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言ってはならない事だった
しおりを挟むトンちゃんを抱きしめた腕をゆっくり離すと、俺はうな垂れたまま無言で部屋を出た。
背中にかかる視線が痛い。トンちゃんが何も云えない事は分かっているが、自分の気持ちを閉じ込めなきゃならないのは辛すぎて。ひとこと声を掛けられたなら、もう一度抱きしめられるものを....。
静かに自分の部屋に戻ると、すぐにトンちゃんが部屋を出て行く音が聞こえる。
「大阪か-----」
青森に比べたら近い様な気もするが、学生の俺にとっては遠い場所だった。
ちょっと顔を見に行く、なんて出来ない距離。バイトをしないと交通費も出せない。
頭の中でグルグルと迷走しても埒が明かない。
取り敢えずは自分のやるべき事をするしかなかった。
* * *
祐斗の事やトンちゃんの事で、悩める夏休みを過ごした俺は、新学期になると少しだけ真面目に勉強に励んだ。悩むより、何かに没頭していた方が気が休まるからで、ある意味逃げに走ってしまったのかもしれない。
「俺、塾に行こうかな。」
晩ご飯を食べている時に、父さんと母さんにそう云った。
珍しく家族三人で食卓を囲んで、その日はトンちゃんが大阪に出張だったから、俺も少しだけ気持ちが軽くなったんだと思う。
父さんと母さんとトンちゃんが目の前に居たら、こんなに平常心ではいられない。
「遂に受験勉強する気になった?」
「大学とか決めたのか?」
二人に訊かれて、そこはまだ決めていないと答えた。
受験の為にもなるけれど、結局は色々考えるのが怖くなっただけで。
「まあ、何処を受けるにしろ、勉強は自分の力になるから。いいんじゃないか?」
父さんに云われて、本当は素直に喜べない自分がいたが、そうだね、と答えて食事を続ける。
もう長い事、父さんの顔を見るのが苦手で、視線を合わせない様になっていた。トンちゃんとの事を知ってから、冷静に見れないんだ。それに、何かのきっかけで自分の口から二人の事を暴露してしまいそうで。
父さんには、どうせなら早く青森に行って欲しいとさえ思っている。
俺は多分、小学生の時に離れの部屋で二人を見たあの日から、父さんの事を嫌っているのかもしれない。
子供心に覚えた違和感をずっと引きずったまま、それが明らかにされた今、尚更父さんを許せない。
それに、俺にとってはもはや恋敵になる訳で。こんなぐちゃぐちゃな想いをぶつけたくても何も云えない自分が歯痒くて情けない。
「父さんは、.....青森に行ったら何年位帰って来れないの?」
「...........そうだなぁ、3年か5年か.......。まあ、定年はこっちで迎えるだろうけど、分からないなぁ。」
「母さんも一緒に青森に行けばいいのに。」
「....え?」
ふと、そんな言葉を云ってしまって、自分でも驚く。
「ぁ、.....ほら、父さんは自炊とか出来なさそうだし、単身赴任するには歳だしさ。」
どうにか誤魔化して、心の中でホッと息をつく。
「そりゃあ、心配ではあるけど、......私も仕事がねぇ。それにハルキが一人になっちゃうじゃないの。アンタこそ料理なんて出来ないくせに。」
母さんにそう云われて、確かに、と納得する。一丁前に大人の心配をしてる身分じゃなかった。
「........料理は、.....多分出来るだろ。俺だってその内ひとり暮らしになるかもだし。来年からそうなったって変わらないじゃん。」
「まあね、遠くの大学に行ったら一人暮らしだもんね。」
「父さんは、別に一人で大丈夫だぞ。食事もちゃんとカロリーとか考えて摂るつもりだし。母さんの仕事もあるからなぁ。」
父さんのその言葉が、俺の中の琴線に触れた。
なんとなく、トンちゃんを呼び寄せるつもりなんだと思えてならない。だから母さんに来て欲しくないんだ。
「母さんが付いて行ったら父さんは困るからだろ?!」
あ、と口に出してから後悔した。これは云うべきじゃなかった。完全に俺の失言だ。
目の前の二人の視線を浴びて、それが訝し気な表情に変わると、俺は瞼を閉じて天を仰いだ。
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