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疑心
しおりを挟む狭い庭の片隅で、白く大きな花をつけていた木蓮の樹。今朝、雨戸を開けてふと見たら、その花はもうぬかるんだ地面の上に落ち、雨に打たれて酷くくたびれていた。
毎年、春先に見るこの光景だったが、子供ながらに哀愁を感じては溜め息をついていた俺。
庭に降りてその花びらを手に取ると、目の前の閉ざされた離れの部屋の雨戸をじっと見つめる。自分の身長が伸びる度、この離れの建屋は小さく感じられて、心身ともに窮屈さを増していた。
小学5年生の春休み最後の日だった。母親に手伝ってもらい、やっとの思いで宿題を仕上げる事が出来ると、次こそは早めに終わらせようと誓いをたてる俺。
「もう、本当に.....。毎回休みが終わるとこういう状況で嫌になっちゃう!お母さんが手伝えるのは5年生までだからね!算数とか難しくなるし、これからはお父さんに手伝ってもらってね。」
母からの小言は毎回で、かなり慣れてしまったが、流石に父には頼みにくい。
「分かってるよ。これからはちゃんとするから。」
ふてぶてしく云うと、リビングのテーブルに広げたノートを水色のランドセルに仕舞った。
母の趣味で選んだ水色のランドセルは、ほとんどの男子が黒色を持つ中ではひときわ目立つ。茶色のものを持つ生徒もいたが、俺の水色に比べたら全然マシ。でも、それが嫌だとも云えずに、あと1年は我慢する事にした俺は、自分でいうのもなんだけど、引っ込み思案な子供だった。
「あ、晴樹、トンちゃんにお風呂入る様に云ってきてね。で、アンタも一緒に入っちゃいなさいよ。」
「......うん、分かった。」
ランドセルを抱えると、俺は離れにある自分の部屋に向かった。
離れの家は、二年前に亡くなった母方の祖父が暮らしていたところで、祖父が亡くなると、地元に戻って来た母の弟『徹さん』が住む事となった。が、何故か俺の子供部屋もそこに当てられてしまい、おじさんの『トンちゃん』と二人で離れで暮らす事となった。
古くて狭い母屋の方は、両親の寝室と俺の部屋、納戸と来客用の部屋があるだけで。父の仕事の関係で書斎が必要になると、俺の子供部屋は必然的に無くなってしまった。それに、もし兄弟が増えたら益々家も狭くなるし.....。
母は、俺の次に生まれる子が女の子であって欲しいと云っていた。でも、それは中々叶わなかった。正直なところ、俺にはどうだっていい事で。弟や妹は面倒な存在だという事を周りの友人から聞いていたし、ひとりっ子の方が気楽でいいと思っていた。
あの日、砂利敷きの庭を通ると、母屋よりも新しい離れの部屋の玄関扉を開ける。
草履を脱ぎ捨てて短い廊下を進むと、八畳間に居る徹おじさんこと『トンちゃん』の部屋に向かった。おじさんといっても、母とおじさんは10歳違いの姉弟だったから、俺とは12歳しか離れていない。
「トンちゃん、お風呂、!」
バタン、と勢いよくドアを開けて云うと、振り返って俺を見たのは父だった。
父の背中の向こうには、ベッドの上で横たわるトンちゃんが見えていて、うっすらと開いた瞳は虚ろな感じだったが、俺の方に視線が泳ぐと一瞬で顔色は変わった。
「あ、お風呂?!......うん、入る、入る。」
慌てて上体を起こすと、トンちゃんはゴソゴソと服を直しながらベッドから降りてきた。
「お父さん、..............此処に居たんだね。」
「ああ、徹と仕事の話しをしててね。晴樹は宿題出来たのか?」
「うん、お母さんに怒られちゃったけど......。これからはちゃんとするから。」
「そうだな、今度6年生だもんな。」
「.......うん、」
俺は子供だったけれど、ピリピリと肌に突き刺さる様な部屋の空気を感じて、その時の父の顔とトンちゃんの表情は、頭の中の奥深くに仕舞わなければ、と思った。
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