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第五章

紐解くとき

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 なんとか部屋に入ると、コップに水を汲んで一気に飲み干す。

 未だに信じられない話。そんな事が現在社会の中で起こっていたなんて.........

 椅子に腰を下ろしてしばらく茫然としていると、玄関でチャイムが鳴った。すぐに水野さんの事を思い出す。
必死で逃げるように戻ってきて、水野さんを置いてきてしまった。

 玄関の扉を開けると、そこにはやはり困ったような表情の水野さんの顔があった。

「すみません、置いてきてしまって.......」

「いいの。.....大丈夫?」と僕の顔を覗き込む。

「はい、.....どうぞ入ってください。」

 僕は水野さんを招き入れると、もう一度椅子に腰掛けた。

「下の自販機でアイスコーヒー買ってきた。」と云い、水野さんは缶コーヒーを僕の前に差し出す。

「ありがとうございます」と、コーヒーを受け取って蓋を開けた。一口含むと、咥内に広がる苦みが僕の正気を保たせてくれる。ゆっくりと現実の世界に引き戻された気がした。

「ごめんなさいね、私が好奇心を募らせたせいで。......こんな事になるなんて思ってなかった。」

 水野さんは僕に謝りながら、少し涙ぐんでいるようだ。話す声色が鼻声になって、その内頬を伝う涙を拭いだす。

「....僕の方こそ、.........気味悪い話を聞かせてしまって。.....今、このハイテク時代に、......呪いですか、そんな事が許されますか?......正直、母の事が分からなくなりました。僕を守ってくれた事には違いないけど.....。」

 なんといっていいのか分からなかった。自分を正当化したかったのかもしれない。ここに僕がいるのは、僕のせいではなくて、母が自分の親に呪いをかけたのだと。そんな事を心の何処かで正当化したかったのかもしれない。

「待って、.....それは違うよ。奥村くんのお母さんは、他の母親が願う様に我が子の回復を願っただけ。それが結果として誰かの不幸に繋がったとしても、お母さんのせいじゃないし奥村くんのせいでもないのよ!峰子さんも云ってたでしょ?これは偶然だって。そういう事だよ!」


 水野さんの言葉は乾いた僕の心に少しづつ沁み渡る。だが、完全には沁み渡らないと、僕は感じていた。
誰かを生贄にして、今の僕があるとしたら。......偶然と思いたくても、知ってしまった過去の出来事がそれを否定する。


 コーヒーを一口づつ飲みながら、静かな部屋の中で息を吐く音だけが耳に残る。
水野さんはじっと座ったままで。それでもゆっくりと立ち上がると、母の部屋に行きそっと写真立てを手にした。じっと見つめる先にいる母の顔に、ほんの少しの笑みを浮べて「お母さん、苦しかったでしょうね。今の奥村くんの様に思っていたら、その後どんな気持ちで生きて来たのか....。私には想像も出来ないけど.....。だけど、奥村くんの成長を嬉しく思って過ごしたはずだよ。」という。


 一瞬、母が残した日記帳の事が頭を過ぎった。
かなり古いもので、閉じて開かなかった帯は劣化して切れてしまい、でも、すぐに読んでみる気にはなれなくてそのままにしていた。

「....日記、.....」と云って僕が立ち上がると、水野さんは「え?」と訊き返す。

「母の日記があるんです。かなり昔のもので、多分ここに越してくる前に書かれたもの。」

 そう云いながら日記を置いた場所に行き取り上げた。

「それが?」

「はい......母の日記です」


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