壇では講師が難しい社会情勢の話しをしている。
正直、トンちゃんと父親の事が気になって、昨夜はよく眠れなかった。何度も寝返りを打っては、もう二人の関係は終わったのだと言い聞かせた。なのに、すぐさま不安は押し寄せる。
「そうだ、明日の夜空いてる?」
吉村は小声で訊いてくる。平日の夜はバーのバイトがあるから「あー、バイト」と云ったら、そうか、と諦めの表情をした。
直感で、前に云っていた合コンの誘いだと思った。こういう時、友達を作る機会でもある合コンに出るのもいいが、残念ながら女子の相手は苦手だし、男友達が増えて特別いい事なんかあるのかと思ってしまう。
「本宮くんのバイトが無い日、今度教えてよ。一緒に遊びに行きたいから」
「…….あ、うん、わかった」
吉村にそう返事をすると、真面目に授業を聞き始める。
授業のノートを取りつつ、俺は勉強にイマイチ身が入っていない事を実感していた。
トンちゃんの近くに居る、ただそれだけの為に選んだ大学。これという将来の夢もないまま、とにかく留年だけはするまいと心に誓う。
バイトの時間になると、いつもの様に厨房に居て中条さんが指示した料理を作る。
明日はトンちゃんが寄ってくれるというので、内心浮かれていたのかもしれない。授業中はあんなに不安な感情が押し寄せていたのに、ゲンキンなものだ。
「これ、美味いな。ハルくんのオリジナル?」
「あ、はい。山芋があったので、前にうちのおふくろが作ったの思い出して」
酒のつまみになると思って作ったのは、短冊状に切った山芋に明太子をまぶして少しの醤油を垂らした上に鰹節を掛けただけの簡単なもの。酒を飲まなくても、俺はこれをご飯に乗せて食べていた。山芋のシャキシャキ感が好きだった。
「ええやん、コレ。ハルくんてお母さんの事好きなんや?」
そう聞かれるとなんだか照れてしまうが、「まあ、嫌いではないです。ちょっと口うるさいけど」と云った。
「ええなあ、オカンの事好きな男は優しいと思うで。ハルくんも優しそうやもんな」
「はは、どうでしょうか」
俺は料理を大きめのタッパーに入れると冷蔵庫にしまう。俺を褒める中条さんが、小鉢に残った料理を眺めながら、ほんの少し悲しそうな顔をしたのが気になる。が、客が入り出すとまた慌ただしい仕事に戻り、あっという間に夜は更けていった。
0
お気に入りに追加
33
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ポケットのなかの空
三尾
BL
【ある朝、突然、目が見えなくなっていたらどうするだろう?】
大手電機メーカーに勤めるエンジニアの響野(ひびの)は、ある日、原因不明の失明状態で目を覚ました。
取るものも取りあえず向かった病院で、彼は中学時代に同級生だった水元(みずもと)と再会する。
十一年前、響野や友人たちに何も告げることなく転校していった水元は、複雑な家庭の事情を抱えていた。
目の不自由な響野を見かねてサポートを申し出てくれた水元とすごすうちに、友情だけではない感情を抱く響野だが、勇気を出して想いを伝えても「その感情は一時的なもの」と否定されてしまい……?
重い過去を持つ一途な攻め × 不幸に抗(あらが)う男前な受けのお話。
*-‥-‥-‥-‥-‥-‥-‥-*
・性描写のある回には「※」マークが付きます。
・水元視点の番外編もあり。
*-‥-‥-‥-‥-‥-‥-‥-*
※番外編はこちら
『光の部屋、花の下で。』https://www.alphapolis.co.jp/novel/728386436/614893182
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる