胸に宿るは蜘蛛の糸

itti(イッチ)

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怒りの矛先

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 足が震える。
 
 さっきの父親の声が耳の奥から離れない。

 俺や母さんと話す時には無い、少し甘えた様な声。そして...........。
思い出したくないのに、俺の頭の中ではあの日の記憶が一気に蘇る。

 小5の時に離れのトンちゃんの部屋で見た光景。
あの時、トンちゃんは虚ろな目で何をしていた?いや、父だ。父がとんちゃんに何かを........

「クッソー、マジかよ!」
頭をガンガンと拳で叩きながら、俺はベッドに入ると布団を頭から被った。
この記憶を消し去りたい。さっきの父親の話しも何もかも。



 身体の底から湧き上がる不愉快な感情。それになんと名前をつければいいのか分からないが、今まで生きてきた中で一番不愉快だったしショックだった。裏切られたという気持ちなんだろうか......。


 布団を頭から被った俺の耳に、微かに聞こえる声がした。

「ハルキ、......」

 トンちゃんの声だ。
風呂から出て来て、きっとスマホを見たんだ。


「ハルキ、あの、......」
云いかけるトンちゃんの言葉を遮る様に、俺は布団を剥ぐとトンちゃんの手を掴んでベッドに倒し込んだ。

「説明しろよ、俺に!.......何なんだよ、あんたら!」

 トンちゃんの身体を押さえ込むぐらい俺には簡単で。
既に体格では俺の方が勝っているし、力だって強い。トンちゃんは何の抵抗も出来なくなった。

「ごめん、ごめん、ごめんなさい。......姉さんには云わないで、.....お願いだから、.....」

 俺は掴んだ手を緩めると、身体を起こして座った。
トンちゃんはまだ横たわったまま、俺の顔を見れずに声を震わせて謝るばかり。

 こんな事を云わせる父親に呆れる。
張本人は父さんじゃないか。なのにトンちゃんが悪いみたいになって........。


「云わないよ、俺の口からは。.....ってか、云えないだろ?こんな、......」

 男と女だとしても云えないのに、弟と亭主が、だなんて...........口が裂けたって云えないよ。

「.....っから?......いつから父さんと、........」

「..........それは、...............」

 口ごもるトンちゃんは、ただ涙を浮かべているだけ。

「この離れに住んでから、だよな。........なんか違和感あったんだ。俺はガキで、その違和感がどういうものなのか分かんなかったけど。.......そうか、........」

「正和さんは悪くないよ、オレが、オレが.......ゲイなんだ。」

「え?」

「ハルキの歳にはもう分かってた。もっと前から、女の子と触れ合うとゾッとして、そういう関係にはなれないって事が。でも、姉さんが連れて来た正和さんを見て、初めて胸が高鳴った。オレが勝手に恋をして、オレの気持ちを受け入れてもらっただけ。」

 何を云っているんだと思った。
二人の馴れ初めを話すように、そんな顔で云われて、俺がいったいどんな気持ちでいると?

「キスマーク、見せてよ。」

 俺は腹がたって、トンちゃんを無理やり転がすとTシャツを捲り上げた。



  
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