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沈黙

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 ドアを開ける手が震えている。
頭の中は殆ど靄がかかったみたいにかすんでいた。
それでも「ただいまー」と声を掛けると、中へ入って行く。

「おかえり。友達のところに泊まるんじゃなかったのか?」

「......あー、うん、昨日泊まったから今夜は帰って来た。父さんは昨日帰って来たの?」

「ああ、夜中になったけどな。今日は一日休みを貰ってゆっくりしていたところさ。お母さんは仕事で呼び出されて行ったよ。ご飯は?」

「まだだけど、.....夕方に色々食ったから腹は減ってない。あとでカップ麺でも食べるよ。」

「そうか、じゃあ、そうしろ。.....徹は今夜残業だって。」

「そう、.....分かった。じゃあ俺部屋に居るから。」

「ああ、」

 ちゃんと会話が出来ていただろうか。心臓はドキドキしているけど、自分が何を喋ったか思い出せない。
でも、多分大丈夫だ。

 離れの部屋に行くと、着替えをしてベッドにゴロリと横たわった。
さっきの父さんの顔がどんなだったか思い出せなくて。きっと普段通りの優しい顔で俺に話しかけていたんだろうな。でも、あの顔の裏側では.........。

 トンちゃんは、自分から好きになったと云ったが、俺は父さんもひょっとしてトンちゃんの事を好きになっちゃったんじゃないかと思った。母さんの弟だからといっても、あそこまで優しくする事もないだろう。それに、仕事の関係が出来たのはトンちゃんがあの会社に入ったからで、前から父さんの取引先だった事を知っていた。
父さんも、トンちゃんが受かる様に口をきいたんじゃないかな。きっとそうに違いない。


 考えれば考える程、俺は腹がたって父さんに何か云ってやりたくなる。
だけど、そんな事を云えばすべてが壊れてしまう様で苦しかった。俺が黙っていればいい事だ。

 まだ頭はスッキリしないが、取り敢えず腹が減ってキッチンに行くとカップ麺を取り出してお湯を沸かした。
父さんはもう寝てしまったのか。母屋には俺だけ。トンちゃんもまだ帰って来る様子もなく、ひとりカップ麺を前に呆然としていた。と、その時。

「ただいま」と云って玄関の扉が開いてトンちゃんが帰って来た。

 俺は焦る。

「えーっと、......おかえり。」

 なるべく視線は合わない様にしながら言葉をかける。

「ただいま。....今夜は泊りじゃなかったんだね。」

「うん、......」

 トンちゃんも少し俺と話すのをためらっている様に思えた。

「水だけ飲んだらシャワー浴びて寝るよ。」

「うん。」

 そう云うと、コップに水を注いでグイッと飲み干してから離れの方に向かう。
いつもは先に離れの方に行ってから母屋に来るのに。今夜はどうして?
ひょっとして父さんが待っていると思ったのかな.......。

 伸びてしまったカップ麺を啜りながら、俺はまだモヤモヤしたまま。




 
 
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