胸に宿るは蜘蛛の糸

itti(イッチ)

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 中条さんに教えられて店の開店準備をしていると、店の入り口のドアがそっと開く。
そちらに視線を向けた俺は、扉から覗いた顔を見て少し背筋を伸ばした。中条さんのお兄さんが様子を見にやって来たのだった。

「お疲れ様です」と云った俺にニコリと笑みを浮かべると、「初日、頑張ってね」と声を掛けられた。

「あ、はい。頑張ります」と云ってはみたが、何を頑張ればいいのか分からない。
取り敢えず中に入って来ると中条さんをみつけて何やら話し出した。俺は続きの仕事をしながら外へと出て、店の前に落ちているゴミやたばこの吸い殻なんかを掃除した。
家の玄関前すら掃除した事のない俺が、と思いながら、ホウキとチリトリを抱えて動く。

 店の中に戻ろうとした時、入れ違いにお兄さんはドアを開けて出てきた。

「あ、....」と戸惑う俺に、「分からん事は弟に聞いてな。いろんな客がおるから疲れるかもしれんけど、まあ、慣れたら面白いもんや。ほな、頑張って」とにこやかに去って行った。

 慣れない関西弁にも少しずつ耳が慣れてきた様に思う。俺からしたら結構優しい言葉使いの様な気がした。
トゲトゲしさは感じなくて、ホンワカした気分にしてくれる。

「本宮くんの下の名前、ハルキやんか?」

 いきなり顔を見るなり中条さんに訊かれて、「ぁ、...そうです」と小さく答える俺。

「ハルくん、でいいよな?呼び名。」

「........ぇ、はい、別になんでもいいですけど。」

 ハルくん、なんて呼ばれるのは幼稚園の時以来だろうか。少し照れくさかった。

「そう云えば、中条さんの下の名前聞いてませんでした。」

 俺がそう云うと、フフッと笑った中条さんは「それなぁ、ホンマは云いたくないんやけど.......穰之介(じょうのすけ)いうねん。歌舞伎役者みたいな名前やろ?」と云ってひとつに結わえた髪を照れくさそうに掴んだ。

「ジョウノスケ...........って、渋いですね。あんまりイメージが湧かないっていうか」

 正直、もっと爽やか系の名前とかキラキラネームを想像していた俺は呆気にとられる。

「ぁ、....シマさんが云ってたジョウちゃんって、名前の方の..........。俺、てっきり中条さんの条だと思ってました。」

「あはは、そうやな。普通はそう思うかも。兄貴もオレの事はジョウ、って呼ぶから。ハルくんもオレの事ジョウって呼んでもいいよ」

「いえいえ、先輩ですから呼び捨てとか.......中条さんって呼びますから」

 俺がそういうと、フフッと笑いながら前を通り過ぎて厨房へと消えていく中条さんだった。
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