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第一章

新たな謎

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 前は狭いと思っていたこの部屋も、僕ひとりになればガランとした寂しい空間になってしまい、母の存在の大きさを思い知る。10年前にはこんな日が来るとは思っていなかった。僕が結婚してこの部屋を出るという想像はした事がある。でもまさか.........母が居なくなるとは。

 遺族としての公的な手続きが面倒で、一日中役所や事務所を巡ってその日は過ぎていくと、また母の残した日記帳だけがポツンとテーブルに乗ったままなのを思い出す。
でも、あと一日しか休暇は取れなくて、翌日も遺品の整理に向き合った。

 
 全てを処分するのは忍びなくて、記憶に残った衣類やアクセサリーなどを保管用のボックスに入れると、おじさんから貰った昔の写真と一緒に押し入れに仕舞ったが、例の日記帳だけは自分の机の引き出しに入れておいた。

 ベッドや箪笥はそのままにしておき、いつか気持ちが落ち着いたら処分しようと思う。
そんな日が来るのかどうか分からないが.......。


 仕事が始まればすぐ現実に引き戻されて、水野さんには「色々大変だろうけど、頑張ってね。手伝える事があれば言ってください。」と云われ、ありがとうございますと礼を云う。
葬儀の時にも色々手伝ってくれて、形式的な事はよく分からないので葬儀社の人に任せてしまったけれど、会社の関係者には水野さんが対応してくれた。

 こういう時、近しい親戚が居ないというのは心細い。
真壁のおじさんにも初めて会ったばかりで頼めないし。水野さんが居てくれて本当に良かったと思う。


「僕、これからも水野さんに付いていきますので、ご指導お願いします。」

 改まってそんな事を云えば、キョトンとした顔を向けられた。

「......まあ、鍛えてあげましょう。」と、すぐに笑顔が返ってきて、僕はもう一度頭を下げる。


 会社では、次から次に仕事が待っていて、個人的な事を考える時間はほとんどなかった。
でも、家に戻れば又ひとりでガランとした空間に身を置くことになる。

 日記の事を気にしながらも、それから日々は過ぎていき、北海道のおじさんの事も少し忘れかけたある晩。
香典返しの品が届いたと、おじさんからお礼の電話を受けた僕は、また妙な話を聞く事になった。

 おじさんが宇賀地さんという人の事を訊いてみると云った件。
母の同級生と出会う事があって、その時に訊ねたそうだが、おじさんが云うには高校一年生に上がった年に、同級生の宇賀地くんという男子が亡くなったと云っていた。

「その宇賀地という男子は、母と仲が良かったんでしょうか?身代わりって、何の身代わりなんでしょう。」

 僕がおじさんに問いかけるが、おじさんも身代わりという言葉の意味するところは分からないと云った。
ただ、母の葬儀から戻って、手紙の話をしている時に、たまたま居合わせた娘が変な事を口にしたという。

「身代わり地蔵っていうの、うちにもあるじゃない。」と。

「身代わり地蔵って、......あの、昔話に出てくる?」

 不思議に思って訊くと、「そう、身代わり地蔵かどうかは分からないけどね、うちの敷地の角にはお地蔵さんが祭られているんだよ。」と云った。

「え、.....敷地に、ですか?.....初めて聞きます。」

「昔からあって、僕もよく分からないんだけど。でも、そういえば姉さんが毎日お地蔵さんに何か供えていたのを思い出したんだ。」

「え?............」

「まあ、身代わり地蔵の話はどうかと思うけどさ、宇賀地くんが亡くなったという事は分かった。」

「...........はぁ、ありがとうございました。」

 僕はわざわざ連絡をくれたおじさんにお礼を云って電話を切ったが、益々謎は深まるばかりで、母が何をおじさんに伝えようとしていたのか分からないままだった。



 

 
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