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独りがいい訳じゃないけれど

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 バイト初日はどっと疲れが溜まり、風呂に入ったら気を失うように眠ってしまった。
気がついた時にはとっくに陽も登りきり、慌てて時計を見れば10時を回っていた。

「やっべえ!二限、完全に遅刻じゃん!」
ベッドから飛び起きると速攻で顔を洗う。目についた服を大慌てで着ると、転がるようにドアから飛び出して急いで学校に向かった。バスを待つ間もソワソワしながら、なんとか3限に間に合ってくれと心の中で祈る。

 大学近くのバス停で降りると、とにかく今までで一番真剣に走って教室を目指した。あんまり必死に走る俺を通り過ぎる学生が怪訝そうに見ていたが、そんな事は気にしていられなかった。
ぎりぎりで授業の始まる前に席に着くことが出来て、額から吹き出す汗を漸く拭うと、全身の筋肉が一気に傷みだす。机に伏せてバッグを枕代わりにすると、落ち着くために深呼吸をした。

 周りに人のいない席を選んで腰かけたはずが、「すごい勢いで入って来たね」と、声が聞こえて顔をあげた。わざわざ隣に座ろうとする吉村が、俺の顔を見て笑っている。きっと必死の形相だったに違いないな、と思うと恥ずかしくなった。

「寝過ごしちゃってさ、なんとか3限は間に合って助かった」と、照れながら云った俺に、「まだ先は長いんだから、ちょっとぐらい授業をサボっても大丈夫だよ」と吉村は微笑む。
そんな言葉を聞きながら、俺は授業が始まれば真剣にノートを取り始めた。バイトを始めたせいで学業がおろそかになったんじゃ話にならない。

 昼休みになると、同じ授業を受けていた吉村と連れだって食堂に向かった。
行く途中で、吉村は何人かの顔見知りに声をかけていたが、俺から離れる事はなく二人でカツ丼を注文すると席に着く。中条さんに教えられて以来、俺は学食のカツ丼が気に入っていた。

「本宮くん、友達出来た?」
「....え?」
「見かけると、いつも一人でいる事多そうだから。身長あるし、結構目立ってるのにどうしてかなーって気になってさ」
 吉村は大きなカツを箸で摘まんで口まで持って行く間に云った。その言葉に一瞬俺の箸は止まる。

「そんなにボッチ感出してる、俺?」
 なんだか急に恥ずかしくなった。周りからそんな風に見られているのかと思うと、辺りが気になる。

「ああ、ごめんごめん、変な言い方だった。本宮くん、独りが好きなのかなーって思ってる女子もいて、結構キミの事気にしてる娘居るんだよ。知り合いなら紹介してって云ってくる娘も。.........彼女とかいる?」
「...........ぁ、.......特にいないけど、..........えっ、そんな風に見られてたなんて知らなかった。俺って自分から行くの苦手で、高校の時も仲いい奴とばっかり遊んでたし、数えるほどしか友達いなくて。女の子と付き合ったの中学生の時だし、それ以来付き合った事ない」
「え、マジで?? 勿体ない。世間一般では本宮くんみたいな男はモテるタイプなんだよ。いないならこれからどんどん付き合いなよ。どんな女子が好み?」
「.........え、いや、..........それは..............」
 目を輝かせている吉村には申し訳ないが、俺の好みはトンちゃんしかいなくて。でも、そんな事を云う訳にもいかず。仕方なくカツを頬張ると「今はいいや、バイトもあるし」と云った。

「残念だな、合コンとか誘いたかったけど。良かったら数合わせに来てくれると助かる。バイトの無い時とか教えてよ」
「あー、うん、暇になったら」

 美味しいカツ丼も喉を通り辛いが、調子を合わせるとなんとなく腹も満たされて、午後の授業までの時間は吉村と別れて図書室へと向かう。


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