上 下
34 / 36
第五章

願い事の代償

しおりを挟む

 水野さんが云った様に、親とすれば当たり前の願い事。
子供の無事を祈る。病気が回復する事を願う。幸せを願う。そんな願いを母も叶えて欲しいと手を合わせただけ。

 だが、それが真壁家に生まれた女性には残酷な結果をもたらす事になる。

「お母さんは、お地蔵さまの存在がなくても奥村くんの回復を祈ったはず。北海道での出来事が東京で起こるなんて思ってもいなかったでしょう?峰子さんだってその時に初めて分かった事。お地蔵さまの前でなくても祈れば叶うって事。」

 母の記した文字を見るのが辛くなって、俯いたままの僕にそう言うと、水野さんはページをめくる。


[ 祐二が少しずつ良くなっているみたいで嬉しい。でも、両親の葬儀にも帰る事は出来なかった。そして、亮にも話せていない。私の犯した罪は償いきれないし、誰にも話せない。話せば亮も傷ついてしまう。このまま身を隠すしか......。 ]


 声を出して水野さんが読んでくれた。その内容は、ものすごく心に刺さる。それに、母が弟の亮さんを気遣っていた事が分かって、それが一つの救いになった。

「ここから暫く日記が書かれていない。.........白紙のページがあって、........あっ、また書き始めてる。」

 何枚かページをめくる音が聞こえ、それが止むと水野さんが話し始めた。
僕は、そこからまた一緒に見つめる事にした。母の思いを受け止めなければ、と思う。


[ 祐二の退院が決まって茂くんに知らせたけど、すぐには帰って来られない。九州で帰りの積荷を引き取ってからになるみたい。早く三人での暮らしに戻りたい。私にはもう茂くんと祐二しかいない。家族は三人だけ。悲しい事だけど、仕方がない。 ]


「もう北海道の弟さんとは連絡を絶ったという事ね。なんか......辛いね、......」

 水野さんがため息交じりに云って、僕自身も酷く悲しい気持ちになる。
そして、その気持ちは癒される事なく、もっと衝撃を受ける事が起こった。父の事故死だ。

 九州からの帰り道、高速で父のトラックは中央分離帯に接触して大破。その後の母の状態は峰子さんから聞いた通り。
生きているのか死んでいるのか、感情を無くしてしまったようだと云っていた。

[ 茂くんの死は私が招いた事かも。わからないけど、そんな気がする。 ]


 そう書かれた日記を読むと、胸が締め付けられる。そんな事はあり得ないのに、母には人の死が自分のせいのように感じていたのかも。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

RoomNunmber「000」

誠奈
ミステリー
ある日突然届いた一通のメール。 そこには、報酬を与える代わりに、ある人物を誘拐するよう書かれていて…… 丁度金に困っていた翔真は、訝しみつつも依頼を受け入れ、幼馴染の智樹を誘い、実行に移す……が、そこである事件に巻き込まれてしまう。 二人は密室となった部屋から出ることは出来るのだろうか? ※この作品は、以前別サイトにて公開していた物を、作者名及び、登場人物の名称等加筆修正を加えた上で公開しております。 ※BL要素かなり薄いですが、匂わせ程度にはありますのでご注意を。

意識転移鏡像 ~ 歪む時間、崩壊する自我 ~

葉羽
ミステリー
「時間」を操り、人間の「意識」を弄ぶ、前代未聞の猟奇事件が発生。古びた洋館を改造した私設研究所で、昏睡状態の患者たちが次々と不審死を遂げる。死因は病死や事故死とされたが、その裏には恐るべき実験が隠されていた。被害者たちは、鏡像体と呼ばれる自身の複製へと意識を転移させられ、時間逆行による老化と若返りを繰り返していたのだ。歪む時間軸、変質する記憶、そして崩壊していく自我。天才高校生・神藤葉羽は、幼馴染の望月彩由美と共に、この難解な謎に挑む。しかし、彼らの前に立ちはだかるのは、想像を絶する恐怖と真実への迷宮だった。果たして葉羽は、禁断の実験の真相を暴き、被害者たちの魂を救うことができるのか?そして、事件の背後に潜む驚愕のどんでん返しとは?究極の本格推理ミステリーが今、幕を開ける。

