49 / 103
歯痒い気持ち
しおりを挟む俺が夕食を食べ終える頃、父さんが会社から戻ってきた。
一瞬目が合ったが、どちらともなく視線は外されてしまい、無言のまま立ち去ろうとする俺に母さんの声が掛かる。
「トンちゃんの転勤、10月に決まったって。今のうちに大学の事とか相談しておきなさいよ。」
振り返った俺は、母さんの身体越しに父さんの顔を見た。
トンちゃんが転勤すると聞いてどんな顔をしているんだろうかと確かめたかった気持ちもある。
「分かってる。聞いておくよ。」
ひと言だけ云うとその場を離れたが、父さんの表情には何の変化もなかった。いつも通りの穏やかな顔だ。
そう云えば、俺は父さんに叱られた記憶がない。その分母さんには叱られっぱなしだけど。
前はそんな事を気にもしなかったが、今思えば父さんの中にも秘密にしている心苦しさがあったのだろう。だから面と向かって俺を𠮟れなかった。
でも、あの顔がトンちゃんを苦しめるんだ。
穏やかで優しくて、トンちゃんの気持ちを受け入れてしまった。ちゃんと拒絶すればこんな事にはなっていなかっただろうに。..............でも、俺も人の事は云えない。俺もトンちゃんを好きになってしまって、苦しめてしまったから。
風呂に入った後で部屋に戻ると、トンちゃんが帰宅していた。
部屋の扉が開いたままだったので廊下を通る時に覗いてみると、ベッドの上に服を広げている。
「おかえり。どうしたの、服なんか広げて。」
部屋の入口から声を掛けてみれば、トンちゃんはこちらを振り返った。
「ああ、ただいま。......明日大阪に出張だから、その用意をね。」
「そう、............10月から転勤なんだってね。母さんに訊いた。」
「うん、..........ハルキはこの離れにひとりで住むの?あっちの母屋に移ってもいいんじゃない?」
「.........んー、そうだけど。なんかめんどくさいし、俺はいいよ、ひとりでも。」
「そう?.......まあ、祐斗くんも遊びに来るし、こっちにいる方がいいか。」
「それは、.........」
祐斗の事を云われると少し気が重くなる。
トンちゃんには祐斗に告白された事を云ったし、多分付き合っていると思ってるかもしれない。
「俺、ちゃんと勉強して大学行くよ。だからトンちゃんも頑張って。」
「うん、ありがとう。ハルキもね。」
それだけを云うと俺は自分の部屋に戻って行った。
どんどん別れの時期が迫ってくるが、今の自分にはどうしようもない。
学生であるという事が歯痒くてならなかった。
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ハルとアキ
花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』
双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。
しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!?
「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。
だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。
〝俺〟を愛してーー
どうか気づいて。お願い、気づかないで」
----------------------------------------
【目次】
・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉
・各キャラクターの今後について
・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉
・リクエスト編
・番外編
・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉
・番外編
----------------------------------------
*表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) *
※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。
※心理描写を大切に書いてます。
※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。


久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした
亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。
カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。
(悪役モブ♀が出てきます)
(他サイトに2021年〜掲載済)

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる