上 下
16 / 36
第三章

犠牲者のひとり

しおりを挟む
 翌日、朝ご飯を頂いた後でもう一度お地蔵さまを見に行くと、最初に見た印象とは違って見える事に気付く。
どこが、という事もないが、母の書いたものを全て読んだからなのか、目の前のお地蔵さまが神秘的というか少し恐ろしいものにも見えてくる。

 ここで願い事を繰り返し唱えて、それが叶った時はどんなに嬉しかっただろう。
ただ、その裏で不幸に見舞われる動物や人もいた。
このお地蔵さまには、いったいどんな力があるのだろう............。

 美乃利さんが怪我をしたという場所らしき部分を見ても、その欠けが本当に怪我の所なのか。
そう思いたい美乃利さんが、勝手に身代わり地蔵として認識してしまっただけなのか。

 僕はひと息つくと、その場を離れた。

 お地蔵さまから門までの距離が長くて、ついでにこの辺りを散歩でもしようかと思い、足を延ばしてみる。

 門を抜けて西の方角へ歩き出すと、敷地の角は近くてソコを右に曲がった。

 車で来た道からは気付けなかったが、少し先には川が流れていて、カーナビで見るよりは幅の広い河川だった事に気付く。
夏休みも終わって遊ぶ人も見かけないが、きっとここなら釣りが出来るんじゃないかと思った。
おじさんや母さんは子供時代にこの川で遊んだのかな。でも、ちょっと深そう。

 山間の川なんかでは、キャンプやバーベキューをする人もいるが、ここはそういう感じでもない。
ただ、釣りなら出来そうだとは思った。

 川沿いに少し歩いて行くと橋が架かっていて、流石にその先に進むと迷いそうなのでやめる事にする。
ただ、遠くからでも見える神社の赤いのぼり旗が目に入った。あそこに神社があるのか.....、と思いつつ家の方に踵を返すと戻る事にする。

 
 家に戻ると、美乃利さんが遅めの朝ご飯を食べていた。

「あ、おはようございます。」

「おはようございます」

 僕の顔を見ると、少しバツの悪そうな表情になる。化粧っ気のない素顔を見られて恥ずかしいのか。

 僕は「ちょっと散歩をして来たんだけど、川の向こうに神社があるんだね。」と美乃利さんに云う。

 美乃利さんは急いでパンを流し込むと、「そこまで行ったの?」と驚く。

「いや、橋の向こうにのぼり旗が見えて。ちょっと遠そうだから戻ってきたんだけど。」

「ああ、.....思うより遠くはないんだけど、あそこの神社は階段の上で。結構登って行かないといけないから。」

「そうなんだ?....ああ、だから遠くからでものぼり旗が見えたんだ。」

 僕は納得する。のぼり旗に目が行って神社の鳥居とかは気付かなかった。

「あの川で釣りとかした事ある?結構深そうだけど。」

 美乃利さんが食器を運ぼうとしている傍で訊いてみると、「ないない!....あそこは溺れた人が出てるから近付かないですよー。橋の上から釣り糸垂らしてる人いるけど、他所から来た人で。この近所の人は川に近付かない。」ときっぱりとした口調で云った。

「そうなんだね?.....まあ、川で泳ぐのは禁止している所が多いから。でも、釣りなら出来るかと思ったんだけどな。」
  
「川の流れは表面上分からないけど、中は結構早くって。あっという間に流されちゃいますよ。」

 美乃利さんは経験した事がある様な言い方だった。

「中学生の時に先輩が一人流されて。......まあ、死にはしなかったけど。」

「そう、助かって良かったね。」

「その人、私をいじめた人で。」

「え?」

「ほら、うちにあるお地蔵さまを不気味だと云って。見た事もないくせに........。」

「............それって、.........」

 僕は背筋が強張るのを感じた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

PetrichoR

鏡 みら
ミステリー
雨が降るたびに、きっとまた思い出す 君の好きなぺトリコール ▼あらすじ▼ しがない会社員の吉本弥一は彼女である花木奏美との幸せな生活を送っていたがプロポーズ当日 奏美は書き置きを置いて失踪してしまう 弥一は事態を受け入れられず探偵を雇い彼女を探すが…… 3人の視点により繰り広げられる 恋愛サスペンス群像劇

【完結】リアナの婚約条件

仲 奈華 (nakanaka)
ミステリー
山奥の広大な洋館で使用人として働くリアナは、目の前の男を訝し気に見た。 目の前の男、木龍ジョージはジーウ製薬会社専務であり、経済情報雑誌の表紙を何度も飾るほどの有名人だ。 その彼が、ただの使用人リアナに結婚を申し込んできた。 話を聞いていた他の使用人達が、甲高い叫び声を上げ、リアナの代わりに頷く者までいるが、リアナはどうやって木龍からの提案を断ろうか必死に考えていた。 リアナには、木龍とは結婚できない理由があった。 どうしても‥‥‥ 登場人物紹介 ・リアナ 山の上の洋館で働く使用人。22歳 ・木龍ジョージ ジーウ製薬会社専務。29歳。 ・マイラー夫人 山の上の洋館の女主人。高齢。 ・林原ケイゴ 木龍ジョージの秘書 ・東城院カオリ 木龍ジョージの友人 ・雨鳥エリナ チョウ食品会社社長夫人。長い黒髪の派手な美人。 ・雨鳥ソウマ チョウ食品会社社長。婿養子。 ・林山ガウン 不動産会社社員

アンティークショップ幽現屋

鷹槻れん
ミステリー
不思議な物ばかりを商うアンティークショップ幽現屋(ゆうげんや)を舞台にしたオムニバス形式の短編集。 幽現屋を訪れたお客さんと、幽現屋で縁(えにし)を結ばれたアンティークグッズとの、ちょっぴり不思議なアレコレを描いたシリーズです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

シグナルグリーンの天使たち

ミステリー
一階は喫茶店。二階は大きな温室の園芸店。隣には一棟のアパート。 店主やアルバイトを中心に起こる、ゆるりとしたミステリィ。 ※第7回ホラー・ミステリー小説大賞にて奨励賞をいただきました  応援ありがとうございました! 全話統合PDFはこちら https://ashikamosei.booth.pm/items/5369613 長い話ですのでこちらの方が読みやすいかも

青年の欲望と絶望

ドルドレオン
ミステリー
サスペンスより。 主人公の復讐。 甘美な復讐は、甘い蜜の味。ざまあけい。

酔っ払いの戯言

松藤 四十弐
ミステリー
薫が切り盛りする小さな居酒屋の常連である佐々木は、酔った勢いに任せて機密情報を漏らす悪癖を持っていた。

順風満帆の過ち

RIKAO
ミステリー
エリート街道を歩く僕の身に起きた想定外のトラブル。こんなことに巻き込まれる予定じゃなかったのに――― *この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません

処理中です...