ダブルネーム

しまおか
ミステリー
有名人となった藤子の弟が謎の死を遂げ、真相を探る内に事態が急変する! 四十五歳でうつ病により会社を退職した藤子は、五十歳で純文学の新人賞を獲得し白井真琴の筆名で芥山賞まで受賞し、人生が一気に変わる。容姿や珍しい経歴もあり、世間から注目を浴びテレビ出演した際、渡部亮と名乗る男の死についてコメント。それが後に別名義を使っていた弟の雄太と知らされ、騒動に巻き込まれる。さらに本人名義の土地建物を含めた多額の遺産は全て藤子にとの遺書も発見され、いくつもの謎を残して死んだ彼の過去を探り始めた。相続を巡り兄夫婦との確執が産まれる中、かつて雄太の同僚だったと名乗る同性愛者の女性が現れ、警察は事故と処理したが殺されたのではと言い出す。さらに刑事を紹介され裏で捜査すると告げられる。そうして真相を解明しようと動き出した藤子を待っていたのは、予想をはるかに超える事態だった。登場人物のそれぞれにおける人生や、藤子自身の過去を振り返りながら謎を解き明かす、どんでん返しありのミステリー&サスペンス&ヒューマンドラマ。

梟(ふくろう)

つっちーfrom千葉
ミステリー
 ヒッチコック監督の『サイコ』という映画を下敷きにして、この文章を書いてみました。社会に馴染めない根暗で気の弱い男が、ほとんど自意識の無いままに同僚の女性を殺害するまでの、数日間の生活の記録です。殺害をほのめかす供述はありますが、殺害シーンと残酷描写はありません。  この作品のような動機のみがはっきりしない殺人事件のケースにおいても、警察側は状況証拠の積み重ねにより有罪に持ち込むと思われます。しかし、弁護側に冤罪の可能性を追及される余地を多分に残すことにはなると思われます。

復讐代行業

ももがぶ
ミステリー
被害者の訴えを聞き取り、依頼者に成り代わり密やかに復讐代行を行う。

人体実験の被験者に課せられた難問

昆布海胆
ミステリー
とある研究所で開発されたウィルスの人体実験。 それの被験者に問題の成績が低い人間が選ばれることとなった。 俺は問題を解いていく…

【毎日20時更新】アンメリー・オデッセイ

ユーレカ書房
ミステリー
からくり職人のドルトン氏が、何者かに殺害された。ドルトン氏の弟子のエドワードは、親方が生前大切にしていた本棚からとある本を見つける。表紙を宝石で飾り立てて中は手書きという、なにやらいわくありげなその本には、著名な作家アンソニー・ティリパットがドルトン氏とエドワードの父に宛てた中書きが記されていた。 【時と歯車の誠実な友、ウィリアム・ドルトンとアルフレッド・コーディに。 A・T】 なぜこんな本が店に置いてあったのか? 不思議に思うエドワードだったが、彼はすでにおかしな本とふたつの時計台を巡る危険な陰謀と冒険に巻き込まれていた……。 【登場人物】 エドワード・コーディ・・・・からくり職人見習い。十五歳。両親はすでに亡く、親方のドルトン氏とともに暮らしていた。ドルトン氏の死と不思議な本との関わりを探るうちに、とある陰謀の渦中に巻き込まれて町を出ることに。 ドルトン氏・・・・・・・・・エドワードの親方。優れた職人だったが、職人組合の会合に出かけた帰りに何者かによって射殺されてしまう。 マードック船長・・・・・・・商船〈アンメリー号〉の船長。町から逃げ出したエドワードを船にかくまい、船員として雇う。 アーシア・リンドローブ・・・マードック船長の親戚の少女。古書店を開くという夢を持っており、謎の本を持て余していたエドワードを助ける。 アンソニー・ティリパット・・著名な作家。エドワードが見つけた『セオとブラン・ダムのおはなし』の作者。実は、地方領主を務めてきたレイクフィールド家の元当主。故人。 クレイハー氏・・・・・・・・ティリパット氏の甥。とある目的のため、『セオとブラン・ダムのおはなし』を探している。

中学生捜査

杉下右京
ミステリー
2人の男女の中学生が事件を解決していく新感覚の壮大なスケールのミステリー小説!

処理中です...